ここから本文です
身体動作とkazetakenobujutsuのブログ
武の動きが癒しとなり道を拓く

書庫全体表示

朝の稽古は清々しい

本日朝の身意動放は毎回空気が新鮮に感じる。

朝という時間帯もある。

日常を送る日々は知らぬうちに心を遣いすぎ、頭を遣いすぎ、動きの荒れに気づかずにいる。

稽古という空間はそれをリセットし、内面を感じ、外側に旅をすること。

内と外のバランスが今を正確に見ることが出来る。

内とは自己を見ることであり、外とは心から見た世界のこと。


さて稽古は礼法の正確さから始まり、心の真剣さから始まる。

摺り足は身体の上下動を消し、心の平静を練る。

発声は内と外を繋ぐエネルギーを練る。

剣の構えは、気の方向性、集中度を練り、剣の振りは大地から振る感覚を養う。

合掌筋力調律法は、互いが調律を感じ、術を施し、または受け、身心となる。


身意動放の技は、身体から外側に意識を出すこと。その結果筋肉はゆるみ、時に締まり、最後に繋がる。

動きは柔らに徹し、空間を感じ、一体となる。

動きの初動は気を解くことから始まり、それに沿い身体が繋がる。


何でもそうだが、最初は意識を外に出したり、やわらかく動いたりと出来ぬもの。
筋肉の硬さや、意識の散漫さを感じるもの。

それが何度も真剣を繰り返し、今の動きを認め流れに沿うことが出来れば、自然に動きは生じる。

出来ぬことを恐れず、ただそれを見、感じ、行うことが稽古という空間。


朝の身意動放。


日々の稽古が気づきの稽古で、生きる稽古である。

この記事に

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
  • 名前
  • パスワード
  • ブログ

開くトラックバック(0)

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事