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自然に 素朴に 明日をみつめて

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「苦労はしても、自分に正直な生き方をしたい。
その思いを叶えるためには、まずは自ら動くことが大切です。」
 
イメージ 1「PHP」3月号の「『豊かに働ける場』を求めて」と題した、旅館『吉田屋』大女将・山根多恵さんのエッセイの中の言葉である。
 
「私的な時間と仕事の時間は別という人が多いが、私はそんな器用に時間を使い分けられない。どんな風に生きたいか。私はこの問いの答えに従って仕事も人生も決めている。」という山根さん。
 
 
 
山根さんは何をしてきた人なのか。
 
山根多恵さん、31歳。
山根さんは、山口県下松市出身。山口大学在学中に、恩師である片岡勝氏(市民バンク代表・日本のNPO草分けの1人)の影響を受け、在学中にもかかわらず2003年から大阪に渡り、Women‘sWorld Banking(女性のための世界銀行)の日本支部である「WWBジャパン」が運営する起業支援施設「インキュベーションセンターMOMO」の大阪の責任者となった。
そして、コミュニティビジネスのエキスパートとして、その後、国際会議の準備室担当や島根県の雇用創出プロジェクトなどに取り組むようになっていく。
 
ところが、山根さんに、「起業家支援」という黒子役から一転、経営者として表舞台に立つこととなる一大転機が訪れる。
 
イメージ 22005年12月、24歳のときに、島根県での雇用創出プロジェクトに参加していたときだつた。世界遺産である「石見銀山」を抱える街で高齢化の波で過疎がすすみ、後継者がおらずに次々と廃業する旅館が後を立たない中で、創業95年の老舗旅館「吉田屋」が、廃業の危機に瀕していることを知る。
その「吉田屋」の高齢の先代の女将さんが「やる気のある若い人に経営ごと旅館を任せたい」という意向を持っていて、それが思わぬところから山根さんに白羽の矢が向いたのであった。
最初はびっくりし、迷ったが、「典型的な過疎高齢化の進んだ街で、やる気のある若い人たちが温泉津のようなところに入って事業を受け継ぐことによって地域を活性化させる──『吉田屋』で、そのモデルケースを創りたい」と考え「後継創業」という新しいモデルに挑戦する決意ほし、その日の夜には「やります」と答えたという。
 
「楽しそう、おもしろそうって思ったから引き受けたんです。そう思えなくちゃ、若女将なんて責任ある仕事を引き受けることなんてできなかったですよ。」
 
旅館業は世襲で代々続いていくのが普通だが、山根さんのように、後継者のいない地域の事業を、まったく血のつながりのない若者が引き継ぐことを「後継創業」と言うらしい。
以降、同世代の若い仲間たちとともに、次々と新たな取り組みを打ち出し、旅館だけでなく地域全体の活性化に大きく貢献している。
 
女将なった山根さんは、着任当初から次々と新たな挑戦をする。
山根さんの基本的な考え方は「いまある財を出来うる限り活用する」で、木造階建て、8部屋の吉田屋は、とてもきれいに維持され、歴史と風格の漂う建物。変更する必要はまったくないし、「そこで働けることに誇りを持つ」こと、これが第一歩だった。

先代女将に就いて日常業務を学び、次第に一人で切り盛りできるようになっただけでなく、属人的な「もてなし」の技術をマニュアル化したり、吉田屋のホームページを開設してネットで宿泊予約ができるようにした。
旅行代理店は使わず広告も出さないようにし、代わりに自らホームページやブログ、講演などで温泉津の魅力を訴え続けた。費用がかかるコンサルタントも一切つきあうことはしなかった。リピーターと口コミだけでお客を呼び込み、後は“おもてなし”に集中したという。
コストを下げるために館内のお風呂を日替わりのオリジナル湯にし、3軒隣にある元湯の無料券を配った。温泉津の元湯は新古今和歌集にもうたわれた名湯であり、温泉好きには旅館で入るよりも、そちらの方が満足してもらえるだろうという計算だった。

半年で前年分の売り上げに到達させた。
 
さらに大胆なのは、「週休4日制」の導入への切り替えだ。
「旅館を経営しながら、地域の問題に取り組む活動を行うためには、旅館の仕事だけで疲れてしまうわけにはいかなかったんです。」と山根さん。金土日以外の4日間は、スタッフ全員が方々に散らばってこの街の地域貢献のための活動をやろうとしたのがひとつの目的だった。
もうひとつは、スタッフが朝6時から夜中の1時まで働きづめの毎日のため「これでは創造性が発揮できない」し、旅館業の基本である「心のこもったおもてなし」もできなくなるということがあった。
そこで思い切って、営業日を損益分岐点を上回っていた金・土・日の3日に限定し、「週休4日制」にしたのであつた。
 
結果的には、スタッフの創造性が高まり、接客レベルも向上した。付加価値の高いサービスの提供、多様な宿泊プランのアイデアなども生まれ、売上も増えた。客が集中する週末に絞って営業するので、パワーが凝縮され、サービスのクオリティが目に見えて上がったという。
売上げは落ちるどころか、3年間で5倍もの売り上げ増を達成した。
 
「私が若女将を引き受けたのは、まずは、地方に多い後継者問題の解決策として、世襲制に変わる後継創業の可能性を模索することだったんです。単純に『吉田屋』を継ぐためだけではありません。それから吉田屋を拠点に、この地域を活性化する事業を創出することが目的でした。『吉田屋』の成功だけに浮かれてはいられなかったです」

「地域から日本を変える」地域貢献活動では、インターン生を積極的に受け入れた※。国内だけでなく、世界からも訪れるようになり、年間100名を越すインターン生が、さまざまな目的を持ってやってくるという。地方が抱える問題を実感してもらい、さらにその問題解決のために、地方で展開できるビジネスを一緒に考えていく。
 
 ※「旅館へインターンに来ませんか?」
 
次々とアイデアを発揮して、都会の子どもに地場の雑魚を届ける「食育プロジェクト」、高齢者のためのセラピー企画、介護用品の開発なども新たに展開。また、「食と農のインキュベーションのろNOLO」という農場経営にも挑戦し、遊休農地を活用しての、ブルーベリー、とうもろこし、そばなど、農産物の生産、加工、流通、販売事業を行っているほか、“食と農”をテーマに起業・創業を目指す人の支援・育成に取り組んでいる。
 
このように、多彩なプロジェクトがインターン生の手によって多数実現することとなった。
3日を旅館業で目一杯稼ぎ、あとの4日を「地域のSOS解決」のために費やすこの両方を無理なく回し、二足のわらじで、インターン生を含めた若いスタッフたちが考え、成長していく──まさに、吉田屋を「地域問題解決」を担う人材の育成の拠点にしてしまったのである。
 
また、「若女将塾」という研修会も定期的に行い、若者が起業や会社経営を考える機会を提供した。触発された学生が、起業するという例も増えたという。
 
 
いまや「吉田屋」は、都市と田舎をつなぐ交流の場として、コミュニティビジネスの拠点モデルとしても、日本や世界からの注目を集めるようになった。
 
山根さんは語る。
 
「私たちは決して無理をしているわけではないんですよ。いまある『財』を有効利用して、無理なく地域の問題を解決していく。その方が環境にも人にも優しいでしょう。大企業のように設備投資をして大規模なビジネスを展開しようというつもりはまったくありません。というか、基本的に地域にはその必要性はないと思いますよ。大手スーパーの画一的なショッピングセンターも良いですが、小さくても個性的でムダがなく、みんなが豊かに暮らせる活動が必要なのではないでしょうか。吉田屋についても同じで、あるものを有効活用し、地域の財を生かしながら運営しています。」
 
「たとえ小さなことでも、少しずつ考えながら続けていれば、それが信頼になり、地域の財産になるでしょう。以前は『私が、私が』と自分だけで頑張るクセがあったのですが、近年は『それぞれが得意とすることで成果を出せばいい』と考えるようになりました。ほかの人ができる仕事はその人に任せて、自分は次のステップへ進んでいくこと、価値を自分が創出するだけでなく、創出できる人材を育むことによって、どんどん活動を広げていくことが、私の次の課題です」
 
2007年秋からは、若女将の座を後進に譲り、自らは女将として「一歩離れたところ」から吉田屋の運営に関わるようになったという。
 
イメージ 3
 
そして「PHP」で山根さんが、最後に次のように書いている。
 
「東南アジアに居を構えて1年半がたつ。
今日もアジアの現場に向かう。赤土のでこぼこ道を進む夜行バスに乗ることもあるし、小さな船に揺られることもある。地域の人々と同じ行動をとり、村人と同じ食事をし、一緒に寝泊りして、地域財を見つける。美しいマングローブや伝統的な砂糖ヤシを事業化するために、歩み寄り、じっくり議論を重ね、地域の個性を引き出す」
「犠牲者を作り出すことで存続する社会とは対極に、日本やアジアの田舎で小さくても自立できる事業。それは何が起こっても動じず、それでいて身動きしやすい。社会の流れに敏感であり続け、世界の流れを鳥肌が立つほど感じ続け、決断をしていけば何とかなるものだ。これからも、正直で素直な生き方をする仲間を国境に関係なくつくりたい。後はどんなふうに生きたいか。この問いに対する答えと行動に、私自身が嘘をつかないこと。地域現場からもらう力を信じ、挑戦する人生は楽しく面白い。」
 
山根さんは、地域の財産を生かし、地域の問題を解決するために、今や、日本だけでなく世界で、自ら動き、新しい挑戦をしている。
「地域から日本を変える」が「地域から世界を変える」ためのチャレンジだ。
 
NHKの大河ドラマ「八重の桜」の主人公である新島八重のことが「幕末のジャンヌダルク」とか「ハンサムウーマン」とか呼ばれている。
「ハンサムウーマン」とは、「美しく、知的で堂々とした自立した女性」のことを言うらしい。
ならば、襖絵師の村林さんも、山根さんもりっぱな「ハンサムウーマン」だろう。
 
若者が大志と信念を持って行動し、大きく羽ばたこうとする姿に、明日のニッポンヘの希望を見る気がする。
 
イメージ 4
 
 温泉津(ゆのつ)温泉 吉田屋ホームページ
 ブログ
 温泉津(ゆのつ)温泉観光案内
 
 
(なお、前にも述べたが、「PHP」を発行している「PHP研究所」と設立者の松下幸之助氏に対しての評価、発行の趣旨や目的などについては共感するものではないことを一言つけくわえておきたい。)
 

閉じる コメント(2)

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女性ながら素敵な生き方をされていますね。
・・・単純に『吉田屋』を継ぐためだけではありません。それから吉田屋を拠点に、この地域を活性化する事業を創出することが目的でした・・
この部分、仕事の目的が一事業の成功だけでなく、その先の地域の活性化、社会に役立つという理念を持って仕事をされてきたところがすばらしいなと思いました。
彼女の成功の鍵も、この利他の精神にあったのではないかと思います。こんな記事を読むと元気が出ますね。ナイス

2013/2/17(日) 午後 11:45 mimi 返信する

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mimi様
「利他の精神」とは、まさにぴったりですね。
自分のことより、地域のこと、相手のことをまず考え行動する。そのことで、利他は自利へとつながってくるわけです。
私は、自分たちの儲けのために地域も壊し、若者も使い捨ててしまう、今の大企業の経営者たちにこそ、山根さんたちの利他の精神をぜひ学んでもらい、社会や地域に貢献してもらいたいと思います。

2013/2/18(月) 午前 0:20 [ TABIBITO ] 返信する

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