金沢の九谷焼諸江屋 きままな店長日記

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先日滋賀県のミホ美術館へ行って
「青山二郎の眼」を観て来てとても感動したので
買った「目の哲学」・「利休伝ノート」です。

小林秀雄に「僕達は秀才だが、あいつだけは天才だ」
と言わしめた青山二郎のエッセイ集です。

最初の眼の引越しから期待した美術に対する眼
にはあまり触れられていませんが、
「眼の筍生活」で知り合いの骨董家と
いつか観た徳利をお互いに思い出しながら
描いたりすると専門家であっても細部の
その名品の名品たる所以の部分が不明朗で
骨董家は何を見ているのでしょう。

観ているようで、見ているのではなく、
観念なる思考に縛られているのだと言い。

「美術品とは存在しない。在るものは美だけだ」
と書いてあったりしてなるほどと思いました。

その後いきなり軍鶏の賭けの話になったり
エッセイ集ですから一環としている訳では
在りませんが最後の利休伝ノートで
利休がなぜ利休なのかを青山二郎なりに
解き明かす為の覚え書きのようなノートも
青山二郎と利休それぞれの人自身が見えて
面白かったです。

金沢市片町1-3-22 九谷焼諸江屋 http://www.moroeya.com/

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久しぶりに本の紹介です。
最近、書店でこの作家の新刊が出ていると
必ず買ってしまいます。
それだけ面白いのです。

その作家は宮城谷昌光先生です。
中国の春秋戦国時代の歴史小説ですが
宮城谷さんが書くと始皇帝がそこにいる
ような感覚にさせられます。

「奇貨居くべし」は一介の商人から
その当時中国で最大の勢力があった
中国の秦の宰相にまで登り詰めた
呂不韋の生涯を書いたものです。

五冊の本ですが大体三部に分かれています。
一つは年若い呂不韋が楚の国宝の「和氏の璧」
を拾いそれを秦に届け、そして持ち帰る一部。
二部は商人として大成するまで。
三部は秦の宰相となり、後の始皇帝が
天下を統一する準備をするところです。

題名の「奇貨居くべし」意味は、儲けを得られるかも
知れないので珍しいものは買っておきなさい
この商人の発想が一貫してこの小説には流れています。

もう一つは呂不韋が商人なのに、自分が儲けよう、
儲けようとはせず、他人に儲けさせたり、与えることによって
金ではなく名前だったり、国を得ていくということです。

呂不韋は「呂氏春秋」の作家としても知られていますが、
その中で民主主義を思わせる政体を望んでいるところがある
らしく小説でももしかしたら中国で民主主義が
出来ていたかもしれません。

これはもちろん仮説で実際は、始皇帝による
強力な中央集権国家が1000年以上も
続くことになります。

最初からどきどきさせる宮城谷昌光先生らしい
とても面白い本です。

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「新約 茶の本」 岡倉天心=著 大久保喬樹=訳
を読みました。

茶の本は「Book of Tea」といい、
岡倉天心がボストン美術館に勤めていた頃
英文で出版した名著です。

明治の頃、日本文化やお茶のことを
わかりやすく西洋に知らしめようとして書かれたもので
現在の日本ではこの「茶の本」のほうが
日本文化や茶道を知るためにはわかりやすいと思います。

以前お茶のお稽古に通っていたとき、
一人の男の人が来られて、
先生に「私はお手前を習いに来たのではないのです、
「Book of Tea」の話を聞かせてください」といって
先生の話を聞いていました。

私も手前をしたり、お客になりながら聞かせて頂いた
のですが、お茶の真髄のに触れる思いでした。

日本はアジアの文化の良いとこどりで
中国、インド、韓国などの文化を受け入れ、
壊さずに残し、また新しい文化を受け入れてきたため
文化や考え方が多層に蓄積されています。

その文化の結実したモノが「お茶」なのです。

そのお茶をおいしく飲むために器を作り、
茶室を作り、庭や家までも作って調和を
はかってはた東洋はすばらしく。

いつかこのすばらしさを西洋文明が
わかってくれることを切実に望んだ
天心の気持ちが良くわかります。

そのほか色々な古典の引用などあり
とても面白く読みました。

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久しぶりに本の話題です。

滋賀のMIHO美術館で「青山二郎の眼」を見た後、
柳宗悦のことがとても気になって、
この「柳宗理のエッセイ」を買いました。

柳宗理は柳宗悦の息子なのです。
柳宗悦は民芸運動の論理を確立した人です。
使う為に作られた品物の中に美を発見し、
「用の美」を唱えました。
「美は作る人が作るのではなく、見る人が見出すもの」
と言っています。

一方柳宗理は父宗悦に反抗し、
インダストリアルデザイン(工業デザイン)
をデザイナーとして有名になりました。
彼の作ったバタフライスツール(蝶のような形の椅子)
はとても有名です。

この「柳宗理のエッセイ」の中にもアノニマスデザイン
(無名の人のデザイン)が一番最初にて出てきます。
柳宗悦につながっているのですね。

そしてこの本の民芸とモダンデザインの章の
河井寛次郎の手のところで
「民芸の本来の姿は、自己主張などは、何等看られない
職人が、世の必要に応じて、ごく自然のありのままに、
形造った姿であることは言うまでもない。・・・・・・中略・・・
一度智慧の実を食べ、美を意識した人間である。
表面は無に近づけ得ようが、絶対自然の民藝の無に
到達するには、仏の難行より困難な道であることは
言うまでもない」と書いています。

民藝のいう無意識の職人の作品の美を意識した作家が、
美しいものを造ることの難しさを書いている
部分に非常に共感できました。

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昨日書きました、「青山二郎の眼」の展示会で
展示会の本を買ってきました。

一番右の黒ぽっい山に月の絵が描かれている
物は本のカバーで、その中に左二つが
入っています。

一番左は青山二郎のプロとして職業といわれる
本の装幀家の仕事がよく出た奇抜なそして
温かみのある手に取りたくなるような装幀です。
中には展覧会に展示された品物の写真や
文章そして青山二郎が書いた品物の絵の写真など
が収められています。

優れた画家が、美を描いたことはない。
優れた詩人が、美を歌ったことはない。
それは描くものではなく、歌い得るものでもない。
美とは、それを観た者の発見である。
創作である。(日本の陶器)

柳宗悦の発見した民芸への美や
利休がお茶を通して見出した美と通じる考え方です。
そこまで言い切るのさすがだと感心します。

真ん中は青山二郎の眼の解説で、青山二郎の人となりを
関係のあった方が書いています。
年譜や出品リストの後同じものを英文で書かれています。

面白いと思ったのは、本のカバーといった右の黒の内側に
青山和子さんが
「ジィちゃんなら、すぐこれを買うに違いない」と言って
手に入れた、光悦の蒔絵の鹿の図の硯箱のデザインが
見えないように内側に隠されていることです。

なんとも青山二郎の眼と思いました。

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