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6年前、奈良に来た際に、興福寺の中金堂が改修工事をしていて、「2018(平成30年)年完成」ということだったので、6年ぶりに訪れた。ところが…。

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奈良駅


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興福寺近くの古い町並みの並ぶ「ならまち」の路地裏を歩いてみた。

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猿沢池の近くにある平宗奈良店で昼食。

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名物の「柿の葉寿司」。茶粥もなかなかおいしい。

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猿沢池から望む五重塔。 

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人力車が行き来して古都らしい風情が

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興福寺国宝館。
国宝館は1959年(昭和34年)、僧侶が食事をする食堂(じきどう)の跡に開館。国宝館の内部には、食堂の本尊であった巨大な千手観音立像(高さ5.2メートル)が中央に安置され、仏像を始めとする多くの寺宝が展示されている。耐震改修工事のため昨年の1月から12月までの1年間休館していたが、今年1月に再開した。[重文の文書や絵画などが新たに展示に加わった。 

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の中に、あの阿修羅像がいる。(阿修羅像についてはまたあとで書きたい。)

そして、これが……。中金堂は、まだ「工事中」だった。「落慶は、平成30年(2018年)10月」だった。もう、完成しているというのは何かの勘違いだった。

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気を取り直して、六角堂。

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六角堂と藤棚を写生している方がいた。見事だった。

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鹿の姿があちらこちらに見えると「奈良に来たな〜」と感じる。

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奈良国立博物館を見学。

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博物館の前の鹿たち。

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春日大社に行く途中にある萬葉植物園では、「藤の園」が最盛期とのことで、入ってみた。

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植物園入口の鹿。お客さんの来るのを待っているかのようだ。

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春日大社の目前まで来たが、時間化も無くなり東大寺へ向かった。(博物館で「春日大社のすべて」も観たので……)

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東大寺は、修学旅行生がたくさんいて、平日だというのに、ものすごい人出だった。
東大寺大南門の金剛力士像(仁王像)。口を開いているのが「阿形(あぎょう)像」。

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口を閉じた「吽形(うんぎょう)像」

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何度見ても、この大きさと迫力に圧倒させられる。

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東大寺大仏殿の御朱印。

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東大寺は、聖武天皇の勅願により天平17年(745年)に政策が開始され、天平勝宝4(752)年に大仏が完成、開眼供養会が盛大に営まれた。建設には、当時の人口の約半分にもなる260万人もの人々が協力するという前代未聞の国家プロジェクトだったというから驚きである。
しかし、治承4(1180)年、平重衡(たいらのしげひら)の南都焼き討ちで大半の堂塔を焼失したが、鎌倉時代に源頼朝の協力のもとで復興。運慶・快慶の金剛力士像が出迎える南大門もそのとき建てられた。しかし、永禄101567)年に松永久秀の兵火にかかり再度被災した後、江戸時代に公慶上人らの勧進で再興。現在の寺観は江戸中期までに整えられた。
 
境内には「奈良の大仏さま」として名高い盧舎那仏坐像が安置されている大仏殿、創建当時の遺構を残す転害門、法華堂をはじめ、鎌倉時代復興の代表作である南大門、鐘楼、江戸時代再建の二月堂といった数多くの国宝建造物がたち並ぶ。199812月に「古都奈良の文化財」として、世界遺産に登録されている。
 
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さて、興福寺の話に戻るが、興福寺といえば、なんといっても「阿修羅像」である。美術展でも阿修羅像が展示されると入場者が大きく増えるといわれるほど、人気があり、惹かれるものがある。

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その、仏像人気の火付け役でもある阿修羅だが、そのルーツは悲しいものがある。
阿修羅は、古代インドの神様で、「アスラ」とよばれた。その音読みから日本では「アシュラ(阿修羅)」となった。
古代インドの神々を統率していた神はインドラ=帝釈天といい、アスラはインドラに統率される一神格だった。アスラにはシャシ(舎脂)いう美しい娘がおり、いずれインドラに嫁がせたいと思っていたが、そうとは知らないインドラはシャシを力づくで奪い、凌辱した。そのことを知った阿修羅は激怒し帝釈天に戦いを挑む。
 
もともとアスラは「正義の神」。一方のインドラは「軍神」「武勇神」とも言われる「力の神」であり、力でアスラは勝てる訳がなかった。しかし娘を奪われたアスラの怒りは烈しく、何度も執拗に戦いを挑み、争いは天界全体を巻き込む大戦乱となった。(このことから、日本語では、争いの耐えない状況を修羅道に例えて“修羅場という言葉が使われている。)
 
その結果、アスラは復讐に燃える「悪鬼」とされてしまい、インドラは、ついにアスラを神々の世界である天界から追放してしまう。
 
一方で、アスラの娘のシャシは、インドラの正式な妃となり幸福に暮らしていたという。(ただ、インドラについては、一説によれば、なんと494,900人もの妃がいたという話もあり、それでは、「50万人近い妃がいるだと!ふざけるな!」とアスラが怒るのも当然のような気がするが……)
 
仏教はこの神話にもとづいて、敗北者のアスラを「阿修羅」または「修羅」と呼んで魔神にし、勝利者のインドラを「帝釈天」と呼んで護法の神にした。すなわち、正義の神を魔類にし、力の神を護法の神としたのである。
 
仏教の捉え方では、過去の出来事をいつまでも根に持ち、戦いに目を奪われ、「正義」に固執して相手を赦す心を失ってしまったアスラを「魔類の正義」とした。仏教では死後に生まれかわる世界を六道(りくどう)世界(天界・人間・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄)と説くが、天界を追われた阿修羅は、正義を振りかざす妄執の悪鬼として人間界と餓鬼界の間に置かれたとされている。地獄・餓鬼・畜生よりはましだが、復讐の鬼となっている姿は人間以下だという意味が込められているという。
 
その後、阿修羅は、仏の教えに目覚め、やがて仏法を守護する八部衆(はちぶしゅう)となる。
 
阿修羅と言えば、6本の腕と、3面の顔だ。
手は3組で、第一組の手は、合唱している手、第二組の手は、左手に日輪、右手に月輪を持つ手、三組の手は、左手に弓、右手に矢を持つ手となっているという。
そして顔は、帝釈天に執拗に戦闘を挑む顔とは思えない、少年のような顔だ。

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向かって左、右、正面の順に、時間が流れているといわれ、左の顔は、感情を抑えきれない反抗的な、最も年少の阿修羅。下唇を上の前歯で噛んでおり、回心が始まったばかりで、納得しきってない表情だといわわれる。
右側の顔は、今までの自分を後悔し、右面と正面の間の、過ちに気づき悩み始めた思春期。そして、正面の顔は、仏の教えに出会った瞬間(驚きと嬉しさのまじった表情)を現わし、悩みの中を生き、後悔の念が深まる中で、それでも一筋の光を見出そうとする青年の姿。
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 この変容が 阿修羅が復讐の鬼から 仏の守護神へと変容し成長する課程を現しているといわれる。その姿は悩みの中を生き抜く人間そのものを映しだしたものとして、見るものの共感をひろげるのであろう。
(なお、興福寺の阿修羅像以外の像では、顔や手の意味するものが違ったり、顔も鬼のようなもつと怖い表情だったりしているそうだ)
 
興福寺の阿修羅像を作らせたのは、光明皇后だといわれている。聖武天皇のお后で、711年に母親を亡くした時に弔いのために、西金堂を建て仏像を安置した。本尊には、釈迦如来像を中心にして、周りを十大弟子と八部衆が守る。阿修羅像は、この八部衆の一体として作られた。
 
実は、光明皇后は、母親を亡くす直前に、生後間もない子供を亡くしているといわれ、聖武天皇、光明皇后の悲しみは、相当深かったとされる。そのためか、阿修羅も含めて、興福寺の八部衆の像は、どれも子どもの様な顔となっている。
そのことから、光明皇后が息子の死をいたんで、見ることのなかった子どもの成長する姿を仏像にするよう依頼をしたか、あるいは、光明皇后の気持ちを考えて、誰かがその様に作らせたのではないかとも言われている。

阿修羅像を観るのは、今回で3回目。なぜか、いつも違う顔に見えるから不思議だ。こちらの心や気持ちの持ち方によって見え方が変わるのかもしれない。
いつ観ても謎の多い仏像である。

中金堂が完成したら、また奈良を訪れ、阿修羅像に会いに来たい。

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奈良にようこそ。中金堂は残念でしたね。
よく調べてお出かけされたようで、とても詳しい説明に感心いたします。地元の私でも知らない風景やお店があって、興味深く拝見しました。
阿修羅像に纏わるお話、勉強になりました。でもこれは、阿修羅の気持ちの方がよくわかります。心が成長する話にしてもあまりに酷く、阿修羅が気の毒に思いました。
奈良の鹿は可愛いでしょう?藤は見頃で良かったですね。庭園に興味がありましたら、秋の依水園も綺麗ですよ。近鉄奈良駅の近くです。
またいらしてください。

2018/4/30(月) 午前 4:54 mimi

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mimiさま
帰ってから阿修羅像にまつわる本も買い求めて読んでいるところですが、興味深い謎が秘められていて、またブログに書こうと思います。
奈良にはまだまだ行ってみたいところがたくさんあります。
衣水園にも今度行ってみたいと思います。
奈良はいいところですね。

2018/5/4(金) 午前 2:48 [ TABIBITO ]

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歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

2018/5/18(金) 午後 5:46 [ omachi ]

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omachiさま
「北円堂の秘密」サイトを開いて最初の部分だけ読んでみましたが、なかなか興味深い内容です。ぜひ、読んでみたいと思います。
ご紹介してくださりありがとうございました。

2018/5/21(月) 午前 1:16 [ TABIBITO ]


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