今日は死ぬのにもってこいの日だ

ポジは誰にでもある。ネガは自分でつくる。___ゴダール

大江健三郎

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大江健三郎さん、信じられません?

大江さんが柳美里さんに向かって「人間性にヒズミがある」と言ったことが信じられません?

本当にそんなことを言ったのでしょうか?


僕は大江さんが敬愛する作家フォークナーの作品の「じいさん」ほどではないですが、大江さんの『日常

生活の冒険』の主人公瞑想する哲学者、斎木犀吉の真似をしても来ましたし、『万延元年のフットボー

ル』の鷹四の、<引き裂かれている>自分を励ます言葉を座右の銘にもして来たぐらいの者です。

それに大江さんは『われらの時代』で、天皇に爆弾を投げようとする<アンラッキー・ヤングメン>とい

うジャズグループの創造もして来たし、『性的人間』での、度肝を抜くコートのしたは真っ裸の痴漢少年

もそうだし、その『われらの時代』の冒頭ではいきなり、外人相手の高級娼婦を情人に持つ大学生のその

性交する場面を丹念に描きながら、人類の悲惨に考えを巡らしながらの性交は悪くないと言わせたりもし

て来た人じゃないですか。


そんな大江さんが「他人に向かって、(柳美里さんに向かって)人間性にヒズミがあると断じた」なん

て、信じられません?


でもよくよく考えてみると、信じられないと言いながら”矛盾するよう”ですが、大江さんは華々しく作

家デヴユーした時から『ヒロシマ・ノート』などの立派な考えを披瀝したエッセイを発表して来て、その

小説とのギャップ、矛盾を指摘されてきたのですから、成る程と思うところもあります。

大江さんは、小説では<ヒズミ>のある人間をヒーローにしながら、エッセイでは立派な人間であろうと

して来たのですよね?

僕は告白すると大江さんのそのような立派なエッセイにも影響され続けてきました。大江さんの言葉の使

い方ほど喚起力に富んだ言葉を知りません。大江さんの言葉にどれだけ感応してきたか計り知れません。

生きる指標を示すやり方は深く真摯で、どれだけ励まされてきたことか。

そういった言葉のひとつに大江さんはこういう事をちゃんと言っておられる。

それはノーベル賞受賞記念講演でも繰り返している。再三再四言っておられる。

W・H・オーデンの詩を引用して、小説家としての姿勢を。

_____正しいものたちのなかで正しく、/不浄のなかで不浄に、/もしできるものなら、/ひ弱い彼み

ずからの身を持って、/人類のすべての被害を、/鈍痛で受けとめねばならぬ

と。


大江さん、大江さんは”ひ弱い彼”ではあっても”ヒズミのある彼”ではないのでしょうか?

常に”正しいものたちのなかで正しく”あろうとしているのでしょうか?


僕は断じません。


疑問を留保のまま、大江さんのこれからの”良いものなかの良いものを、鈍痛で受けとめて”いきたいと

思っています。






付記


この記事は1991年出版の「世界のひびわれと魂の空白を」柳美里 著 のなかの『<朝日新聞社説>と<大江健三郎氏>に問う』を読んでのものです。
柳美里氏は大江氏の芥川賞選評と”モデルプライバシー裁判”の陳述書の言葉に対して論じています。

________考えてみればおれはいつも暴力的な人間としての自分を正当化したいという欲求と、そのような自己を処罰したいという欲求に、引き裂かれて生きてきたんだよ。そのような自分が存在する以上、そのような自分のままで生き続けたいと言う希望を持つのは当然だろう?


_____そうだ、とにかくおれが引き裂かれて生きてきたのはまちがえのないことなんだよ。暫く平穏な生活が続くと、おれはわざわざ自分を揺さぶり立てては、引き裂かれている事実を確認したくなってくるんだ。麻薬常習者とおなじことで、刺激はしだいに強化されねばならない。おれの揺さぶりは年々猛烈にならざるをえなかったのさ。







「『負』の自分を確認するためにわざわざ自分を揺さぶり立てる」!


そうしなければいけないのに、まだ、実行したことがない。

「性的人間」

______「米を研いでいたのよ」と妻は考えもせずにいった。
 そうだ、あの姦通して追いつめられた女は、米を研ぎながら忍耐し、抵抗していたのだ、とみんなが感じる。それから七人はみな、おびやかされながら米を研ぐ女と、その家のまえにたたずんでじっとしている怒れる人々をめぐり考えこんで黙った。
「なぜ窓をひらいていたんだろう?」と二十歳の俳優がいった。はじめ誰もこたえなかったので、かれは気分を害して顔をあからめたが、それに気づいて詩人がこういった。
「暑かったんじゃないか?いまはもう真夜中で涼しいけれども、部屋のなかで体をうごかすのがまだ暑い時分から、きっと夕暮れから、あの女は米を研ぎつづけていたんだろう」




こういう文章たまらなく好き!

小説のテーマなんかよりこういう文章があれば満足。

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