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ようやく読み終えた。といってもたいした量ではないが。
フィリピンのレイテ島での日本軍の戦いの中で、食料に飢えながら生死をさまよう。 日本軍の敗戦が濃厚になる中で上陸した兵士を引き揚げるべく輸送船が到着する。 同じ目的地にそれぞれ兵士が向かいだすが、その間も襲撃や疲労、食料難で倒れていく。 主人公もそれに向かって進むがその道中で様々な出来事に出会う。 同じ日本兵との駆け引き、現地人との遭遇など常に死と隣り合わせである。 まさにさまよい歩いている。困窮を極めた日々が凄まじさを物語る。畑に植えてある芋を掘り出し生で食べたり、民家にあった塩を略奪して一つまみずつ気をつけて舐めたりなど、飢えの辛さが伝わってくる。 究極の飢えに際し、人肉を食べようかと悩むところは怖さを感じる。 究極状態では誰もが敵であり、同じ日本兵でも殺し合いをしてしまう。なんとか生き延びて米軍の精神病院に保護されるが、この文章はそこでの回想記録という形をとり、最期に自分が同僚を殺したという記憶が失われた部分を取り戻す。 個人的には最期まで主人公の目線で小説を書いて欲しかった。病院の中での回想シーンに切り替わるとどうもぼやけてしまう気がする。しかしこのリアルさはぞくぞくするものである。 本当にさまようと言うのがこういうことを言うのだと思った。自分もツーリングで当てもなくさまようことがあるが、それとは次元が違うほど孤独で恐怖であるのだろう。 |
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ヘヴィーな読書が続いていて、なかなかすごい展開ですね。「野火」の彷徨シーンと「沈黙」のロドリゴの彷徨シーンが似ていると,たしか誰かが言っていたような気がします。私は終電がなくなってタクシー代もなかったので20キロぐらい歩いたことあります。孤独でしたけど,まったく次元が違いますよね(^_^;)。
2005/3/15(火) 午後 10:05
こんにちは、こんなブログもありますよから来ました。
私も昨日 この「野火」を読み終えブログに掲載しました。確かにこの本の孤独と恐怖はどの次元よりも違う物ですね。
2007/11/11(日) 午前 7:56 [ - ]