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史上初の時間規制の施行により、横町(奥側)と岩瀬(手前側)の本番激突は深夜2時で終了した。従来の感覚では早い時間である。約1時間半という短期決戦は、ハナ(曳山前方部)を上げ組み合っての純粋な押し合いだったが、両者とも一歩引かない熱戦だったように思える。そして深夜3時に差し掛かる頃、和解が成立。「共に行動を起こす」・・・いわゆる互いの協力による交差で合意し、交互に向きを矯正しつつ歩を進め、無事に交差は完了した。
横町の正責任者・S氏にとって4度目の登板で、ついに不倶戴天の敵を捉えた大一番。対決に持ち込むため西勝楽町-大横丁-下中町の通りを何度も往来し、伝統ある旧丁内の慣例や概念を度外視したが、若衆の充実感に満ちた顔を見るとこの決断は正しかったと思う。惜しくも「自分の代で岩瀬を打倒する」という夢は果たせなかったものの、「在任中に必ず岩瀬との対決を実現させる」という公約は果たす。打倒・岩瀬の夢は次代の若衆へ託した。
一方で岩瀬の正責任者・T氏にとっては、トップとして最初で最後の指揮を執る機会であった。同世代に待機組が多かったのも影響してのだろう。(お祭りにおける)人生で最大の晴れ舞台。「最短ルートの帰路で相手を見つけ、一戦交えたのち自丁内に帰る」という構想で、結果的にかつての抗争相手・西部でなく、かつての友好丁内・横町との対決を選んだ。重大な決断だったが、「何一つ後悔など無い」「正しい決断であった」と清々しい表情で語った。
その後、横町と岩瀬は2度ほど対決している。6年後の2007年に薬師参道で再戦。岩瀬が高く上がるのを抑制した影響で、横町が僅かに上の状態で終えた。西勝楽町張番が介入した為、約1時間で終えた互角の戦いだった。そしてもう一つは2011年9月10日朝に実現した。横町が無理に岩瀬の脇を通り抜けようとしたところ側面が接触。“横ぶつけ”へと発展し、序盤は岩瀬が僅かに押し込むが、横町も意地を見せ踏み止まり、強引に交差している。
現在の両丁内の力量はどうか?横町は流行の「上がらない曳山で下に潜って戦う」のを廃止した。曳山の特性・丁内の気質に合わない為だ。再び18丁内で一番上がる曳山に戻し、一時期あった低迷期を脱している。一方で岩瀬は逆に高く上がるのを抑えているが、お祭り最終日(3日目)は大人数で勝負強く、昭和の全盛期を彷彿とさせるようだ。昭和20年から続く、愛憎に満ちた関係の横町と岩瀬。間違いなく再戦は実現し、激闘になる事だろう。
横町ミニ曳山(人形・武田信玄) / 岩瀬ミニ曳山(人形・酒呑童子)
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