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身体動作とkazetakenobujutsuのブログ
武の動きが癒しとなり道を拓く

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心もちのこと

稽古の場とは調える場である。

言葉以上に身体はその者の心をさらけ出してしまう。

稽古に臨む「気」とは「穏やかさ」と「開」である。

その逆は・・そういうことである・・。

行場である、稽古の場でもっとも、禁であることは、「不機嫌」という心の場を背負ってくること。

独り修行の場に於いても、この「不機嫌」という心をしょっての稽古は、すべて、行場からは「落ちる」ものであり、聖域とされる修行場には入れない。

今そのようなことを教えてくれることもない。

「開」という字をよく観て、感じてほしい。

稽古の始まりの「礼」は心から働く所作であり、それを、表面だけ繕っても、その礼は
「失礼」として己に返る。


己が身体の呼吸を感じ、ゆるみ、よくゆるみ、礼の出来る「腹」を造り、そうして心からの所作である礼が、その「場」に感謝をし身心を磨くことを赦される。

それが修行という稽古場である。

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