もとの日記

早隠居して「徒然草」ちっくに日記を書き暮らしたい。今も書いてるじゃね?隠居がホンネ!

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伊那市創造館(石器)

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旧伊那市図書館を再利用した中央公民館みたいな感じの施設ですね。べつに用事はなかったんですが、ここ伊那市のお隣、南箕輪村にあった神子柴遺跡で発掘された石器を無料で展示している部屋もあるみたいなので、ちょっと覗いてきました。家から歩いて15分ってとこです。

無料だし展示室程度なのでそれほど期待してなかったのですが、いい意味で裏切られました。これはすごい。
展示してある50片程度の石器はすべて国の重要文化財です。それはまあうんちくですけど、写真を見ればわかるようにとても美しいんです。いい石にいい仕事、してますねー。

石材は現地のものではなく、長野県和田峠の黒曜石、新潟以北の玉髄、岐阜県の下呂石など、遠距離から運ばれたもの。県内とはいえ、和田峠は50km程度離れてます。新潟なら150km以上。よくぞ運んだって感じ。和田峠産の黒曜石ってのは石器の有名ブランド。見ての通り火山性の天然ガラスで、ガラスだから破片に鋭い刃がつきます。産地も非常に限られますから、当時は通貨の役割をしていたのかもしれませんね。

尖頭器はその黒曜石の固まりから破片を取り出し、そこから鹿骨製のハンマーで叩いて歯をつけていくそうです。よく割れないもんです。まあ熟練の石器職人が造ったんでしょう。

神子柴遺跡ではすべてが約四メートルの狭い範囲でまとまって発見されるという、あまり例をみない形で発見され祭祀に使ったのではという推定もあるようです。
 刃こぼれのないきれいな状態で出てますし、そもそも石自体が非常に美しい。実用品というより、装飾や祭祀に使ったという説の信憑性が高そうですが、さて・・・
→神子柴遺跡自体は行ったことないんだけど、天竜川から1kmくらいの台地だそうで、旧石 器時代人の聖域、今でいうパワースポットだったのかもね・・・

wikiによれば「神子柴系石器群(みこしばけいせっきぐん)は、後期旧石器時代に列島に現れた大型の磨製石斧と石槍を特徴とする石器群をいい、神子柴という名称は、これらの石器群を最初に発見した遺跡名を取って呼称されており、または神子柴文化とも呼称されている。」
「この石器群は、シベリアのアムール川流域から沿海州に起源をもち、北のルートを渡ってきた。その時期は、日本列島が完全に大陸から離れて島国となる直前、約1万3000年前のことである。」
 神子柴「文化」とかシベリアのアムール川流域から沿海州に起源をもち とかすごいですね。このころはマンモスはすでに絶滅しており、鹿とかイノシシみたいな中型動物を狩猟していたそうですが(弓矢はまだありません。槍です)、なかなかロマンをそそられるじゃありませんか。

で・・・話はいきなり近代に戻りまして・・・伊那市の図書館はその後別の場所に移ったのですが、伊那市駅からこの建物に通じる道路は、いまだ「図書館通り」と呼ばれています。そこには老舗パン屋さん「月日夜」が。袋がレトロでいいですね〜。「欧風洋菓子」。僕の昼食になりました。ごち。

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