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何かの拍子にハナ(曳山前方部)の噛み合わせがずれた、桜美町(左側)と菅沢(右側)の一戦。前者は旧アリハチビル側に近くなり、後者は五井酒店側に近くなった。揺さぶりを掛け、相手を建物に衝突させれば、降参を奪える事が出来る。両丁内の若衆はそれを目指し、それぞれ移動し持ち場を替え、繰り出されている横ロープを引っ張ろうをする。後方の若衆達も本番装備のテコを横に振っている。しかし場所が狭い事もあり、なかなか組んでいる曳山の状態に変化が生まれない。この横町の五井酒店前は、今では道路拡張工事の影響で、曳山ぶつけのメインストリートであるが、この当時は未着工であり、曳山ぶつけとなると身動きを取るのも難しいくらいであった。 膠着状態になり、横ロープの配置を戻す桜美町と菅沢。再び正面からの押し合いになる。拮抗した状態を保ちながら、敵に隙が出来るのを伺っているようだ。元友好丁内同士による、7年ぶり2度目の対決であるが、その曳山本体の変遷は対照的である。共に1998年の時点で、3代目の曳山を使用していたと思われる。昭和46年に誕生した桜美町。当初は菅沢から譲り受けた曳山を使用していた。そして昭和50年に曳山を新造。初めて自前の曳山を持つが、その曳山は当時としては衝撃的な大きさだったらしい。動かすのも困難だったようで、翌年に改造を実施し縮小したと聞く。しかしこの曳山は思ったより長く使用せず、昭和63年に桜美町は3代目の曳山を新造した。 その桜美町の3代目の曳山は、高くハナが上がる最新鋭の曳山で、その後の“曳山新造ブーム”の先駆けとなった。その後、他丁内が同等の新曳山を造り始めると、桜美町は再び差をつけるべく曳山改造を実施。パーツ交換により鮮度を保ちつつ、一回り大きい曳山に変貌。かつての盟友・菅沢の前に立ちはだかっている。昭和46年に旧曳山を桜美町に譲り渡し、2代目の曳山を新造した菅沢。当時は全盛期であり、岩瀬に次ぐ人数を誇る大丁内であったが、意外にもその曳山はそれ程大きくなかった。機能性を重視していたのか?そして平成2年に3代目の曳山を新造し、細長くスマートな曳山であった。そして今、超ヘビー級の桜美町と2度目の本番激突を演じている。 桜美町ミニ曳山(人形・八幡太郎義家) × 菅沢ミニ曳山(人形・平知盛) 新ミニ曳山コメント掲示板DX(ファン登録者限定)→ http://blogs.yahoo.co.jp/moriokawakamono/29083720.html
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