今日は死ぬのにもってこいの日だ

ポジは誰にでもある。ネガは自分でつくる。___ゴダール

フォークナー入門

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「____でもそういうことじゃない、彼女が言ったのはそういう意味じゃなかったのです。実際、あの

ときわたしたちが睨み合って立っていたとき、(わたしのからだがそのまま走り続けていたら当然彼女の

そばを走り抜けて階段についていたはずですが、その一瞬まえに)彼女はわたしにたいして他の誰よりも

礼をつくし敬意を払ってくれたのです。わたしはドアを入ったとたん彼女こそ他の誰よりもわたしを子供

扱いしないでくれていることに気がつきましたわ。『ローザですって?」とわたしは叫びました。「この

わたしに面と向かって』彼女の手がわたしに触れ、わたしがぴたりと止まったのはそのときです。あるい

はそのときもまだわたしのからだは止まらなかったのかもしれません。と申しますのは、わたしが階段を

のぼるのをさえぎろうとしていたあの意志の、形があってしかも重さのないものを(彼女はその意志の所

有者ではなく手先にすぎなかったのだと今でも思っておりますが)まだ盲滅法に押している自分に気づい

たからです。それともそれ(わたしのからだ)が止まるまえに別の声が、階段の上から聞こえてきたあの

たった一語が、すでにわたしたちを引き離していたのかもしれませんが、よく分かりません。分かってい

ることは、わたしがなにやら怪物めいた不動のものめがけて猛烈な勢いでからだごとぶつかっていった

ら、このわたしの白い女のからだにふてぶてしくもあの黒い手が触れて引き止めたので、驚きと怒りをお

ぼえるよりはやく身を引いた、ということです。なぜならからだとからだが触れ合うことには礼儀作法と

いうもののこみいった面倒な順序を省略してまっすぐじかにつながるところがあるからで、それは敵同士

でも愛人同士でも知っているところです。だってからだとからだが触れ合えばどちらも___自我の中心

に潜んでいる、精神でも魂でもないものの砦ともいうべき肉体が触れ合えば、得手勝手なだらしのない心

など、この世の仮寓(肉体)の暗い玄関にだれでもかまわず引き入れてしまうものですからねえ。からだ

とからだが触れ合えば身分や肌の色の違いなどといった卵の殻みたいな約束事はたわいなく崩れてしまい

ますよ。ええ、わたしはぴたりと止まりました。」






これは大事な人が殺されたことを聞いて一時も早くその現場に辿り着こうという時の描写です。

この数分の時間の凝縮はまだまだ前後があるのですが、とてもじゃないけど長すぎて全部は引用できませ

ん。

この引用部分は、体を引き止められただけのことを、からだとからだが触れ合うことを三度も重ねてこれ

だけ書くことの感動です。

さすが作家です。ちゃんと分かってます!?

フォークナーが『アブサロム、アブサロム!』でエレン、ジューディス、ローザの生き方を「ほとんど死んだように生きている」と口を酸っぱくしてこれでもかこれでもかと言ってるのは、

それはトマス・サトペンのほとんど野心の狂気とも言える嵐のような生き方を強調するためなのはもちろんだが、フォークナー自身彼女らの生き方に並々ならぬ興味を示しているのは確実である。

それは彼女らがただ「死んだように生きている」だけではなく、その生きかたが「世捨て人のような状態」で「世間から遠ざかって」いて、「現実離れして」いて、「現実そのものから身を引き」、「現実に対して何の反応を示さず完全に遊離して」いるからだ。

そのようにして「死んだように生きている」からだ。

なぜならフォークナーは『八月の光』でもそういう生き方の人物ばかりを描いている。
破滅に突き進む主人公ジョー・クリスマスを囲むサブプロットに揃いも揃って「世間から身を引いて現実を生きていない」リーナ・グローブ、バイロン・バンチ、ゲイル・ハイタワーの面々をずらっと並べる。

そしてその極めつけは『アブサロム、アブサロム!』のエレンとローザの父、グッドヒュー・コールドフィールドだ。彼は「死んだように生きている」だけでなくほんとうに死ぬのだ。餓死という自死で。

彼はフォークナーの小説の登場人物にはめずらしく世間の側に属していた。穏やかで実直で常日頃から世間の良心として生きたいと願っている食料品店の主人である。それが戦争という出来事でがらっと変る。

初めは戦争におだやかに反対してたのに、いざ戦争が始まると同じ町に住む軍人にもその家族にも商品を売ることを断る。その結果何者かに商品の強奪を受けるが店に泊り込み篭城体制に入る。幼い娘のローザと二人で一歩も外へ出ない。

更に彼は一人だけ屋根裏に上り扉を釘付けにしてしまう。そうして店の食料を娘のローザにロープで上げてもらう生活を続けるがある時から何の反応もないので町の人を呼んで釘付けにした扉を破って中に入ると、三日間の食料はそのままで死んでいるというわけである。

ここまでフォークナーは書く。
いくらなんでもここまで書くことはないじゃないか、と思うが、現実は小説よりも奇なのだろう?
小説など目じゃないのが現実だ。

これほど書いても現実のほうが超えているのだろう?モデルがあって書いたのかもしれない。南北戦争当時の資料を読んで?
このようにフォークナーは小説ではっきりと世間に背を向ける人物を選ぶ。

『サンクチュアリ』でもそうだ。良家の子女が誘拐監禁され強姦されるが裁判で<偽証>して容疑者を殺人罪に追い込む。そうして金持ちの親娘はパリに遊んで心の傷を癒すというわけである。

ちなみに逃亡した容疑者は別の殺人罪で誤認逮捕され死刑になる。彼はそれもしていなかったのだが平然として死刑を受け入れ死んでいく。最後に彼の悲惨極まりない生い立ちをさらっと書いて小説は終わるのである。



フォークナーは何を言いたいのか?
フォークナーの興味は何を意味するのか?


続きます。

”まるで生きてないような人生”も一つのタイプ、数あるタイプの一つのタイプ、多様性の人生の一つのタイプに過ぎない。

ほとんどの人がこのタイプなのだから?
そうでなければどうして生き生きと生きたいと願望するわけがあろう。

だからその生きかたを駄目と断定するなどもってのほか。
そして同時にその反対に生き生き生きることは良いことに決まっていると思ってもいけない。殆どの人がそう思ってる傾向があるが?
生き生き生きるのは良いことに決まっていると、ほとんどの人がそう思ってないだろうか?

『アブサロム、アブサロム!』のエレン、ジューディス、ローザの三人とも、まるで生きてないように生きたが、それは猛烈に生き生きと生き抜いたトマス・サトペンのせいでそのような生きかたにならざるを得なかったのである。

激しく強烈に生き生きと生きることは、ややもするとその周りにいる人間の人生を簒奪することになる典型である!

『八月の光』のゲイル・ハイタワー牧師もそうだった。熱心に興奮して充実して生きた結果が妻を死に追いやり世間からもつまはじきにされた。そして今は死んだように生きている。

バイロン・バンチも三十歳で独身で世間との交流を持たず楽しまず、きちっと働くことと教会に行くだけでほとんど死んだように生きている。そんな彼がある日、静かな青天の霹靂、身重の捨てられた女に恋してしまう。

その捨てた男を追いかける身重の女リーナ・グローブも完全に現実から遊離して生きている。アラバマ州からミシシッピィ州まで着の身着のままで歩いて。「まあ、わたしって、生まれて初めてこんな遠くまで来たんだわ」、なんて。




生き生き生きるのも死んだように生きるのも等価ではないだろうか?

ただし、世間的現実的に生きることは、ややもすると生き生き生きることも死んだように生きることもできないはめに陥りやすいのではないだろうか?

生き生きはもちろん、死んだようにも生きられない人生?
生きてもいないし死んでもいない人生?

フォークナーの人物がほとんど非世間的なのはそんなとこを描きたかったのではないだろうか?
「普通」じゃない生き方こそ、人間を死んだように生かせることも生きてるように生かさせることもできると?

『アブサロム、アブサロム!』での「普通」じゃない生き方はどうか?




13ページ_____生前も生きているとは名ばかりで_____まるでこの世に生きて生まれたことが

なかったかのように______



19ページ_____エレンはほとんど世捨て人のような状態で、ふたりの運命の子が成長するのをなす

すべもなく見守っているばかりでした。_______



76ページ_____彼女はついに清教徒からの遺産からばかりでなく現実そのものからも身を引くこと

に成功し、性悪な夫と理解できない子供たちを闇に葬り、ついに純然たる幻影の世界に逃避して____



77ページ_____もう六年も世間から遠ざかっている愚かな現実ばなれした多弁なまだ若さを失って

いない女、涙にかきくれて実家の家族に別れを告げ、冥府の川のおぞましい川原にも似た瘴気の立ち込め

る幽界のような所でふたりの子供を生み、それから、苦渋にみちた経験の重みをつめこんだ器官や胃の重

量にも妨げられず、湿地で孵化した蝶のように、静止した太陽の輝く永劫の空界へ舞い上がっていった女

_____それに、まるで全身が聾であるかのように現実にたいしてなんの反応も示さず完全に遊離して

いて、生きているのではなく夢を見ている少女のジューディス。



78ページ_____ミス・ローザにとっては、姉と姪のうちどちらがより非現実的な存在であるかは判

断しがたいことだっただろう______大人の姉のほうは現実を逃避して人形の住む心地よい領域に

入り込んでしまっていたし、少女の姪のほうは誕生まえの状態のように完全に肉体的な未熟期にあって夢

現のあいだをさまよい、エレンとは対極的な位置にありながら同じく現実からは遊離しているのだった。





フォークナーはこのように、これでもかこれでもかと、エレンとジューディスの「普通」じゃない生き方

を強調していく。



そしてミス・ローザも______あきらかにわたしの人生は四十三年前の四月のある午後に終わるべく

運命づけられていたからです。つまり、そのときまでのわたしなら、かろうじて生きていたといえるかも

しれませんが、それ以後のわたしはとても生きているとはいえないでしょうからね。



と言い、エレンの夫でジューディスの父で、自分にとっては果たされなかった結婚の相手を四十三年間憎

み続ける。



その、四十三年間憎まれるこの物語の主人公トマス・サトペンと彼にきっかけを与えてしまったエレンと

ローザの父グッドヒュー・コールドフィールドの「普通」じゃない生きかたはまた凄いがこの次。








ところで、まるで生きてないような生きかたってあるんですね?

「普通」じゃない生きかたのひとつのタイプなんでしょうか?



川をみて過ごすだけの人生があるように、まるで生きてないように生きる人生もある、ということです

ね。

反対のベクトルでホッとする話のようで、同じ次元で駄目な話のような気もする?

『八月の光』のリーナ・グローブをみてみよう。

少女の頃の彼女は父と一緒に町に出かけるとき、いつも町の手前で馬車から降りて歩いた。歩いていけば町の人と思われるだろうと思って。

そんな世間の視線を気にする少女だったのに成人すると打って変わって捨てられた男を追ってアラバマ州からミシシッピィ州までまったく人のことを気にせず、身重の体で歩いていく女になるのだ。

彼女の頭の中は捨てられたとは露も思わない彼のことでいっぱい、彼を信じて着の身着のままで家を飛び出し、そうしてあの冒頭の有名な描写、現実の風景も彼女の頭の中も夢幻時間のなかを行くようにゆっくりゆっくり歩き(たまにはラバがひく眠ってるようにしか進まない荷馬車に乗せて貰って揺られながら)旅する女になるのだ。



そんな身重の彼女に恋してしまう三十歳のバイロン・バンチはどんな人生を送っているのか?

彼は恋とは全く無関係な生活を送っている。製材工場で週六日働いていて、土曜の午後はみんな町に遊びにでかける中一人だけ残って仕事をし、夕方になるとラバに乗って30マイル先の隣町の教会に夜通しかけて出かけていき、日曜日の教会の合唱隊の指揮をし、また夜遅く帰ってくる生活を規則正しく行っている。

また彼は同じ町で隠遁生活を送っているハイタワー元牧師と交渉をもっている。
仲間も町の人もそんな彼の生活のことを誰一人として知らない。
彼は世間とは没交渉で一人黙々と孤独に生きているのだ。



ではその隠遁生活をしているハイタワー元牧師とはどんな人物か?

彼は南北戦争を戦った祖父のことが忘れられず、神学校を卒業するとあらゆる手を尽くしてこの南北戦争の戦地の町ジェファーソンに任地を求めてやって来て牧師になるのだが、その説教はすべて南北戦争のことであり評判はすこぶる悪く、若い妻もノイローゼになったり不義を犯したりしてとうとう自殺してしまう。

彼はこのスキャンダルで教会を追放されるがこの町からは出て行こうとしない。K・K・Kらしき者たちに木に縛られ殴られ意識不明になるが出て行かず、今では町の人たちも町のはずれに住むことを許している。そうして彼は自給自足のような生活をしながら夜になると書斎の窓を開けて戦争のときのひずめの音に耳を澄ましているのだ。



そして主人公ジョー・クリスマスはどうか?
彼は孤児として生まれ自分の出生の秘密に耐えられず、黒人の血が混ざっている疑惑の思いは市民生活を送らすことを出来なくさせ、生涯にわたって放浪し、最後は殺人するはめになり市民からリンチされ虐殺される。

また彼に殺されるジョアナ・バードゥンも奴隷制度廃止論者として町の人から憎まれていて、町外れに一人住んでいた。





このようにフォークナーの小説に出てくる人物は、リーナ・グローブも、バイロン・バンチも、ゲイル・ハイタワーも、ジョー・クリスマスも、ジョアナ・バードゥンも、みんな<自分の思い>で市民生活からはみ出た生活をしている者ばかりである。


そうしてフォークナーはそういう人物を実に魅力的に、ときには衝撃的に描いていく。

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