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身体動作とkazetakenobujutsuのブログ
武の動きが癒しとなり道を拓く

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〜改めて身体を観る〜

量より質という感性で身体を捉えていたつもりだがまだ甘かった!

より繊細により感覚的にと日々の稽古を感じていたが、まだまだだ。

自己鍛練調律を日々行っているが、大腿を上げる動作の中で、気づいていたのに、それを精査せずに回数をこなしてしまった。
毎回安定した動きであったはずだが、何回かは動きの中で違和感を感じていたのだ。

その違和感の中で回数に頼ってしまうなどと・・。

今という身体を感受している最中であるが、何が問題かというと気づいたのにそのままにしていたこと。
回数が明らかに多い、100回単位は明らかに鈍くする筋緊張を起こす。(私の場合)
回数が出来ることが重要なのではない。

それから気づいていたことは、腸骨筋の緊張が日々あったこと、小殿筋の緊張が追い越していたこと。
そしてある回数を過ぎるころから、頸部も緊張していたこと・・。

回数はこれからいろいろと試していかなければならないが、感覚的にはこの回数、という回数が出てきたので、来月ぐらいからその回数で試してみようと思う。

精神のほうが勝ってしまうのはバランスを崩す要因である。

今回身体の痛みなどが出て、今までの鍛練を思い起こし、気づくことが相当あった。

股関節の動きはかなり重要で小殿筋や腸骨筋などの動きを改めて正確に捉えて、身体の動きを改めようと思う。

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今という身体をしっかり見ているか!

身体は完璧を求める。

だがその完璧さが、自分の目を曇らせてはならない。

出来ていないのに完璧に振る舞ったり。

今日稽古で対峙したときに、あきらかにバランスの崩れている自分を感じた。

これが大事なのだ、崩れている状態を受け入れ、この感覚で対峙してみる!

立っているのもやっとであったが、それをごまかさずに、今の身体はどう相手と関わるのか、どうあり続けるかを感じた。
完璧というバランスは崩れているが、それを認めると、その今の身体のなかで、全力でバランスをとろうとしていた。

関係性の身体、心とは、不思議な繋がりで結び付いている、、。

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