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平成最後の満月

今日(19日)は、平成最後の満月。

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新元号が「令和(れいわ)」に決定したが、その由来は万葉集からとのことだ。
 
さて、「万葉集」では「月」を詠んだ歌が159首あるという。
 
万葉集では、ほととぎすを詠んだ歌は154首、花の中では、萩の花を詠んだ歌は137首で、これらと比べてみても、月の歌がいかに多いかがわかる。
 
万葉集の中で、月を詠った代表的な一首が次のもの。
 
「天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」
 
作者は、三十六歌仙の柿本人麻呂で、万葉集を代表する歌人であり、この和歌も、万葉集巻七の冒頭に置かれた有名な一首である。
 
現代語に訳すと次のようになる。
 
「天(空)の海に雲の波が立ち、月の舟が煌めく星の林に漕ぎ入って隠れていくのが見える」
 
「天」を「海」、「雲」を「波」、「月」を「船」、「星」を「林」に見立てて詠んだもので、大自然のスケールの大きさを感じさせるものがある。

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ちなみに今夜の海(天)は、波()がじゃまして、船()が隠れてばかりだった。

やっと姿を現した、平成最後の満月。

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「日本経済新聞」10日付に「防衛費GDP比1.3% NATO基準で試算 米などとの協議で活用」と題した、一見すると不可解な見出しの記事があった。


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日本はこれまで国内や周辺国による防衛費拡大への懸念を抑えるため、防衛費を対GDPで1%以内におさえてきた。19年度予算の防衛費は5兆円超で過去最高を更新したものの、GDP比では0.929%と1%以内に収まっているとしてきた。
 
しかし、岩屋毅防衛相が9日の衆院安全保障委員会で、防衛費を北大西洋条約機構(NATO)の算定基準で試算すると、対国内総生産(GDP)比で最大約1.3%になるとの認識を示した。
 
日本の防衛費は表向き「GDP比約0.9%」だが、これまで組み込んでいなかった(旧軍人の恩給費、国連平和維持活動(PKO)、海上保安庁予算などk関係経費を合算した場合には「安全保障に関連する経費の水準は今後5年の間に1.1〜1.3%程度になる」と初めて言及した。米国による防衛予算の増額要請を踏まえて、「『NATO基準』の適用で理解を求めていく」という。
 
2018年末に閣議決定した19〜23年度の中期防衛力整備計画(中期防)に沿って最新鋭ステルス戦闘機「F35」の追加取得など防衛装備品の調達費用が増えることなども考慮した。
 
トランプ米大統領は日本を含む同盟国に防衛予算を増額するよう求めている。NATO加盟国は「GDP比2%の目標」を掲げているが、18年は米国は3.39%、英国が2.15%、ドイツは1.23%だった。「日経」のグラフでは、上記の計算方法でいけば、1.3%の日本はドイツを超えている。

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政府は「従来の防衛費とNATO基準で算出した防衛関連費を2本立てで採用する」としているが、要するに、日本国内向けには「GDP比1%枠を超えていませんよ」、一方で米国向けには「GDP1%を超えてもっと増やすように頑張ってますよ」と使い分けるということだ。
 
防衛費という重要な予算にかかわる問題で「2枚舌」を使っていいはずがない。
しかも、実態としては、米国からの要求に応えて次々と米国製高額兵器を、米国政府の対外有償軍事援助(FMS)に基づく後年度負担で次々と購入している。その残高は、19年度の年間の防衛費予算5兆2574億円を超える、5兆3613億円にまで膨らんでおり、結局は、その莫大なツケは、日本の国民の税金で払うことになるのである。
 
日本が防衛費を「1%枠」に抑えてきたのは、戦前の軍部の暴走によって引き起こされた戦争の教訓から、戦後の憲法に書き記された「戦争放棄」「戦力不保持」の平和主義の原則が歯止めとなってきたといえる。
 
朝鮮戦争勃発直後の1950年(昭和25)ポツダム政令により警察力を補うという名目で、警察予備隊が創設させられ、52年保安隊に改編、さらに54年自衛隊となった。
その後、さまざまな論議がされてきたが、自衛隊は「専守防衛」に徹することが義務付けられてきた。
そのことは、非核三原則、武器輸出原則禁止、自衛隊の海外派遣の禁止等とともに、防衛費の野放図な拡大を抑制するために「防衛費GNP1%枠」の原則が堅持されてきたのである。
 
日本の防衛費は、1976年の「GDP1%以内」の閣議決定(当時は「GNP」=国民総生産だった)が86年に撤廃されたものの、その後もその枠を超えることはおおむねなかった。
 
ところが、安倍首相は、安保法制を成立させて以来、「安倍政権においてはGDPの1%以内に防衛費を抑える考え方はない」(17年3月2日、参院予算委員会)と述べ、さらに自民党議員からの「防衛費のGDP2%目標を掲げるべきとの提言」について「しっかりと受け止めたい」と答えている(18年1月31日、参院予算委員会)。
 
その背景には、アメリカからの防衛費増額要求がある。
 
すでに米国からは、これまでも、日本の政府に対して、「憲法9条改定を前提とした大幅な防衛費増額要求」があったが、とりわけ、集団的自衛権行使を認める2015年の安保法制の成立によって増額要求は、さらにエスカレートしてきているという。
 
その典型的な出来事が、昨年7月に北大西洋条約機構(NATO)首脳会議において、トランプ大統領が、加盟国の防衛費を2024年までに国内総生産(GDP)比2%とする従来の目標を4%に倍増するよう求めたことだ。さらに首脳会議では、「2%の目標達成」を再確認する共同宣言を採択、各加盟国が2%達成のため、年ごとに計画をNATOに報告する義務も課せられた。
 
日本に対しては「すぐに2%にすべきだ」とトランプ大統領や米側からの攻勢が強まっているという。これでさらに、憲法九条が改正されれば、米国側からの防衛費増額要求は、こんなものでは済まなくなるのは確実だろう。
 
日本は、敗戦直後から国の中枢にいる人物たちが「米国いいなり」のDNAを植えつけられ、さらには、今では表面的にはなくなったが、「年次改革要望書」で政策的に日本に米国の利益になるような施策の実現を迫り、さらに「日米合同委員会」によって軍事・防衛で米国の言いなりになる仕組みがつくられてきた。
 
日本の政府は、いつも、米国の要求どおりにしようとするが、それらの多くは日本国民の要求と矛盾する。だからダブルスタンダードとなり、「二枚舌」を使いわけるようになる。そこに、さらに他の第三国が加わると「三枚舌」になることだってある。
 
 
さて、この「二枚舌」は、防衛費の問題だけではない。
 
安倍首相は、「沖縄に寄り添う」「基地負担軽減に全力をあげる」と言っていながら、普天間地はそのままに、県民投票で反対が多数となったにもかかわらず辺野古新基地建設を強行している。
 
農産物の輸入自由化問題でも、安倍首相は、従来はTPPについて「聖域なき関税撤廃を前提とするTPPには反対する」と繰り返し表明、自民党は2012年の総選挙で「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」とのポスターを全国に張り出し、北海道比例ブロックの選挙公報で、安倍首相の顔写真入りで「私たちの暮らしを脅かす『TPP』を断固阻止する!」との公約を掲げていた。しかしTPP交渉に参加、「農家の皆さまとの約束もあり、これ以上譲歩することはない」と明言したにもかかわらず、関税の引き下げや輸入枠の拡大を認めた。
 
さらに、安倍首相はトランプ米大統領との会談の際に、日米間の「物品貿易協定(TAG)」の協議に入ると発表。その後も、それは、あらゆる物品やサービスを対象にする「TAG」であり、包括的な「自由貿易協定(FTA)」ではないと言い張った。しかし、米政府側が発表した英語の正文には「TAG」の言葉は全くなく、安倍政権が否定する「FTA」そのものである「物品とサービスなどの貿易協定」と書かれており、ペンス副大統領などアメリカ政府の首脳も繰り返し「FTA」であると明言している。
 
普通は、国の指導者は、自国の国民の利益を優先するのが普通だが、日本は、それよりもアメリカの要求が優先される不思議な国だ。そして、米国政府とやりとりしたことが、自国民にはウソやごまかしでしか伝えられない、きちんとした説明ができないというのは、植民地か傀儡政権ということになる。到底“普通の国”の政府がやることではない。
 
「二枚舌」など使わず、米国政府に対して、おかしいことは「おかしい」と言える、できないことは「できない」と言える、そして、自国民に言うことと、米国政府に言ったことが一致している──そんな“普通の国”の政府にそろそろ変わってもらうべきではないだろうか。

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東アフリカ・ルワンダの大虐殺の開始から25年となった7日、首都キガリで追悼式が開かれ、犠牲者を追悼した。
 
ルワンダの虐殺については、過去に当ブログでも取り上げた。
 
ルワンダでは、部族間の対立を背景に、多数を占めるフツ族のなかの強硬派が少数派のツチ族や穏健なフツ族を無差別に殺害し、1994年4〜7月にかけたわずか100日間余で人口の1割を超える80万人〜100万人が殺害された。

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この問題で、各新聞の取り上げた方は思ったより小さかった。
 
そんな中で「日本経済新聞」では10日付で「ルワンダの『奇跡』継続を」と題して社説を立て、、ルワンダ虐殺が起きて25年がたったことを捉え、そこからルワンダがどう変貌したかについて書いている。

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世銀によると、90年に723万人だった人口は、国外逃亡もあり94年には600万人になったという。この間に国内総生産(GDP)は3分の1の水準に減少した。
 
だが現在はアフリカで最も治安が良く経済成長が目覚ましい国の1つに変貌した。「日経」記者が、昨年首都キガリで取材した本紙記者によると、夜中に一人歩きできるほど治安は良く、道にはゴミがほとんど落ちていないという。
 
世銀が18年10月に発表した報告書では「ビジネスがやりやすい国」で世界29位。日本の39位を上回り、同国とは神戸市がICT分野で民間企業とともに連携を強めるなど、日本も成長力を取り込もうとし始めているという。
 
カガメ大統領が就任した2000年以降の実質経済成長率は年平均7%超。鉱物資源は乏しいが、光ファイバー網の整備をはじめとしたICT(情報通信技術)分野への投資や汚職対策、就学率の向上策などが奏功している。
 
03年に憲法によって国の指導的機関での女性比率を3割以上とするクオータ制を導入、18年の国会で女性議員の割合は61%と世界トップとなった。
 
一方で「奇跡」の立役者である大統領は長期政権の弊害も指摘され、言論の自由への制限など強権的な手法が目立つという。
 
おぞましい悲劇は決して忘れてはならないが、「世界で紛争や暴力が絶えない今、『奇跡』とも呼ばれるその歩みには学ぶべき点がある」として、最後に「持続的な安定と成長を後押ししたい」と社説を結んでいる。


 
「信濃毎日」も10日付で「ルワンダ25年 大虐殺の教訓忘れまい」と題した社説を立てている。
 
「植民地時代の分断統治を源流とする対立により、3カ月間で80万〜100万人が殺された。国連や主要国は介入をためらい、虐殺を止めることができなかった」
 
虐殺は1994年4月、フツ人の大統領の乗った飛行機が撃墜されたことを発端に、フツ主導の政府がツチ人の仕業と断定、「ツチがフツの大量殺害を企てている」とラジオを通じて対立をあおり立てた。さらに、住民同士の殺し合いに政府軍の組織的虐殺も加わって、当時の国民の1割以上が犠牲になった。「なたで手足を切断する、夫に妻を、母親に子を殺させる、といった残虐なやり方だった」という。
 
虐殺が止まったのは、隣国を拠点としていたツチの武装勢力が反攻し、全土を掌握した、3カ月後のことだった。
 
首都キガリで先日行われた追悼式追でカガメ大統領は「94年にはこの国に希望はなく、暗黒が広がっていた」と演説。国民の6割は大虐殺の後に生まれたと指摘して「恐怖と怒りは、前に進もうとするエネルギーに取って代わられた」と述べたことを紹介し、「ルワンダ経済はここ十数年5〜8%の成長を続けている。隣国などに避難した国民の帰還も順調だ。人々が虐殺の過去を克服しつつあることを喜びたい」とする。
 
そして、「なぜ虐殺が起き、深刻な事態になったのか」について、「ツチとフツは民族、宗教、言語の面で違いはない。ベルギーの植民地だったころ、植民地政府はツチを登用して多数派フツの支配に利用した。その結果反目が醸成され、1962年の独立とともに対立状態に陥った」「フランスはフツの政府に軍事援助を注ぎ続けた。その武器が虐殺に使われた」「国連も現地に展開していた平和維持(PKO)部隊をいち早く撤収するなど、及び腰だった」とする。
 
フランスでは、対ルワンダ政策が適切だったか調査する委員会をマクロン大統領は立ち上げているという。
 
そして、「世界では紛争の種が尽きない。悲劇を繰り返さないために、教訓を改めてかみしめたい」としつつ、最後に「SNSにより民族憎悪はラジオの時代より広がりやすくなった。迅速な対処はますます急務だ」と現在に警鐘を鳴らしている。
 


 
フツ族とツチ族は、なんら違いはない。民族も、文化も、肌の色も、宗教も、あらゆる面で何も違いはなく、みな同じだった。それがなぜ2つにわかれてしまったのか。それは1900年ごろに、西洋人がルワンダを植民地にした際に、「民族が一つだけだと国を良くする討論が行われない」などを理由にして、国民が一つにまとまらないように2つに分けてしまったからなのである。
職業などの違いによってフツ族とツチ族に振り分けられた国民は、どちらがフツ族なのかツチ族なのかは、ID(身分証明書)を見なければわからなかった。支配者によって、人為的に無理無理矢理2つに「分類」されて、「対立」がつくられたことが始まりだったのである。
 
「信濃毎日」の社説でも触れているように、現在の社会、特にインターネットの世界を見てみると、同じようなことが蔓延してはいないだろうか。
 
2016年7月の施設入所者19人を殺害した相模原障害者殺傷事件、今年3月には、ニュージーランドのモスクで起こった、イスラム教徒49人が死亡し、数十人が重軽傷を負った銃撃事件に象徴的なように、日本でも、世界各地でも、他の民族や考え方の違う人々を憎悪・蔑視する風潮が増幅し、分断と対立がつくられ、排除し、攻撃し、ついには多くの命まで奪う事件が起きている。
 
今の時代こそ、ルワンダを忘れてはいけないし、その教訓を、どの国でも、自らの問題として捉えることがますます大事になっていると思う。

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日米欧などの国際研究チームが10日の夜10時過ぎに、たいへん重要な発表を行った。米、ベルギー、中国など日本を含む世界6カ所で同時に行った記者会見で世界で初めてブラックホールの影を撮影することに成功したと発表したのだ。

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ブラックホールの存在は約100年前にアインシュタインの一般相対性理論によって予測されたが、それを証明したかたちになる。
 
そもそも、ブラックホールは、強大な重力で光さえも飲み込まれて外に出られないため、観測は難しいとされてきた。
 
今回の観測は、米国のハワイとアリゾナ、スペイン、メキシコ、チリ、南極にある、世界6カ所8台の電波望遠鏡を用いて、いわば地球サイズの巨大な望遠鏡で観測し、ブラックホールの影を捉えた。

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今回撮影されたのは、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホールで、このブラックホールは、地球から5500万光年の距離にあり、その質量は太陽の65億倍にも及ぶという。
 
ブラックホールは、想像図やシュミレーションでは、これまでよく見かけてきたが、写真で見ることができるのは、実に画期的であり、まさに快挙と言っていい。
 
アインシュタインも、あちらの世界で、おそらく舌を出して喜んでいることだろう。

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これだけの仕事ができたのは、なによりも、世界の科学者や専門家たちが力を合わせたからできたのである。
 
さらに、宇宙の謎の解明に力を合わせていってもらいたいし、今回の事を大きな教訓にして、環境問題や、貧困問題などにも世界が力を合わせて取り組んでいってもらいたいと思う。必ず問題解決はできるはずだ。

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前回の「女化ぎつね」の記事の中で、狐の恩返しのお話は、全国各地にあると書いた。
 
埼玉、栃木、静岡、新潟、山形、秋田など、まさに全国各地で、人間が助けた狐が、小判や米、農作物を運んでくれたり、窮地になったところを助けたり、人間の娘に化けて働いて手助けするなど、様々なかたちで狐が大活躍する。
 
そんな中で、とても気になるのが、大阪府和泉市に鎮座する信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)にまつわる「葛(くず)の葉伝説」だ。
 
前回紹介した茨城県龍ヶ崎市に伝わる「女化ぎつね」にストーリーが似ているのと、さらに、この神社のある信太の森に住んでいた白狐が人と結ばれて生んだ子供が童子丸といって、後の有名な平安京の陰陽師・安部清明であったという言い伝えがあるのである。清明の母親の狐の名前が「葛の葉」というため、このお話は「葛の葉伝説」と言われている。
 
諸説あるようだが、「葛の葉伝説」は、概ね次のようなストーリーだ。
 
 
昔、村上天皇(10世紀)のとき、摂津の国に安倍保名(あべのやすな)という人がすんでいた。
 
ある日、信太大明神に参詣し、みそぎをしようと池のほとりにたっていると、狩人に追われ傷ついた狐が逃げてきた。
 
保名は、狐をかくまい逃がしてやった。追ってきた狩人たちは、保名をさんざん責め、深い傷を負わせてしまった。傷で苦しんでいる保名のもとへ、美しい若い女がたずねて来た。
 
女の名は、葛の葉といい、かいがいしく保名の傷の手当をした
 
やがて、保名の傷も治ったが、いつしか2人は恋仲となり、ともに暮らすうち、子どもが生まれ、子どもに「童子丸」と名付けた。
 
しあわせな日々がすぎていったが、6年目のある秋の日、葛の葉は、庭に咲く美しい菊に心をうばわれ、自分が狐であることをつい忘れ、うっかり、正体のしっぽをだしてしまった。
 
5歳の童子丸にその正体を見つけられた葛の葉は、ともに暮らすのもこれまでと、別れの一首を残して信太の森へと去っていった。
 

──「恋しくばたずね来てみよ和泉なる 信太の森のうらみ葛の葉」──

 
保名と童子丸は、母を求めて信太の森を探し歩きまわった。森の奥深くまできたとき、保名がふと振り向くと、1匹の狐が涙を流してじっと2人を見つめていた。はっと気がついた保名は、「その姿では子どもが怖がる、もとの葛の葉なっておくれ。」と言い、保名の声に、狐は傍らの池に自分の姿を映したかと思うとたちまち葛の葉の姿となった。
 
「わたしは、この森に住む白狐です、危ない命を助けられたやさしさにひかれ、今まで、お仕えさせていただきました。ひとたび狐にもどった以上、もはや、人間の世界にはもどれません。」と、とりすがる童子丸を諭しながら、形見に水晶の玉と黄金の箱を与え、最後の別れをおしみつつ、ふたたび狐の姿となって森の奥へと消えていった。
 
この童子丸こそ、やがて、成人し陰陽道の始祖・天文博士に任じられた安倍晴明(あべのせいめい)だと語られている。
 
 

「恋しくば たずね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」という一首の口語は、いろいろな訳があるが、「恋しいなら、和泉の信太の森に訪ねてきなさい。その裏に、わたくし葛の葉はおります」ということのようだ。
 
この話は有名な伝説で、何度も歌舞伎や浄瑠璃・文楽でも語られ、『きつね女房』『信田の森の狐』『葛の葉』などと言う題名で童話や民話など読み物になっている。そしていつからか、人に化身する狐は、妖術を使う際に葉っぱを頭に乗せるおなじみの姿が定着したが、その葉っぱとは葛(くず)の葉である。
 
「うらみ葛の葉」とは、葛の別名「裏見(うらみ)草」の意味だそうで、風に翻り、葉の裏が白く輝くことからなぜ「裏見草」といわれ、花が葉の裏にかくれて咲く。今日の「恨み」にも通じるものがあるが、その当時は「残念な気持ち」や「悲しい気持ち」を表す言葉だったようだ。
 

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「女化ぎつね」のお話にある「別れの一首」──「みどり子の母はと問わばをなばけ(女化)の原に泣く泣くふすと答えよ」──と、「葛の葉伝説」の──「恋しくば たずね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」──いずれも、我が子と別れなければならない母親の深い悲しみを詠ったものだ。

 
しかも、狐であることを知られたことで、身を引かざるをえないところに、なんとももの悲しさがある。
 
だからだろうか。それで終わると、悲しいままなので、いずれの話でも子どもや孫が狐の母親による後押しもあって立身出世し、一方は、「関東の孔明」といわれた栗林義長に、もう一方は平安時代の高名な陰陽師である安倍晴明とへと話が繋がれていくことで、多少の“ハッピーエンド感があるではないだろうか。
 

ところで、狐の子育てということでは、前にテレビで見たことがあるが、「子別れの儀式」と呼ばれる行動がある。
 
春に子どもを産んだ親ぎつねは、生まれてきた子ぎつねに深い愛情をそそいで育てるが、夏が終わるころに、突然、親ぎつねは子ぎつねに歯を剥きだして襲いかかり、巣穴から追放するのである。子ぎつねは、突然の仕打ちにうろたえながら、何度も巣穴に戻ろうとするが、親ぎつねが、厳しく拒絶するため、いやおうなしに、その場を立ち去り、独り立ちせざるをえなくなる。
 
この「儀式」については、子供を独り立ちさせるために行われるという話が一般的のようだが、親ぎつねが自分の餌を確保するためとか、近親交配を避けるためとか、あるいは、子ぎつねの成長による見かけの変化(親と同じくらいの大きさとなり、顔立ちも大人のようになる)によって、ある時期を境にして、これまでの母性本能が突然すっ飛んで、警戒心や恐怖心を抱くようになり、自分のテリトリーを守るために本能的に行われるという説もあるようだ。
 
しかし、その「儀式」は、人間から見るとあまりに悲しい姿として映る。
 
もしかすると、そうした狐の親子の別れの情景が、あまりに悲しすぎることから、人間に化けて母親となった狐と、その子どもが泣く泣く別れなければならないというシチュエーションが生まれ、別れの気持ちを表した和歌まで残すというふうになったのではないだろうかと思う。
 
そして、子どもと別れた後に古巣に戻り、子どもの前に姿を現さないが、守り神となっていつまでも子どもを支え続け、子どもが成長して立身出世する。母ぎつねは、いつまでも子どものことを気にかけているんだ、というところにも力が入っている。
 
そういえば、「女化ぎつね」の絵本では、母ぎつねが、突然に「ある秋の日」に1人で考え込んで、家を出て行く決心をしたし、「葛の葉伝説」でも、子と別れることになるのが「ある秋の日」なのである。「子別れの儀式」は夏が終わった秋に行われる。
 
何か、そのことと重なっているような気がしてならない。

引き続き、狐の恩返しの伝承について調べてみたいと思う。


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