ミニ曳山合戦絵巻

角館のお祭りとキン肉マンの激闘を精巧に再現!!

2001・横町vs岩瀬

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2001年9月9日「角館のお祭り・曳山ぶつけ」 横町vs岩瀬の本番激突をミニ曳山で再現!!
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古豪vs王者 第六幕

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「角館のお祭り」が他地域の曳山(山車)系のお祭りと違う点は、各丁内に通過する際にその丁内の張番(関所)の許可が必要だという事である。横町(奥側)と岩瀬(手前側)が薬師参道・伊澤履物店脇付近で対峙した直後、西勝楽町張番の使者が飛んで来た理由であるが、どうやら横町が無到来(むとうらい)を犯してしまったとの事だ。無到来とは張番の許可無く、その丁内に侵入してしまう行為で、張番権限で移動・排除が命じられてしまう。

おそらく横町は通行の許可を貰いに交渉員を派遣していたと思うが、岩瀬の接近を肉眼で確認し、T字路の右折を焦ったのだろう。横町が通過して来た大横丁の通りでの待ち伏せは、場所的に狭く困難だ。横町が右折しない限り、正面から向き合う事が出来ず、T字路角での中途半端な鉢合わせは避けたかったのだろう。結果的にそれが無到来を招く事になった。西勝楽町張番から厳しい叱責を受ける横町。そして驚くべき状況打開案が示される。

西勝楽町張番は「横町は真っ直ぐ本明寺付近まで後退。距離を設け、岩瀬がT字路を左折できる体勢を取る事。そして岩瀬は速やかに大横丁の方へ左折すべし」という案を提示し、それを横町と岩瀬に要求。この場所での本番激突は認めないようだ。張番の権限は絶大。まして薬師堂の所在丁内・西勝楽町の張番には絶対に逆らえない。横町と岩瀬は渋々受け入れる事を了承。横町は曳山を大きく後方へ下げ、岩瀬が左折できる体勢を作った。

T字路を左折する岩瀬。複雑そうな表情を見せる若衆達。「このまま何処とも本番激突無しに、真っ直ぐ自丁内に帰るのか?」不安を感じる者もいるだろう。一方、横町の方がより深刻だ。単純にこのまま追撃すれば良いような気もするが、一度通過した道を何度も往来するなど、伝統ある横町が取る曳き回しではない。このまま真っ直ぐ自丁内に帰るのが常道。苦悶の表情を浮かべる横町の正責任者(指揮官)。帰丁する常道の選択を選ぶのか?

横町ミニ曳山(人形・武田信玄)
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岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)

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古豪vs王者 第七幕

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無断でその丁内に侵入する行為・無到来(むとうらい)を犯し、西勝楽町張番(関所のような存在)の意向で大幅な後退を命じられた横町(手前側)。10分前まで対峙していた岩瀬(奥側)は大横丁の方へ抜けて行った。特殊な状況下だったとはいえ痛恨のミスを犯し、うなだれる横町の正責任者(指揮官)。単純に岩瀬を追撃すれば良い話でない。一度通過した道を何度も往来するなど、伝統ある横町がする曳き回しではない。すでに自丁内の方角(北側)を向いており、このまま真っ直ぐ帰るのが常道だろう。そして曳山の前に若衆を集める横町の正責任者。

「おそらく自丁内に帰る旨を伝えるのだろう」覚悟を決め、指揮官の話に耳を傾ける横町の若衆達。ところが意外な決断が伝えられる。「このまま岩瀬の曳山を追って行く!」「・・・!?」横町の正責任者は自丁内に帰る常道の選択でなく、岩瀬の追撃を決意した模様だ。横町は江戸時代からの歴史を誇る旧丁内の一つ。一度通過した道を何度も往来するのは好ましい事ではない。しかし武骨で荒っぽい気質があり、いい意味での“泥臭さ”も持っている。「このままおめおめと自丁内に帰っていいものか?」素直にしおらしく、自丁内に帰るなど横町の名折れだ。

因縁ある標的を、強い執念で捉えるのも横町の真骨頂だ。全くケースは違うが1978年(昭和53年)曳山が数台詰まった厳しい状況で、5時間以上も待ち菅沢と対決に持ち込んだ。相手が不倶戴天の敵・岩瀬だからこそ、慣例や概念を捨て追撃を決意したのだろう。「このまま岩瀬との対決を逃せば一生後悔する」往来を繰り返す動きに、長老から批判も受けるだろう。しかし男として絶対に譲れないものがあるのだ。一世一代の大勝負に出た横町の正責任者・S氏。横町はT字路を右折。まだ岩瀬の姿が見える、下中町に曲がったようだ。対決は実現するのか?

岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)
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横町ミニ曳山(人形・武田信玄)

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古豪vs王者 第八幕

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西勝楽町張番(関所のような存在)の意向で、対峙していた状況を引き剥がされた横町と岩瀬。 横町がT字路の右折を焦り、丁内に無断侵入する行為・無到来を犯した為、相手が東側へ抜けられる態勢を取るように命じられた。薬師参道に取り残された横町は、そのまま帰るしか道が残されてないと思われたが、不倶戴天の敵・岩瀬を追撃する事を決意。西勝楽町-大横丁-下中町と、一度通過した道を何度も往復する事になり、伝統ある旧丁内の曳き回しに反する事になるが、慣例や概念より意地とプライドを優先した模様だ。岩瀬を猛烈に追撃する横町。

一方で薬師参道から弾き出された感のある岩瀬(手前側)。大横丁を通過後、下中町へ左折し入って来た。少し段取りは前後したが、これは岩瀬の正責任者(指揮官)が当初思い描いたシナリオに近い。元々、下中町の通りで横町との対戦を想定していた。速度を落とす岩瀬。横町が追い付くのを待っているのか?そして背後に横町が登場。それを確認した岩瀬は、郵便局手前で動きを止める。「いいが若衆、ここで転回して自丁内に帰る。ただし横町いるがらな!」檄を飛ばす岩瀬の正責任者。その要塞のような巨大を曳山の向きを変え、迎撃態勢を取る。

その様子を目にした横町(奥側)。指揮官の険しかった表情が少し緩んだ。つい5分前まで難しい決断を迫られていたが、どうやら不倶戴天の敵を追撃した決断は、間違いでは無かったと確信したかもしれない。岩瀬が振り向いた瞬間を目にした時は、胸に込み上げてくる物があった事だろう。そして一時は(状況を悲観し)若衆が離れ人数が減っていたが、追撃中に人数が回復して来た。不倶戴天の敵との対決の芽が再び出て来た事で、その報を聞き戻って来たのだろう。様々な武勇を誇る古豪・横町と、数々の伝説を築き上げた王者・岩瀬が再び対峙する。

横町ミニ曳山(人形・武田信玄)
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岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)

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古豪vs王者 第九幕

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深夜24時を回った頃だろうか。二転三転の状況を経て、ついに横町は岩瀬を捉えた。そして岩瀬も横町の挑戦を受ける構えである。場所は下中町・コマツブティック店前。どうやら下中町張番(関所のような存在)はすでに閉まっているようで、今回は(最初の対峙の時)西勝楽町張番から引き剥がされたような、張番の影響は受けない見込みだ。場所的にも薬師参道よりも明るく広く、結果的に良い場所で一騎討ちが実現しそうである。一定の距離を開けて動きを止める両曳山。若衆同士の小競り合いは起きなかったものの、横町の方が敵意剥き出しのように映る。

伝統ある旧丁内の慣例や概念を捨て、再び下中町に戻って岩瀬(手前側)を捉えた横町(奥側)。凄まじい執念である。山根や菅沢でもそうする可能性があるが、岩瀬が相手でなければここまでやらないだろう。古豪と一目を置かれる横町と、王者と崇められる岩瀬の間にはどのような因縁があるのか?以前に掲載した1997年の前回対決でも触れたが、横町と岩瀬は元友好丁内だった。昔は江戸時代から続く旧丁内が幅を利かせ、(今では考えられないが)昭和初期に誕生した岩瀬は、まだ立場が弱かった。両丁内の因縁は昭和20年(1945年)までさかのぼる。

昭和20年のお祭り3日目。岩瀬はある十字路で横町以外の、3つの旧丁内の曳山から挟み撃ちを受けた。負傷者が続出し凄惨な状況だったが、それに加わらなかった横町が岩瀬にお見舞いを送った事から、両者は友好丁内の関係になった。それに山根を加えた三国同盟の様相だったが、昭和50年(1975年)に横町と山根が仲間割れ。そして昭和60年(1985年)に岩瀬も山根に追随し横町と決別した。当時の岩瀬は全盛期で、頂点に君臨するまで強大な存在になっていた。パワーバランスに変化が生まれて、次第に先輩の横町の存在が煙たくなったのだろう。

決別の年に実現した初対決は、途中まで互角の展開だったが、岩瀬が巧妙な陽動作戦を用いて横町を潰した。岩瀬に並ぶ大物・山根や菅沢との対決では、目に物見せてやった横町も岩瀬相手ではそうは行かなかったらしい。昭和63年(1988年)の2度目の対決では、岩瀬が不意打ちを喰らわしたが、終盤に横町が意地を見せ、五分に近い状態まで戻している。そして平成9年(1997年)の3度目の対決では、横町が互角以上の戦いを展開した。このように横町と岩瀬は深い因縁を持つ。4年ぶり4度目の対決に向けて、通行の優先権を巡る交渉が始まった。

横町ミニ曳山(人形・武田信玄) 
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岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)

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古豪vs王者 第十幕

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横町(左側)と岩瀬(右側)の間では、通行の優先権を巡る交渉が始まっている。どうやら激突ありきでなく、じっくりと時間を掛け行なうようだ。曳山の下では双方の若衆が腰を落として、4年ぶり4度目の開戦の時を待っている。横町は4本の傾斜角がある欄干・白い縦看板・横看板無しの地肌のハナ(曳山前方部)。岩瀬はオーソドックスな5本の欄干・重厚な木目調の縦看板・紫の横看板付きのハナ。独特のコントラストを醸し出しているツーショットだ。

これは元友好丁内の曳山による対決になるが、それぞれの正責任者(指揮官)にも注目したい。どうやら横町の正責任者・S氏は決別となった初対決の敗戦(1985年)の事よりも、薬師参道での2度目の対決(1988年)の事を根に持っているようだ。交渉が決裂してなかったが、岩瀬から不意打ちを喰らった横町。S氏はこの時の交渉員で、「岩瀬の薬師堂参拝を妨害するつもりは一切無かった」と語っている。後半に巻き返したものの不満は残った。

その年のお祭り後に岩瀬は、丁内紙に「死に曳山である横町に制裁を加えた」と載せたらしい。横町の正責任者・S氏はそのコピーを今も離さず持っているとの事だ。憎き相手・岩瀬を執念で捉えた訳だが、真っ直ぐ岩瀬を見つめる両の眼に、光るものが流れたかのように見えた。相手は不倶戴天の敵でもあり、王者に相当する大物。ただ憎たらしいだけではなく、最高の相手だと認めているのではないか?万感の想いが込み上げていたように思える。

一方で岩瀬の正責任者・T氏。横町を見据える顔には一点の曇りも無く、晴れやかな表情のように映る。横町の一部若衆が「また不意打ちを喰らわすのではないか?」と警戒する中、「そんな事などせんよ」と語っているかのようだ。あくまで初対決や3度目の対決と同様、正攻法で臨む構えらしい。紆余曲折を経たが、結果的には「最短ルートの帰路で相手を見つけ、一戦交えたのち自丁内に帰る」という、当初思い描いた通りのシナリオになった。

天下の大丁内・岩瀬の頂点に立ったT氏だが、どこか控えめで謙虚な印象を受ける。「伝統ある旧丁内と戦えるのは名誉な事」と語り、元友好丁内の横町を「素晴らしい曳山」と評した。岩瀬の正責任者の任期は短い。(お祭りにおける)一生に一度の晴れ舞台で、怨恨を超えた真剣勝負を望んでいる様子だ。対する横町のS氏は4度目の登板。指揮を執るのは今回が最後だろう。「自分の代で岩瀬を打倒したい」強い決意が伺える。開戦の時は間近だ。

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