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遠い昔に一度だけ会った
あの娘に会いたい。
遠い昔たった一度の
遠い昔ゆきずりに会った
あの娘に会いたい。
あの頃僕はシャガールがとても好きだった。
それで画家の山本容子さんじゃないけれど、氏はある出版社の「私の文庫本」というアンケートに答えて、何の理由かは忘れてしまったが、たぶん自分用に更に読みやすくするためにバラバラにほぐしてから読むのが習慣で、安価な文庫本はそれが出来るからとても好きと言っていて、僕はそれを読んでとても腹立たしく幾ら文庫本でも本に対してそんな扱いは冒涜だと思ったにもかかわらず、その僕が同じようなことを遠い昔二十歳の頃はやっていたのだ。
古本屋に行ってはシャガールの絵が出ている本を買いまくりそこだけ切り抜きあとは捨てていたのだ。古い「芸術新潮」や色んな画集だったと思う。それを自分の部屋の壁一面に貼っていた。小さいのや大きいのあわせて5,60枚はあっただろうか。
その頃僕は恋人がいなくて孤独だった。
シャガールの絵と色はそんな僕にぴったりだったのだ。
そんな頃、そんな孤独だった頃、芸術に興味を持っていても、一枚も絵を描かず画集を見たり展覧会に行ったりしていたそんな頃、岡本太郎の「今日の芸術」が出た。読むと、絵は汚く描けうまく描いてはいけない、ヘタのほうがいいんだ、と書いてある。
僕は暇だったし影響されたがっていたので早速やってみようと思った。
画材屋に行ってモーゼか何かの石膏のマスクを買ってきた。かなり大き目の。それに色だけ塗るのだ、それならやさしく出来そうだと。
ニュースで知っている前衛画家のように気合を入れて塗っていく。感情を込めて、特に怒りの感情をこめて、塗っていく。ときにはチュウブから直接、ときには筆から飛ばすように、色を塗りたくっていく。
途中でコラージュを思い立つ。いらない写真を細かく切って根気よく貼っていく、布も少し使う。石膏の質感が複雑になる。そうしておいて又その上に分厚く絵の具を、投げつけるように塗っていく。下手糞に、汚く、を意識しつつ、一方では無意識であっても色のバランスは考える。だが綺麗に仕上がってはダメだ、小さく纏まってはダメだ。絵の具が乾くのを何度も待って仕上げていった。
一応満足のいくのが出来上がる。
かなりグロテスクだがけっこう迫力があり美しくさえあった。ある意味でメチャクチャやったわりには成功のような気がした。
玄関の正面に飾った。
それをあの娘が褒めてくれたのだ。
僕が孤独だった時に作った、後にも先にもたった一度のだけの作品。
あの娘は御用聞きに来たのだと思う。米屋か酒屋のむすめだったのではないか?
ドアを開けるといきなりあの娘は褒めた。
容姿も可愛かったが話し方が良かった。まるで映画がこれから始まるようだった。
「コレ、君がつくったの?」
あの娘に会いたい。
一度だけだった。
何度も来てくれて、親しくなれば恋も芽生えたかもしれないのに。
まさにたった一度、あの時だけだった。
遠い昔のあの娘に会いたい。
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