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「小学校一年の先生からの通信欄で”ひとを突いて黙っている”と書かれていたんだよ、俺。名乗り出ないんだよ、小学一年の俺」
「なんじゃ、それ。たいていあっさり白状して笑いあう、あの遊びだろ?」
「だと思うけど、小学一年の俺は名乗り出ないで黙っていたんだね。そういう子だったんだよ。
それに5年か6年か忘れたけど、教室にゴミを捨てて名乗り出れなかった。先生が生徒全員に誰がやったんだと正直に名乗り出なさいと言った時に俺は自分がやったにもかかわらず名乗り出れなかった。俺は学級委員だったし、名乗り出れなかった。非常に嫌な雰囲気が漲ったけど、そのままやり過ごしたと思う。先生は最後まで追及しなかったと思う。後で職員室に行って僕がやりましたとは言わなかったと思う。そのまま終わったと思う。後でクラスメートと犯人は誰だろうと噂しあったことがあったか覚えていない。とにか俺が犯人で俺がやって、名乗り出れなかったんだ。
それから中学の2年だったが、ガールフレンドの叔母さんがガールフレンドと一緒に俺を映画に招待して駅で待ち合わせたことがあった。その時も改札口でガールフレンドを見たとき突然足が動かなくなった。そして慌てて隠れたんだ。自分を叔母さんの前に出せなかった。自分を判断されるのが怖かった。それで隠れたんだ。名乗り出れなかった。自分で自分の行為をオカシイと思っても隠れ続けてガールフレンドとその叔母さんを見続けていた。待ち合わせの時間がどんどん過ぎていっても出て行けなかった。彼女たちが諦めて帰っていくまで隠れて見ていた。後であの時あなた来ていたんでしょう?と言われた。その時なんて返事したか覚えていない。
とにかく、その奇妙な自分の行動以来、自分はオカシイと思い始めた。神経症じゃないかと思い始めた。
今から思うとこの三つ、最初の小学一年は名乗り出ないし、後の小学5,6年と中学2年の二つは名乗り出れない」
「名乗り出ない、名乗り出れない自分か?自分では何故だと思ってるんだ?」
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思い出
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「高一の冬休みに出家しようと家出したというけど、いつ頃から思い続けていたの?出家?」
「分からない。小学校卒業する時にもう6年間一緒だったクラスの誰とも会いたくないと強烈に思ったのははっきり覚えている」
「そうね。子供にとっての世間って、家庭と学校のクラスの仲間よね。その仲間と縁を切りたいと思うということは、そうやって中学に入ったということは、もう一種の出家だったとも言えるわね」
「そう、友達みんなが嫌になるということは世間そのものが嫌になることだからね。もうそのときから出家願望があったということかな?ただその時は別の自分になる、ということを決心したんだ。前のクラスメートの知らないところで、縁を切って新しい自分になろうとした」
「クラスメートからいじめられてたの?」
「3、4年の時に無視された時は”道化”で乗り切ったけど、5、6年の時は、仲の良い友達みんなが、第三者がいると決まって僕を呼び捨てにするんだ。非常に不愉快だった。それで友達不信になった。みんなから投票でクラス委員に選らばれ続けていたことも非常に嫌だった」
「それで中学生活はどうだったの?」
「意識的に、できるグループは避けて友達を作り表面的には楽しんでいたけど、内心では本当の自分じゃないという思いを常に持っていた。不良になろうか迷ったこともあった。でもならないで3年から勉強をしだして公立高校に入りまたそこで全く新しい自分になろうとした。中学時代の自分は本当の自分じゃないと思い続けていたからね」
「中学で小学とは別の自分を求め、今度は高校でも中学とは別の自分を求めたのね?」
「そう、人格をころころと変える。自殺したいと思ったことはないけど人格を変えて生きようとした、僕は。そうやって世間も自分自身も嫌になっていって、いつしか出家したいと思い始めたのかもしれない?」
「いつしかじゃなく、人生の初期から過去とのつながりを切ったり人格をころころ変えるというのは、最初から社会とも自分自身ともつながっていないのよ。夫婦喧嘩ばかりしている家庭でも居場所がなかったんだし。始めからアイデンティティを持てない環境で育ってきたのね」
「友達不信、人間不信、家庭不信、社会不信。生命不信。何より、自分不信。友達軽視、人間軽視、家庭軽視、社会軽視。生命軽視。何より、自分軽視」
「自分だけは可愛いかったかもしれないわ?」
「死なないんだから自分だけは可愛いのかな?」
「全てを裏切りつづけるけど自分だけは裏切らない?少なくとも裏切らないようにしようとしている。無い自分を探そうとしている?探さざるを得ない。勝手に他を裏切りながら探してしまう?自分だけの世界に没頭してしまう。出家も家出も、そういうことかもしれないわね?」
「無い自分を愛す自己愛?出家と自己愛せざるをえない自分と、か?」
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しっかりした一人っ子は(僕のことだが)、そのことに”全存在”がかかってるから、ますますいよいよしっかりし続
けなければならない。
それが生きてゆくための”掟”だ。
そうして、寂寥と欺瞞と恐怖が属性になっていく。
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戦争。 |

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知らされたビーチ。 |

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