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自然に 素朴に 明日をみつめて

日記

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桜の花とメジロ

職場の近くの神社の桜。
 
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7分咲き…といったところだろうか。
 
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そこに、せわしく動き回り、見え隠れする来客がやって来ていた。
 
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メジロである。
 
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ひとつのところに落ち着くことなく、枝を渡り歩いて花の蜜を吸っている。 
 
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カメラでずっと追いかけっこをしていたおかげで、すっかり首が痛くなってしまった。
 
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まもなく満開!
 
 
今、ネットの「用語解説」のアクセスランキングのトップは「忖度」だという。
 
辞書などで調べると「他人の気持ちをおしはかること。他人の気持ちを推察すること」であり、いわば「相手の気持ちをおもんぱかって、気を利かせる」というふうに書いている。
すでに、この「忖度」。今年の流行語大賞にはノミネート間違いなしだと言われている。
 
お年寄りが、道端でたたずんでいるのを見て「具合が悪いのかな?道がわからないのかな?」と声をかけるとか、右折車が対向車の列が切れずになかなか曲がれないでいるのを見て「困っているだろうな」と、止まって先に譲ってやるとか、職場に新しい社員が入って、「わからないことばかりでとまどっているだろうな」と「何かわからないことない?」と聞くとか……私たちの日常の生活は、どの場面でも「忖度」しているといってもいいかもしれない。
しかし、それらは、広い意味での「忖度」だろうが、多くの場合「思いやり」「気遣い」という言葉で表される。
 
一方、飲食業やサービス業など接客の仕事をしている人たちは、お客さんとの関係で、常に「忖度」が求められる。まさに「忖度」と「おもてなし」の世界かもしれない。
 
 
ただ森友問題で明らかとなった、政治家・官僚がからみ、国民の資産や税金に関わる黒い闇の「忖度」は、まったく性質の違うものである。政治家や評論家の中に「日本の風習」だとか「普通にやられている」とか言っている人もいるが、「8億円もの巨額な値引き」をあまりに軽く捉えたものであり、庶民の感覚からかなりずれている。
 
 
この場合の「忖度」は、見返りがあるとか、自分の地位や身分がどうなるのかという、損得勘定とむすびついたものだ。
上下関係のある大きな組織や社会で「忖度」が行われると、「上の者」や「権力者」やのために、「下の者」や「庶民」を軽んじ、犠牲にさえすることにもつながる。
 
「忖度」構造のもとでは、「権力者」やトップが「こう考えているに違いない」と、先回りし、お膳立てしたり、自分の部下や組織を動かす。本来はルールに従えばできないはずのことも、無理無理押し通してしまうことも起きる。それに従わない者や反発するものは地位や身分などで不利益を被るので、「忖度」構造に従わざるを得ない。
 
こうした“提灯担ぎ”の集団ばかりの「忖度」社会においては、「権力者」やトップは「絶対」の存在となり、やがてそのしわ寄せは「下の者」=「庶民」に行く。
その代表例が、崩壊したソ連や、今の北朝鮮などであり、戦前のヒットラー独裁のドイツであり、天皇絶対主義だった日本である。
 
「絶対権力」のもとで「超忖度社会」がつくられ、国民はがまんを強いられ、自由や民主主義も奪われ、国家に少しでも歯向かうものは弾圧され、国民同士で監視しあう社会となる。行政が、国民・住民意見よりも、権力者や政治家の気持ちをおもんぱかって仕事をする。
社会の「忖度」のベクトルが、上に、上にと向かうといつの間にか独裁国家へとつきすすみかねない。
 
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昨日2日付の「東京新聞」の論説面で東大教授の宇野重規氏の「時代を読む」というコラムがたいへんユニークな角度で、この「忖度」について書いている。以下引用したい。
 
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「ソンタクという妖怪」
 
 日本政治の中枢に一つの妖怪が徘徊している。その名はソンタクである。この妖怪が現れると、人々は不機嫌な沈黙状態に陥る。何を聞かれても、関係者は「申し上げることはない」、「規則通りにやっている」と繰り返すばかりである。とはいえ、誰がどう見ても、何か話すべきことはあるだろうし、規則通りに物事が動いているとは思えない。誰もおかしいと思いながら、何ごともなかったように時間だけが過ぎていく。
 ソンタクと比べるならば、ケンリョクノボウソウという名の怪獣は乱暴だが、ある意味でわかりやすい。その怪獣の名前を声に出して、戦っていくしか道はないからだ。これに対しソンタクの場合は、独特な無気力が支配する。人々は低い声でボソボソとしゃべりながら、誰に明確に命令されなくても、自分に「期待されている」はずの役割を粛々と果たすのである。
 しかし、ソンタクによってもっと損なわれるものがあるとしたら、それは政治そのものであろう。政治においては、さまざまな利害がうごめく。とはいえ、だからと言って、腕力のある者ばかりが通るわけでもないし、あらゆることが馴れ合いで決まっていくわけでもない。すべての利害関係者が自分の主張をし、相互に説得を試みて、妥協し、できないところは場合によっては問題を先送りする。
 肝心なのは、政治は議論を通じて行われるということだ。それも密室において、特定の関係者だけで議論をするのではなく、あくまで衆人環視の下で物事を決めるのが政治の本質である。人々は言葉を尽くして自らの主張の正当性を主張し、その代わりに、他人の主張にもきちんと耳を傾けることがその第一歩となる。
 ソンタクに取りつかれた政治はその逆だ。多くの人には物事がどこで、どのように決定されるかわからない。それでも「そのようなものなのだろう」という諦めの思いととともに、人々は自分の思いをのみ込む。結果として、政治の舞台からは真剣な主張や説得の試みが見られなくなり、聞こえるのはただ騒がしい騒音や、あるいは真剣にものを言おうとする人間に対する冷笑ばかりとなる。
 今回の森友学園がどのような決着を見るかわからない。とはいえ、問題を通じて得られるものは少ないのではないか。普通、どれだけばかげた事件であれ、人々は何らかの教訓を与えてくれるはずである。しかしながら、今回の問題を通じて明らかになったのは、日本政治の中枢にいかに怪しげな人物が集まるかということと、妖怪ソンタクがどれほど日本政治において力を持っているかということくらいである。
 世界が不安定化し、とりわけ極東の上記用は緊迫の度を増している。欧州では重要な選挙が今後も続く。このような状況で、日本の国の指針を間違えば、取り返しのつかない事態となる。にもかかわらず、日本政治を妖怪ソンタクが支配しているのは異常である。
 「どうしようもない」、「他に選択肢がない」という言葉は、ソンタクにとって何よりの鉱物である。この言葉を安易に口にする時、妖怪が忍び寄ることを忘れてはならない。これ以上妖怪を跋扈させないためにも、この2つの言葉は歯を食いしばっても口にすべきではないと思うが、どうだろうか。
                               (以上 引用)
 
 
 
 
読売テレビの「ウェークアップ!ぷらす」で、森友学園問題を取り上げて、キャスターの辛坊二郎氏が「たぶん、忖度があったのは私は間違いないと思うんですが、もし、じゃあ、忖度があったとして、それがなにが問題なんですか?」と驚くべきことを言っていた。
 
昨年、一昨年と、政府に対して批判的なテレビのニュースキャスターが、次々と降板させられた。そこには、官邸や政権党の直接の抗議もあったが、それらを受けてのテレビ局内の「忖度」や「自主規制」があったということは、すでに明らかとなっている。「忖度」や「自主規制」がされる際に、この辛坊氏は、まったくひっかからない“優秀な”キャスターだったのだな、とこの発言を聞いてある意味納得した。
 
また、日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は3月25日に、「森友学園」問題について「火に油を注いでいるのが安倍総理だ。忖度はあったと、はっきり認めるべきだ」と安倍首相の国会での答弁が、疑惑を過熱させているとの認識を示す一方、「良い忖度と悪い忖度があるが、(今回は)悪い忖度ではない」と述べ、「贈収賄のような事件はないことはっきりしているのだから安倍首相の辞任や昭恵夫人の国会招致は必要ない」と記者団に語った。
 
いわば「森友学園」疑惑の当事者と目されている松井氏が、安倍首相に「“悪い忖度”ではないのだから、忖度があったとはっきり言えばいい」と進言し、自分に対する疑惑は明らかにしない不真面目さ。
 
安倍首相と考え方の近いオトモダチは、官僚の「忖度」でトントン拍子で許認可が進み、10億円近い評価額の国有地を、8億円も値引きして超激安で払い下げをしてもらって、それを受けた本人も「神風が吹いた」「わけのわからない大きな力が動いた」とびっくりするほどの「特別扱い」を受けたわけだ。
 
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そんなことは普通の一般国民にとっては、絶対にありえないことであり、それを「良い忖度」とか「悪い忖度」とか、言うこと自身がナンセンスであり、政治家がしかも大阪府知事ともあろう人が言う言葉ではない。
 
もし、こんなことが「なんら問題がない」「違法性もない」とまかり通るとしたら、いったい社会はどうなってしまうのか。安倍首相や側近、そのオトモダチ(宇野氏が言う「怪しげな人物の集まり」たちの…)に近づき、懇意になれば、「忖度」してもらえ、優遇されるということになり、不公平・不平等が横行してしまうのではないか。
今回は、たまたま「国有地の激安払い下げ」が発覚したが、国民の資産や、税金もオトモダチの間で裏でいいようにされていくのは間違いないだろう。
 
 
一方で、「忖度」社会がいつの間にか形作られていくのと軌を一にして、安倍政権は、この間、次々と時代を逆行させるかのような施策を打ち出していることも気になる。
 
政府は、「現代版・治安維持法」ともよばれ、計画段階での処罰を可能とする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「組織犯罪処罰法改正案」を21日に閣議決定し、国会に提出した。
 
また、31日には、野党から出ていた質問趣意書に答える形で、戦後の衆参の国会決議で「排除」「失効」する決議がされた「教育勅語」を、「教材として用いることまで否定されない」とする答弁書を閣議決定した。森友学園が運営する塚本幼稚園で、園児たちが教育勅語を暗唱する映像が何度も茶の間に流され、中には背筋が凍りついたという人も少なくない中で、「教育勅語」をいわば「公認」した。
 
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さらに、文科省が31日に官報で告示した新中学校学習指導要領の教科「保健体育」の武道で、選択できる種目の例に「銃剣道」を加えた。銃剣道とは、小銃に似せた木銃で相手の喉や胴の部分などを突く競技で旧日本軍の戦闘訓練に使われていた「銃剣術」の流れをくむ競技であることから、波紋が広がっている。しかも、突然種目に加えられたことについて、3月9日の参院外交防衛委員会で、元自衛官の佐藤正久議員(自民党)が、学習指導要領から「なぜか銃剣道一つだけが外された」と追及していることから、教育行政に政治介入があったのではないかとの報道もある。
 
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「共謀罪」に、「教育勅語」に、「銃剣道」と、安倍政権が「オトモダチ」とともに「塚本幼稚園」で見たような光景を、日本全体に広げようとしているのではないかと疑ってしまう。
 
 
私は、こうした問題を、日本のメディアがもっと大きくとりあげるべきであると思う。
国民の間に事実を明らかにし、そして、アジア諸国をはじめ諸外国にも、日本の政府が、今言っていること、やっていることの事実をきちんと伝えるべきである。
 
そして、国民が政府に対しておかしいことに、「おかしい」という声をあげること。
さらに、次の選択では間違えないことである。
「屋根裏地獄」「地獄タクシー」などインパクトのある曲名。独特な世界観と強烈な個性を映す歌詞。そして、物語を語るような不思議なテンポの歌。

シンガーソングライターの吉沢嘉代子さん(26)だ。
 
その吉沢さんへのインタビュー記事が、「ふるさと 埼玉県川口市 廃工場 夢の世界ひたる」と題して30日付の「読売」に掲載されている。

 
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吉沢さんは鋳物で有名な埼玉県川口市の工場街で育った。
実家は、祖父の代から家のすぐ隣で鋳物工場を営み、朝から夕まで「ガッガッ」「ジー」と、金属を加工する騒音が鳴り響き、さびのにおいの混じったような空気や、ほこりっぽい感じがしたのを覚えているという。

 
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小学生の時、実家の工場が廃業した。
そして、工場だった建物の屋上にある掘っ立て小屋で小学3年〜5年生の頃にしていたのが「魔女修行」だったというのがユニークだ。
お年玉を持って近所の雑貨屋でほうきを買った。またがって念じたが、飛べない。「自分の気持ちや弱いからだと思って、工場の屋上から飛び降りようと考えた」こともあったそうだ。
その頃、魔女のおばあさんにさらわれる夢を見て、子供心に「そのままさらわれていたら、特別な人間になれたんじゃないか」と思ったからだという。

 
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友達とのコミュニケーションが苦手で、小学校にはほとんど行けなかった吉沢さんは、「現実と違う何かになれるのでは」と思うことで、心のバランスを保っていたのだそうだ。
 
そして、中学も不登校だったが、そんなときにロックバンド・サンポマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」をたまたま聞き、人と関わることを怖がっている自分に向けて歌ってくれているように感じた。
「私もバンドをやりたい」と思い、高校に進学してバンドを結成した。
 
大学時代は下北沢や新宿、渋谷などの路上でギターの弾き語りを重ね、インディーズを経て2014年にメジャーデビューし、東京を拠点に活動してきた。
 
路上ライブ時代から歌っている「東京絶景」という曲について吉沢さん語る言葉はピュアだ。
「東京の空は星がよく見えません。でも夢を持つ人が集まっているから、星空のように輝いて見える、という内容です。私が作る曲のほとんどには架空の物語があります。主人公は人魚だったり、ストリッパーだったり。魔女修行という物語に夢中になって現実から逃げていたけれど、今は物語を提供する仕事をし、社会とつながっているんですね。子供のころ、私にとって物語の世界が心のよりどころだったように、私の歌が誰かを支える存在になったらいいな、と願っています。」
 
すでに実家近くの工場は多くが住宅地に変わった。
吉沢さんは最後にこう語った。
「工場に囲まれて育った私が作る曲や歌声からは、ちょっと色あせているけど、火花や灰が舞ってきらきら光っているあの空気が感じられるのではないかと思っています」
 
 
 
私のすでに他界している父親も木工所を営んでいたが、規制緩和で輸入材が大量に出回ると、加工・製造単価がべらぼうに引きがげられて廃業した。
子供の頃に覚えた木材の匂い、たくさん出るカンナ屑の山を手で触る感触などは、今でも懐かしく思い出される。
 
世界に誇る「ものづくり」の国のはずなのに、街工場も木工所もどんどん消えていく日本。
そんな中で、吉沢さんのように、自分の作る曲や歌から、鋳物工場の「火花や灰が舞ってきらきら光っているあの空気が感じられるのではないか」と、思いを込めて歌っていることを嬉しく思う。
 
そして、子供のころ、「物語の世界」が心のよりどころだったという「妄想女子」の吉沢さん。
「私の歌が誰かを支える存在になったらいいな」との夢と願いをぜひ実現させて欲しい。
 
これからも活躍を期待したい。

 
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森友学園問題がどうして起きたのか……。
そのことにについて、「毎日」29日付夕刊の与良正男氏の連載コラム「熱血!与良政談」では、「森友問題、首相の誤算」と題して次のように書いている。引用したい。
 
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先日出演したTBS「サンデーモーニング」で、私は「森友学園」問題について冒頭、こんな話をした。
安倍晋三首相は当初、この問題がここまで拡大し、テレビが連日報じるようになるとは考えていなかったのではないか。高をくくっていた結果、事実関係をさして精査もせずに「私や妻が認可や払い下げに関わっていたら、首相も国会議員も辞める」という強気の答弁につながったのではないか−−と。
 
少し補足する。テレビがこぞって報じ始めたきっかけの一つは、学園系列の幼稚園で教育勅語を暗唱させ、運動会では「安倍首相がんばれ」「安保法制、国会通過よかったです」と園児が選手宣誓する等々のビデオの存在だったと思う。
映像の力は大きい。これに驚き、関心を持った人も多かったろう。実際、森友問題を扱うと視聴率は伸びるそうだ。これまで政権に批判的な報道を抑えようとしてきた首相だが、やはりテレビにとって優先順位が高いのは「政治介入」より視聴率なのだ。そこを見誤ったと思う。
 
もう一つの誤算を。首相は今、妻の昭恵氏の話は「本筋ではない」としきりと強調している。
そうだろうか。以前書いた通り、私が強い危機感を覚えるのは、教育勅語に象徴されるように戦前回帰を目指すような学校法人が大手を振って登場しようとしてきた点にある。
学園の籠池泰典理事長は元々は安倍首相の信奉者であり、首相を頼りにし、最大限利用しようとしていたのは間違いない。そして、官僚だけでなく、籠池氏の考えは首相に近いと見た人は少なくないだろう。
籠池氏も幹部だったという保守団体「日本会議」は、憲法改正をはじめ安倍政権は従来の主張を実現する最大のチャンスと考えているはずだ。日本会議の政治への発言力が強まっているのも事実だ。
こうした時代背景があることを忘れてはならない。この問題は「安倍1強時代」に起きたという点を抜きに語れないと思うのだ。
 
昭恵氏は本当に関わっていなかったと言えるのか。なぜ、籠池氏が「想定外の大幅な値下げにびっくりした」と言うほど、土地の価格が格安になったのか。疑念は残ったままである。本筋を見失わないように解明していきたい。                          
                     (以  上)
 
 
安倍首相と考えが近いとみられた籠池氏も幹部だった「日本会議」。その「日本会議」の政治への発言力が強まっているという時代背景、そして、「安倍一強時代」という中で、こ今度の森友学園につながったというのだ。
 
 一方で、「日本会議」の発言力が強まっているのではなく、それは「張りぼて」で「日本会議幻想」だとする論者もいる。
「幻想」に動かされたとというのだ

 
「サンデー毎日」4月9日号に「まやかしの保守 ついに『日本会議』政治が沈没す」と題した記事。「保守思想を媒介した構造的な腐食」「安倍首相が『日本会議』を使い捨てる日」というサブタイトル。
 
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冒頭に「森友学園」の籠池泰典理事長が国会の証人喚問で語った証言を紹介。
「安倍晋三先生に敬愛以上のものを持っていた。昭恵夫人ともども、小学校開設にご助力頂いていると認識していた。多くの皆さんの期待に舞い上がっていた。国有地取得では神風が吹いた、見えない力が働いたのかなと感じた。昭恵夫人に助けを頂こうと考えたが、8億円もの想定外の値引きには当時びっくりした。何らかの政治的関与、口利きがあったのだと思う。九分九厘できていたのに、応援してくれていた人が手のひらを返すように離れていく。安倍首相も国会で私を『しつこい人だ』と言い出した。私だけを悪者にする政府や大阪府のやり方に、おかしいぞ、これはどうなっているのかな、不可思議な力が働いているのかなという心境になり、何もかもお話しすることにした」
 
なぞも多い今回の森友問題について、「なぜこんなスキャンダルが起きたのかという世相や政治潮流への関心」で見れば、「安倍首相夫妻をシンボルとする『保守』ネットワークが問題の温床」だった構図が、浮き彫りになった。そして、「籠池氏は自ら認めたように、『安倍流保守』の人脈と影響力をもってすれば、殊更に刑事犯罪を問われかねない賄賂を贈ったり、請託をしなくても、行政が特別の配慮や手心を加えてくれて当然と思い込んでいた」と指摘する。
そんな“了見違い”が第2次安倍政権の4年間に(国有地の取得要望書提出は政権発足の9カ月後)、籠池氏自身も「驚き舞い上がる」ほどのスピード感で、あれよあれよと取り運ばれ、「九分九厘」成就する寸前だったというのだから驚きだ。
 
筆者は、「古典的なカネの介在した『疑獄』とは異質の『保守』思想が媒介する構造腐食が進行していると考えるべき」として「これが氷山の一角でないとは思いにくい」と指摘、「問題の背景」を考える時、「草の根右派組織『日本会議』の存在を避けて通ることはできない」として、籠池氏が、日本会議大阪の幹部(運営委員)として知られていたことや、「瑞穂の國記念小學院」の勧誘パンフレットには、「森友学園にお越しいただいた方々」として過去に講演したことのある安倍昭恵氏や鴻池祥肇元防災担当相をはじめ顔写真が掲載された「保守」論客20人のほとんどが日本会議「系」だったことなどから、小学校建設計画に関わった人々は、そこに‟政治力の影を感じ取っていたに違いないし、その中には、大阪府や政府の役人たちも含まれていたはずだとする。
 
日本会議について論じる時、この「空気感」は大事なポイントとなるのだという。
 
日本会議の「組織」については、与野党の国会議員約290人が「日本会議国会議員懇談会」(会長=平沼赳夫元経産相、特別顧問=安倍晋三首相、麻生太郎副総理・財務相)メンバーで、安倍内閣では閣僚19人のうち15人を占める。全47都道府県に地方本部、その下に240超の支部があり、所属する地方議員は約1800人超、憲法改正の早期実現を求める1000万人署名運動を展開し、全国の8割に相当する37都道府県議会で同趣旨の決議を採択の予定だという。
全国会員数は公称約3万8000人。1万人規模の全国大会を開く時は、「新宗教」と呼ばれる教義も主張もまちまちな宗教団体の信者で埋め尽くされ、会場は熱気がなく、文字通り「動員」されただけとすぐ分かるのだとして、選挙の時の動員も、集会用の「サクラ」だという。
海外メディアも「日本最大の右翼団体」「安倍右派政権を操る巨大勢力」と報じるが、実情を取材してみると、自覚のある熱心な会員議員はほんの一握りで、大半が「皆が入っていて誘われたから」「保守の名刺代わりになると思って」「多少なりとも票集めの足しになれば」といった動機のあやふやな「会員」ばかりで、名簿に載っているのに「私も入っているの?」「よく知らない」「退会した」と答える議員も少なくないという。
 
「量」を大きく見せかけ、実態は空疎な「質」を偽装する、言わば「張りぼて」──それが日本会議の手法で、そうした外見に引き寄せられる人たちもいるのだという。
 
それでも1997年の創立以来、国旗国歌法制定(99年)と「愛国」「道徳」を盛り込んだ教育基本法改正(2006年・第1次安倍政権)の実績が、官界に一定の政治力を認知させ、さらには想定外の第2次安倍政権の発足で「ついに政権まで握った」という「黒幕神話」を生んだ。
「しかし、知れば知るほど理念も実体も空疎なのに当惑するのだ。こんな組織で日本国の黒幕なのか?」と問う。
 
その点について、日本会議設立に深く関与し、初期の活動に少なからず力を貸してきた村上正邦・元労相は次のように分析している。
「日本会議自体にそんな力はない。ビラや集会や地方議会決議といった昔の左翼のやり方をまねて大きく見せかけているだけだ。力を失ったオールド左翼の連中が昔の自分たちの幻影に怯(おび)えている。その幻影の力を安倍が利用しているんで、日本会議が安倍を操っているんじゃない。逆なんだ。安倍は賢い。自分には人を畏怖(いふ)させるものがないと分かっていた。最初は日本会議が安倍を教育しようと近づいたんだが、そのうち安倍は自分に大きな背後勢力が付いていると見せることが政官界への隠然たる影響力になると気づいた。日本会議はいつの間にか立場が逆転したと気づいているし、憲法改正でも靖国参拝でも安倍の日和見路線に不満があるけど、こうなっては利用されるしかない」
 
ねじれを抱えながらも「日本会議幻想」は「安倍流保守政治」を支える基盤であり続けた。
官僚機構はデータの数字とあやふやな伝聞を元に、「政治力の幻影を実像と見なして、恐らくは『便宜』や『忖度』を計らい、結果的に幻影に実体を肉付けしてしまった。それが『森友問題』なのではないか」として、「日本会議系につながっていれば、昭恵夫人と親しくしていたら、この政権では何かおいしいことにありつけそうだという歪んだ政治の風潮があり、『第2、第3の森友問題』もあるのだろう」と皆が知ってしまったとする。
 
記事は最後に、「これをきっかけに、日本会議は安倍政治の柱石から弾き出されていくだろう。理由は行政の腐敗だけではない。安倍首相が政権延命を優先し、実は憲法改正や靖国参拝に慎重だからばかりでもない。もっと本格的な政策の根幹で、日本会議と安倍政権にはひびが入っており、これまでフタをされていた『期待外れだ』『迷惑だ』という相互不信が増幅されていくと予見できるからだ」とし、「経済・外交政策の骨格で不協和音が大きくなりつつある時、『森友問題』は起きた。スキャンダルはウヤムヤにできたとしても、長期政権の路線問題は簡単に溝が埋まらない。遅かれ早かれ『日本会議政治』の地盤沈下はあらわになる。『森友問題』は、その思いがけない呼び水となる」と結んでいる。
 
 
 
 
森友問題が大きな問題となると、「日本会議」も安倍首相と同じように、手のひらを返したように「籠池氏とわれわれとは無関係」「迷惑」と立場を変えてしまった。「保守」というものは、義理・人情や忠義に厚いものだと思うが、日本会議はそうではないようだ。
「日本会議の研究」(扶桑社新書)を書いた菅野完氏が、いつの間にか籠池氏のスポークスマンとなっていることを見ても、矛盾と亀裂の大きさを感じる。
 
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森友学園を生んだ背景には、「日本会議幻想」と「安倍一強」がある。それは疑いの余地がないことだろう。
 
第2、第3の「森友学園問題」を生み、国の資産や国民の税金を「お友だち」のために貢いでしまうようなことが二度と起らないように、今回の森友問題について徹底して真相を究明すべきである。
 
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「逃げの一手」という言葉がある。
都合の悪い事や面倒なことを避けて通り、専ら自分の身の安全を考えるというもの。
 
今、国会で大問題となっている学校法人「森友学園」の国有地売却問題について、一昨日の「朝日」(25日付)におもしろい記事があった。
 
「政権 解明及び腰 森友問題 ファックス『婦人付職員が』・認可『大阪知事が』」と題した記事の中に、野党からの批判をあびる安倍首相のイラストとともに、「逃げの3手」として次の3つをあげている。
 
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1 職員のせい  夫人付職員の照会、昭恵氏の直接支援業務ではないと主張
2 大阪のせい  新小学校設立隣家が疑惑の焦点。大阪側で調べるよう主張
3 矮小化    国有地の売却交渉と夫人付職員の照会は時期的に無関係と主張
 
この内容、昨日の朝のNHKテレビ「日曜討論」でも自民党幹事長代行・下村博文氏が、この「逃げの3手」を使っていた。
 
 
そもそも、政府・自民党は、森友問題が発覚して、逃げようとしていたものが、籠池理事長が「昭恵夫人を通じて安倍首相から100万円の寄付を受け取った」と発言したことから、今まで参考人招致も拒否していたのが、いきなり籠池理事長の証人喚問を求めた。
ところが、その証人喚問で、籠池氏を追い込んで、黙らせるつもりが、籠池氏の新たな証言によって「政治家の関与」の疑惑がますます強まり、具体的に政治家の名前まで出てきてしまった。
 
将棋でいえば、このままいくと相手に攻められそうな局面で、敵陣の中に急いで大駒で王手に出て敵の攻め手も封じてしまおうとした。ところが、それをあっさり取られてしまい、さらにいつの間にか自陣の王の鼻先まで相手に攻め込まれていた…といった感じだろうか。
 
そこで、今度は自民党側は、一部の御用評論家やマスコミも動員して、「籠池変人」説を流しつつ、籠池氏の証人喚問での証言への反論として、昭恵夫人と籠池氏の妻とのメールや昭恵夫人付きのファックスを明らかにした。それが、昭恵夫人が「安倍首相からの100万円の寄付を渡した」こともなく、森友学園問題に安倍首相が関与していない「証拠」として出したつもりなのだろうが、勇み足だったようで、これまた「ブーメラン」のように跳ね返って、昭恵夫人の疑惑は一層深まったといえる。
 
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今日、発表された「共同通信」の世論調査で、安倍首相や昭恵夫人が関与を否定していることに「納得ができない」が62.6%、100万円寄付に関して事実関係を否定している首相の説明に「理解が出来ない」が58.7%、昭恵夫人を国会に招致して「説明を求めるべき」も52%である。
とりわけ、国有地が格安で払い下げられた経緯について政府が「十分に説明していると思わない」が82.5%にのぼっている。
 
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「毎日」25日付では、全国の街頭で100人の市民に聞いたアンケートでは、約8割の人が、昭恵夫人は国会で証言することが「必要」だと答えているという。
 
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他の各種世論調査も、同様の答えとなっている。
 
ところが、こうした中で、森友学園問題をやっているテレビ番組では、「バランスをとってますよ!」といわんばかりに、田崎史郎氏や山口敬之氏などが番組を「はしご」して出演し、さらには、なぜか自民党と統一会派を組む「日本のこころ」(議席は衆院0、参院2)の議員なども出演して、「真相の徹底究明」を主張するゲストやコメンテーターなどに対して、時として声を荒げて批判している。さらには、籠池氏を変人・悪者扱いして、安倍首相・昭恵夫人を守るために論を展開している。
みんなが真相を知りたがっているのに、この人たちは逆に真相究明にブレーキをかけようとし、「国会は他にもっと議論すべき大事な問題がある」とかまで言っているのを見て、チャンネルを変えたくなるのは私だけではないだろう。
 


一方で、腑に落ちることを言ってくれる論者もいる。
 
首都大学の木村草太氏が、夜の報道番組で次のように語った。
「この事案の解明が進まないのは政府側が記録は全て無いと言ってるからですよね。だから篭池氏側の証言を崩す為に『嘘ばっかり言う人だ』と人格攻撃をせざるを得なくて歯止めが掛からなくなってる状況があります。
仮に篭池氏が清廉潔白な人でないとしても、やはり国家権力が総出で一市民の人格攻撃を行うのは常軌を逸している。問い正すべきは売却価格を決めたり、小学校の認可を出した官僚、政治の側だと思います」 

「こういう観点から考えますと公文書の管理が非常に大事になります。これまでも、公開すべきかと議論されて来ましたが、根本的には公文書を如何に残すか、日頃からやってる事が非常に重要になる訳です。
やはりここまでの答弁を見ていても、書類が無い記憶が無いで済むのでは事実解明はされないので、今回については適正に文書が残されていない事、その事の責任を問わなくてはいけないと思う訳ですね」 
 
「分からないのであれば、分からなくした人の責任ですよと言うべきだと思います。この点については理財局長の方は、契約締結の段階で、交渉記録を破棄しました、とか或は面談記録は残っていませんと言っていて、これではやはり証拠を隠滅したと言われてもやむを得ない訳です。
財務省の行政文書管理規則では、事業の性質内容に応じた保存期間基準を定めましょうと、文書毎にそういうふうにしましょうと言っているんですが、今回の土地取引では特約付きの定期借地契約を事前にやっていたとか、或は買受権行使時期に分割払いを認めた、或は廃棄物処理費用を国の側で算定した事など、非常に異例な点が多く、こういう問題が起きなくても事後的な検証が為されうる事は容易に想定出来た筈で、その記録が全く無いというのは非常に不自然ですし、もしこれで良いという規則なのであれば、規則を作った人の責任を問わなくてはいけないと思います。
これ規則制定権者は当然財務大臣でありますから、この疑惑が解明されなかったとしたら財務大臣がキチンと責任を取る、辞任する覚悟でこの事案を解明して欲しいと思いますね」

その通りだと思う。籠池氏という一市民を国家権力が総出で人格攻撃することの異常さ、問われるべきは、行政の文書管理も含めた政府機関の責任であるということ、そもそも、今回の問題について何に対して厳しい目を向けなければならないのかを教えてくれる。

 
もうひとつ、「日刊スポーツ」27日付けの政治コラム「政界地獄耳」は「権力を持つ者が恥ずべきことは」と題して、「権力を持つ者」がどうあるべか次のように書いている。
 
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★籠池夫妻、稲田夫妻、安倍夫妻。いずれかがうそをついているか、何かを隠している森友学園疑惑。この3夫妻が国会を混乱させ、官僚は忖度(そんたく)なのか権力におもねっただけなのか、それとも保身なのか分からないが、後でバレるうそをついたり文書がなくなっただとか、保存期間が終わっただとか適当なことを答弁で繰り返し、とにかくしのごうとする。
★我が国の政治と官僚機構の低次元さと覚悟のない現実にうんざりする。とにかくいささか強引でいかがわしさを持つ学校経営者に、主義思想が近いというだけで首相や同夫人が共鳴することも脇が甘いし、首相夫妻が権力の私物化という思いがなくとも、官僚は首相夫妻の思いを先回りしておくことが仕事とばかり籠池の陳情を破格の条件で処理してやり、首相夫妻に「うまくやっておきましたよ」と言いたかった。その先には官僚として満足のいくポストや環境が待っている。こんな寸法だろうか。
★だからといって首相夫妻に何の瑕疵(かし)もないといえるだろうか。権力を持ち権限や人事権をちらつかせずとも保持しているだけで、官僚の「善かれと思って」という感情を引き出し、法律違反やギリギリのことまでやらせ、または前例のないことにチャレンジさせた罪は大きい。「私たち夫婦は何にも関係ない」と語気を強め、むきになる必要もないことにあれだけ興奮した答弁を首相はしたが、そこには今述べたような一抹の「手は下していないが、いろいろやってくれた」という思いがあったのではないか。
★権力を持つ者は極めて慎重にならざるを得ない立場であることを理解しなかっただけで、首相と私人と言い張る夫人は罪深いといえる。この権力を誇示し抑制するという意味を持たない首相夫妻を擁護する者も、権力の持つ怖さや危険さを感じないという意味では同罪だ。政治家や官僚たちはこの1点を犯しただけでも現職の立場にいることを恥じるべきだ。(K)
 
 

今回の問題。
一方は、幼稚園などを運営する学校法人の理事長という、民間人である。もう一方の相手は、日本の首相の夫人で、その夫人をとりまく官僚たちと大阪府知事をはじめ大阪府関係者である。
その間で、普通ありえない国有地の「8億円の値引き」と「スピード売却」が成立したのはなぜか。政治家の関与があったのか。なぜ、昭恵夫人が開校予定の小学校の名誉校長になったのか、当初「安倍晋三記念小学校」と名乗ったのか、昭恵夫人を介して100万円の寄付はあったのか。
それらについて、国有地という国民の財産に関わる問題である以上、最後まで徹底究明してもらいたい。
 
その疑惑を晴らすためにも、昭恵夫人の国会招致を行うべきだろう。
もう「逃げの一手」は通用しない。
 
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