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『深い河』で遠藤周作氏は、大津という、神父になるべく頑張っている人を通じて”愛”を語る。(その大津に対立する美津子を除いた他の登場人物はついでというか物語らしくするための飾りに過ぎない。どの人物もステレオタイプから一歩もでていない) |
本
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そうだったのだ。
『サド』を読むということは、
行動と直結することじゃない。
人間を認識する、ということだったのだ。
それを狂気や悪や汚辱という判断を入れては、
あるがままの人間を認識することはできない。
倫理や行動に安易に短絡させては、
あるがままの人間を認識できない。
あるがままの人間の認識の許容度、包容力、を増大さすことが、我々のつとめなら、
哲学者、文学者、宗教家とは、そのプロだ。
彼らの許容度、包容力が試されるわけなのである。
初めに言葉ありき、認識ありきなのだし、それと行動との葛藤はまた別の問題なのである。
澁澤龍彦著 『偏愛的作家論』を読んで
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(よっしーさんの記事で「不倫の手助け」というのがあったので、負けずに不倫の記事) |

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ヘンリー・ミラーの『南回帰線』の巻頭80ページは、モーツアルトのピアノ・コンチェルトの第二楽章 |
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主人公ハンナはナチスの強制収容所で看守をしていたときの罪で終身刑になり十八年服役するが、恩赦で出所する前日に自殺する。 |





