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Uターンしてキャンプが出来そうか確認してみると、奥には沢があり、方角からして下の本流に注ぎ込まれる源流、幅は3mも無いが、小さな滝からは轟々と音を響かせて豊富な水が注ぎ込まれている。よし、ココにしよう。まず最初はコレね、自然冷蔵庫。
フラットな場所にテントを設置していると右手に鈍痛、やっば、ウルシが沢山あるよ、痛いからコッチには来るなよと1号に教え込みテントを設営させるとご満悦。さっそくもう我慢できずに酒をプシュっと開けた頃には日は傾きかけていた。子供は遅めに食べた昼食のラーメンが腹に溜まっているのか、まだご飯と言う程お腹は空いていないんだけど、俺が横でツマミとして食べ始めたドライソーセージなどを見てモジモジとしながら「ご飯の前にお菓子食べたいなぁとか思ったの」と、あくまで低姿勢に歩み寄りをみせる。そこでローカルルールを説明した。「いいか、キャンプでは人に迷惑を掛けなければ何してもいいよ。大声で歌おうが、お菓子が食べたければ食べればいいし、好きにしろ。但し、一つだけ。危ない事はしないように」と言うと1号機は「危ない事ってなあに?」と聞く。「危ない事とはな、人妻に誘惑されても、いや、違う違う。例えば暗くなってライトを持たずにトイレに行ったとする。暗くて気が付かなくてそっちのほうに落ちたらどうなる?下の本流まで流されたら死んじゃうぞ。ふざけて藪にはいったらさっきのパパみたいにウルシという植物で痛い思いをする。川で石の上は滑るから転んだら頭がカチ割れる・・・危ない事を全部説明しようと思っても足らないの。だから、キャンプにきたら何も言わないけど、危険だらけだから自分で判断して行動しないとダメだよ。そういうことを全て一言で(危ないことはしない)なんだ」 レトルトだがカレーやらツマミやらを食べながらガンガンと酒を呑み、楽しい時間は過ぎてゆく。一通り食べたら、後はテントの中でチマチマと酒を呑んだりしながら、気がついたら子供は隣でスヤスヤ眠り始めた。つられるように俺も意識が遠のいていった。 そんな中、テントの入り口側に寝た俺の足を冷たい手でひっつかまれた夢を見て、思わず息が詰まりそうになりながら起きた。沢の音は相変わらず轟々と聞こえているんだけど、その轟音の中で「何かが」聞こえている。その何かが、女性のうめき声みたいな声なのだ。声には変化があり、叫ぶような声や唸り声、まるで流れる水の音に練りこまれた様な気持ちの悪い声。目を瞑りながら聞いていたけど、あまりの具合に目を開けて隣を見ると子供の目がパッチリ開いている。「どうしたんだ?寝れないのか?」と問いかけると「あのね、怖い声がして眠れないの」あら、やだもうホンモノじゃないそれ。子供が居なければ即座にテント放置してでも退散するが、酒まで呑んでいて子供も居る、ましてやコレだけ荷物があるとなると我慢しなくてはならない。頭の中で念仏を唱えながら0時から3時までの三時間、「その苦しげな声」に悩まされた。声がピタリと止んだと同時に子供がようやく寝て、またそれにつられて俺も眠りに付いた。遅い就寝時間のせいで起きたのは遅くなった。まるで昨日の現象が嘘みたいな気持ちの良い穏やかな朝。でもココは何かの念がある。テントの横などを見たけど、祭られているものや花などのソレは無い。しかしフと冷やしていた飲み物の源流から下流側に目をやったら、本流までの30mの地点に、トタン作りのボロボロの建物がチラっと見えた。あら、あんな所に建物があったとはね。さっそく行ってみようか。トコトコと建物を検証しようとすると、トタンで作られた大きな山荘みたいで、昔は恐らく民宿みたいに使っていたんだろう。今では見る影もなく荒れ果てている。近づいてみると・・・ えっと・・・なんでしょコレ・・・ 「警視庁・立入禁止」 間違いなくココで事件があったから立入禁止・・・物件は古いけど、テープは比較的新しめ。入るなって言うと入りたくなるのが人の常。子供を外で待たせ、入ろうとテープを跨いぐとテープに引っかかり、「ブチン」と切れた。もうコレだけで充分怖いです。とりあえず手だけ合わせてキャンプサイトに戻ったら退散退散、こんな所に長く居てはいけません。気を取り直して大急ぎで撤収した後は、奥多摩湖まで戻って山梨方面に抜ける事に。奥多摩周遊道路から抜ければ早いけど、後15分待たなきゃゲートが開かない。何よりこの地を早く脱出することが一番の目標なので、迂回するように上の原方面へと山道を飛ばす。途中で何台ものオートバイとすれ違う、皆奥多摩を目指しているのね。途中で子供がウンモしたいと催したので、ゲートボール場横で見つけた公衆トイレで停車。一応礼儀としてゲートボールをやっていたお年寄りに「トイレお借りしても良いですかー!?」と一声かける。老人達はニコやかにどうぞどうぞと促した。トイレに入ると本当に綺麗に掃除されていたトイレだった。出てきてお礼を言うと、お爺さんが「あなた達みたいな方々ばかりだったら我々も嬉しいんだが、最近は落書きや、ワザと汚したりする不届きな者がおるのは悲しい」と言う。入る際に一声掛ける事によってお年寄りも多少ではあるけど報われたのではなかろうか。 それから上の原をクリア、そろそろ休憩とコンビニに立ち寄っていると年配の男性がやってきて、「子供を乗せたりしたら危ないじゃないか」と怒り始めた。「いや、確かにそりゃそうだ。危ないんだよバイクは」と答えると、分かっているのに何故乗せるんだと言う。途中でどこかのオバサンが年配男性に挨拶していったので地元なのはすぐに分かった。正論を言うこの年配男性、小汚くボロいシャツは所々切れ、浅黒い顔からは隙間の開いた前歯が良く見え、お世辞にも「ちゃんとした」人では無さそうだった。年配男性に「ホラココに荷物があるからね、寝ても落ちる事はないのですよ。それにね、このベルトを使って私の体と固定しているから、最後どうしようも無い場合でも落下しない仕組みになっているのよ。それよりさ、おじさんは地元なの?」と聞いてみた。「あぁ、俺は根っからココだ。どこから来たんだ?」「千葉からなんだけどさ、ココらあたりは最高だよね、何せ清流が綺麗だよ。千葉はね、ローム層と言う粘土質の地盤だから、石畳の清流なんて一つもないんだよ。」と言うと、気を良くしたのかオジサン「俺の生家はあの山の中腹にあるんだ。富士山が綺麗でね、毎日見える色が違うんだよ。千葉のほうには習志野あたりを開発するときに随分行ったよ、あのあたりは今は綺麗になっているけど地中はゴミの山だ」「そっかー、オジサンと昨日合っていたら家に泊めてもらえたかな?実はとんでもない所で野宿しちゃってさ」最初は何か文句ありたげなオジサンだったが、話すうちに仲良くなって、今度泊まりにこいって言い出した。まぁそこまで他人に世話になる訳には行かないからいいよと、しばらく話込んだ後は手を上げて後にした。地図とナビをフルに使って人気の無い山道を走行したりして到着したのはちょうど県境のダム。バスクリン混ぜた様な変な色の湖だった。 せっかく綺麗な湖ですが、後ろで子供はスヤスヤと寝ております。 やはり寝る事は想定していて、起きるのを待っていたら移動なんて出来ないのでタンデムシートを取り囲んで荷物を搭載したのはバッチリ旨く行きました。しかしながら急ブレーキは禁物で前方に飛び出してきてしまうとマズイので速度は相当抑えた状態で走行しなくてはなりません。厚木市内到着、東名高速に乗るころはかなりの時間になっていて、夕方前の自宅到着を目指して高速を走り、途中湾岸線が事故渋滞、空港トンネルは路側帯が無く、もう熱いってもんじゃないし排ガスで蒸せる中でドハマり。子供が乗るのだったら仕方ないけど、これから普段はサイドパニアケースは常備しないでおこうと思う。タンデムしなかったらリアシートの部分に積めるからパニアなくても問題なさそうだし。自宅到着10分前、走行しながらナビにて自宅に電話を掛ける。「もうそろそろ戻るので念のため塩を用意しておいてくれ」と。 自宅で塩を体とバイクに投げてもらい、清めたところで本日のミステリーキャンプ、いや、親子バイクキャンプは無事終了した。なかなかの走行距離で、子供もクタクタになったけど色々な経験が出来て子供も大満足だったみたいで、帰宅してから「ママ、あのねキャンプは怖いの。だからもうやらないの」と力説しておりました。場所としては地元の方々、あるいは関係者を思慮して一応地名などは伏せましたけど、行きたい人が居たら連絡いただければお教えいたしますが、ちょっと興味本位で行くような場所ではないかとアドバイスします。以上、短くて長い1泊ツーのレポでしたとさ。 |

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