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身体動作とkazetakenobujutsuのブログ
武の動きが癒しとなり道を拓く

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『座』を思う

「座」という文化は日本でももう離れつつある。

しかしそれでも畳があったり、和室がまだあるのだからそう捨てたものでもないか・・。

「空の気持ち」のブログにも先ほど書いたが、御祭りの躍動感は「和」そのもだ。
https://blogs.yahoo.co.jp/tokimorinoyume

そして「座の文化」が生んだ身体性、精神性が今大切なのではないか。

「座」とはつまり、大地に近いということ。礼は人に行うように感じるかも知れぬが、「座礼」では必ず大地に感謝しながら相手に向かうのである。

「土」と近いという感覚が農耕民族である我々には恵みの大地であり、命そのものでも在る。
神輿の足腰は大地を敬いながら踏み清めるし、相撲の四股もまた地を鎮める儀式でも在る。

武術という闘いの場に於いても「座」は重要な形であり、そこに心を入れるという、日本人独特な敬う(信仰)にも似ている。

イメージ 1

椅子社会になり、大地は土足で踏むという感覚になって、目からは遠い地になった。

少なくなってきたそういう文化を思い起こすと目が覚めるのだ・・。

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