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身体動作とkazetakenobujutsuのブログ
武の動きが癒しとなり道を拓く

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それぞれの身体観

身体とはどう在ることなのか、そんな問いが生まれては稽古の中で直感している。

それは答えを探しているのではなく、その問いについて考えることが稽古なのだと感じている。

さまざまな重要であろうことを稽古で伝えているが、同じような感性で受け取ってくれる方は少ない。

それでよいと思う。

日々の稽古で対峙した相手が、このことについてどう感じているかは、ほぼ分かる。
分かるとは、身体を通した経験則のようなもので伝わってくる。

人はそれぞれに感じ方が違い、違うからこそ新鮮で学び合うのだ。


たまに身体が求めている情報を相手も同じ情報を得たいと感じている時は、稽古が一気に進むこともある。

そんなそれぞれの身体観に共通するワードが一つは軸という感覚である。

軸の説明をしたりするとき皆の身体は少し反応する。

軸という言葉が何を意味するかはそれぞれの感じ方だが、少なくとも「自分」という在り方の「何か」という感覚が在るのではないか・・。

動きを脚から、とか、腰から、とか言うときと、軸からでは、ふっと皆の身体に入っていくのが分かる。
だからと言って軸から動けているのではない。むしろ動けていない。

身体の中から動くという時も同じである。出来ていないが、なんとなく通る。

「身体は動く前の思いが重要だ」
何を思うかではなく、ただ大事ということが分かればよい。

〜写真は軸から動く瞬間〜
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