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明けないでおられますかいな。 |
無題
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「人生楽しまなきゃ」、とはよく言う言葉だが、
とうとうここまで言う人が出てきた。
「人生祭りだ!」と。
その人は、ビジネスに失敗して、くよくよしてるとき、この言葉で励まされたらしい。
わぉ!?
人生は祭りだ!
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職場にメキシコ系アメリカ人の二十歳の女の子がいる。
彼女には長く付き合ってる彼氏がいて、頻繁に電話しているし休み時間など裏で会ったりもしている。
彼女は豊かな黒髪にときどき朝シャンの香りを振りまきながらやってくる時がある。
そして僕は良い臭いだね、と言ったことがある。好き?と聞くから、ああ好きだよとも言ったことがある。
そうなのだが昨日また強烈ともいえるシャンプーの臭いをさせてやってきた。
う〜ん、と言ったら、またGOOD?と聞いてきた。
僕としてはセクシーさも感じてしまったので、彼女には彼氏もいることだし、あまりそれを表面に出すのは良くないと思い、あいまいに返事をした。するとまた、GOOD?と聞いてくる。仕方ないからGOOD、と低い声で言った。
するとまた迫ってくる、YOU LIKE?
僕は蚊の泣くような小さな声で、YES I LIKE、と言った。
だってそうでしょう?あんまり彼女にGOODだLIKEだと言うのって変でしょ?
彼女はいくらでもそう思われたいみたいだけど?
シャンプーの香りだけにしても。
僕はそっと自分だけで小さく感じていたかったのに、彼女はそれを許してくれない?
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「何か面白いことあった?」という挨拶をする人がいる。
「何もないねぇ〜!」と感に堪えないという風に、残念で仕方がないという風に返すのが、まあ常識である。
僕も社会人としてそのように、内心忸怩としながらも、返してきた。
だが、あまりにも自分にとってピンと来ない挨拶なのである。
真面目で純粋で嘘やお世辞が言えない僕としては、本当に嫌な挨拶なのである。
面白いことなど露一滴も考えたことがないし、探したこともないのだから。それで、この間、とうとうこう言ってしまった。
「ところで、何か面白いこと、というけど、いったいどういうことが面白いことなのかなぁ?」と。
野暮な質問を。
予想の答えとしては、「もちろん金だよ。大金を拾うとか、宝くじが当たったとか、競馬で大穴を当てるとか、いい女が出来た、というのもいいね、わははは」、というものだった。
のだが、帰ってきた答えはちょっとびっくりで、真面目なものだった。
「そうだね。自分の思い通り生きてるかどうかだね」とは。
僕は俄然嬉しくなり、「え〜!それなら、毎日いいことだらけだよ!毎日自分の思い通り生きてるからね。」と水を得た魚のようにここぞとばかり勢い込んで大声で言った。
今まで相手に合わせて、言いたくもない何の実感もない義理だけの無味乾燥な挨拶をしていたので、ス〜ッとし、堰を切ったように何度も言ってやった。
「それなら、毎日面白い事だらけだよ!自分の思い通り生きてるよ!毎日いい事だらけさ!」と、ほとんど怒鳴らんばかりに言った。でもこう書くとやけくそみたい。いや、そんなことはない。でも案外そうかもしれない?
彼は黙っていた。
そして翌日、別の人に「何か面白いことない?」と懲りず、
そして挨拶された人もまた感に堪えないように残念そうに「ないねぇ〜!」と力を込め、続いて「何もないね〜!」である。
分かりません!?
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自分の約三年分のブログを自分だけのための本にした。
四百ページほどの文庫本タイプで四冊。
もう、いつ死んでもいい。自分で自分の書いた”この世の感想”を読みながら死んで行く。
若い時から文章を書いて自分を表現したかった。それが叶った。いつ死んでもいい。
夢日記を含め何度も日記を書いてきたが、いつもあとで読み返すと実に本当に心の底からつまらなかった。
読むに耐えないというか、とにかくつまらない。自分で自分が書いた文章がつまらないほどつまらないものはな
い。
それがブログでは、ひとはともかく自分で自分の書いたものが面白かった。
自分にぴったり合った表現形式だったのだろう。
どれだけ意気込み一気呵成に奔りまくったことか。とにかく自分が面白く読めるものを書こうと張り切った。
始めのうちは。
私生活も楽しさに満ちていてそれが反映されたこともある。
そうやって先細りの感はあったものの三年間書きまくった。
そうして一冊でも本にすることが出来ることを知り、五冊あればたぶん全部載せられると思うが、とにかく四冊分
を本にした。
自分だけのTシャツをつくるように自分だけの本を作った。
あとはこの世に一冊だけの本を、自分がこの世にいなくなるときにどうするか?
枕頭の書、愛読書をどうするか?
今のブログは始めた時の勢いがぜんぜんない。ほとんど蛇足。私生活も楽しいことがない。半分人生から降りている。
それでもまたいつか死ぬまでにもういちど盛り上がる時が来るかもしれない。
書くことは続けてゆく。
歌うことが生きることのように。
精神も空っぽにしないように。
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