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久しぶりの歴史探訪の旅、今回はケルン。写真はケルン中央駅、奥に見えるのがケルン大聖堂。車で走ってる最中になんだかいい景色なんで撮ってみた。

以前のXanten同様、ケルンは紀元50年頃ローマの植民市(コロニア)として都市集落を形成していた。古代の市壁は中央駅あたりからぐるりと市中心部を囲むように作られていた。

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左はその城壁跡(だと思う)。右は城壁の角にあったローマの塔。

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左はケルン大聖堂のすぐ横にあるローマゲルマン博物館。第二次世界大戦中に防空壕を掘っている作業中に発見されたディオニソス・モザイクが展示されている。何百万枚もの小さな石とガラス片を組み合わせた床面で、古代の上流階級のステイタスシンボルとして邸宅食堂を飾っていたそうだ。写真を撮る雰囲気ではなかったので残念ながら写真はない。右の写真はケルンの代表的なショッピング通りのHohe(ホーエ)通り。古代にはこの道をまっすぐ南へ行くとローマに通じていた。今も昔も都市の主軸となっていて古代以来ほとんどその道筋を変えていない。

イメージ 4時代は中世に移り、写真は以前にも紹介したケルン大聖堂の中の東方三博士の遺骨を納めた聖遺物箱。中世の時代からこの聖遺物への巡礼者がたくさん訪れている。今回はゲロの十字架と呼ばれる磔刑のキリストの彫像を見に行ったのに見つからず…。家に帰って調べたら彫像の前に幕がかかっていたことが判明。さらに以前見たガイドブックにも載っている「賛美礼拝する三博士たち」の絵が閉じられていて見えない。今日ケルン大聖堂に行った人はハズレだなぁ。

イメージ 5気を取り直してライン河畔の聖マルティン教会へ。この教会周辺のマルティン地区はライン川を大動脈とする商人たちが中世の時代にこぞって住み始めた所。多くの商人たちが川に近く最も便利なこの地区に競って居を構えたため家の間口が非常に狭くなっている特徴的な家々が立ち並ぶ。

イメージ 611世紀のケルンは教会建築ラッシュの時代。ケルンの数あるロマネスク教会のほとんどはこの時代に着工されている。そのうちの一つ聖ゲレオン教会。

イメージ 7上記のHohe通りをまっすぐ南にたどると中世期の城壁と共にあったセヴェリン門にたどり着く。そしてこの門を通り抜けさらに進んでいくとローマに通ずることになる。
車を止めるスペースが全くないので車の中から無理やり写真を撮ってきた。

ケルンは古代から中世へと歴史ある街なので見所がいっぱい。この他にもたくさんのロマネスク教会や古代、中世の城壁跡などがあるがとりあえずケルンの歴史探訪はここまで。単なる会社帰りの寄り道としてはなかなか面白い。

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