60おじさん!Part

マイペースでやらしてもらいます!

私の店「山本レーシングサービス」は創業から45年になります!
日本でトップバッターに近い「レーシングライダー上がりの店」として責任ある気持ちで開業した覚えが有ります?
商売下手な私でも、あの時期は良く商売になりました、借金も直ぐ返し順風満帆な状態だったと思います?
と言うのも、ほとんど商売はワイフに任せていました。
「山本レーシングサービス」屋号が示す通り、モトクロスチャンピオンの店として全日MX選手権会場にチームと出店との両方を兼ねて参画し全国を回っていました。
開店早々は、まだ市販レーサーが無い時代でして、山本スペッシアル125/250を製作販売していました!
トレール車をベースに全てに手を入れ、完成度の高いモトクロッサーを販売していました。
其の内、市販モトクロッサーが発売されますと、そのマシンのスペッシャル化に着手し、アップチャンバーやリヤサスペンションのロングストローク化等大幅な改造の手を加える仕事が山程ありました!
そして同時期にMFJが第3のスポーツとして「トライアル競技」を始めることになりました。
当時日本では、関東の一部で愛好家が静かにトライアルを楽しんでいた程度でした。
私はモトクロスレースに参戦しながら、実は1962年11月にトライアル競技に初参加し、その後も機会あれば出場していました。
その経験を買われ、モトクロス競技役員を1年で降ろされ、トライアル委員会に所属変更となり、それからはトライアルに深く携わる事になりました。
新たに始まったMFJのトライアルスポーツを、全国に広めなければなりません!
トライアル伝道師の如く講習会に、スクールに走り回りました。
勿論カワサキのトライアルマシン開発ライダーとして契約もし、全日トライアルの参戦も有り、商売に、トライアル開発に、トライアル普及活動にとても忙しい時でもありました。
そんな訳で、日本では数少ないモトクロス&トライアル両刀使いの店と選手生活でございました。

カワサキのトライアルマシンKT-250の開発責任ライダーとして深くかかわった記念すべき量産パイロットマシンを秘蔵していましたが、今回、自他共にカワサキクレージーを認める愛媛県は松山市に住むお方に嫁いで行く事になりました!
オーナーは事も有ろうに私に何の相談もなく「三郎」と名付けてる様ですが、男侍や忍者が揃っているカワサキの中で、KTは唯一しなやかな娘!と
私は信じていましたが(>_<)
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そして同じ日に愛知県は豊田市の旦那さんが、これまた私が開店早々にストックし40年間密蔵していた、ヤマハミニトレールのFT-1とJT-1を嫁に引き取りに来ていただきました。
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ハイエースの中に行儀よく並んで納まったFT-1とJT-1、豊田の旦那さんに可愛がってもらいなさいよ!
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そんな訳で、私終活活動を始めていますので、ドンドン寂しくなりますが、愛されるお方達に引き取られると言う事は、とても有意義な事と嬉しく思っています。
ここらで一曲私の十八番「瀬戸の花嫁」・・・

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星野一義との出会いは1960年の中頃、彼が「東京コンバットチーム」の一員でアマチュアクラスモトクロスライダー兼トランスポートの2トントラックの運転手の二役で、神奈川県厚木のコンバット本拠から明石まで良く走って来ていた時から始まります!
カワサキファクトリーモトクロスチーム通称「赤タンクチーム」は「東京コンバットチーム」と「神戸木の実クラブ」の
二つのメンバーから選出されたライダーで構成されていました。
神戸木の実クラブからは、歳森康師と私の2名だけで、今で言う国際A級クラスに当たるセニアクラスで登録されていましたが、コンバットは所帯が多くアマチュア・ジュニア、そしてセニアと多くのライダーを抱えていましたその中のアマチュアの一員が星野一義でした。
彼はとても努力家で人一倍練習をしました、マシン調整も誰よりも最後まで余念なく仕上げに全力を尽くしレースに挑んでいました。
その様な努力が功をなしてメキメキ成績を上げ1967年早々に私たちのセニアクラスに昇格してきました!
セニアライダーとして契約選手になれば、工場マシンと専任メカニックが付きますが、彼は自分が納得できるまでエンジンセッティングの手を休めません、メカニックと一緒に調整に没頭していたのが印象に残っています!

これは東京コンバットチームの本拠地での、珍しい若手集合写真を栗山の息子さん所蔵が送ってくれた写真です。
左から、のちのホシノインパルの監督を務めた金子、岡部、星野、栗山、堀、前でしゃがんでるのが野島である!
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1966年辺りの加古川河川敷で練習時の一休みシーン!
右から歳森、星野、私、岡部、そしてマシンを持たせている神戸ナンバーのプリンスクリッパーがファクトリーの2トン、バックに見えるスバルデラックスオーバートップ付きが私のマイカーです!
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このシーンはモノクロですから、やはり1966年辺りでしょうか?加古川市内に残っていた、陸軍の「尾上飛行場跡」で行われていた、4輪のハイスピードジムカーナレースを見学に行き、他人のスカイラインの前で記念写真!

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これは、星野のヘルメットがコンバットのマークが入っているので1966年辺りでしょうか?
「神戸っ子」の出版社に取材された時、加古川河川敷でトリオでジャンプ直前のワンショットです!
コース路面からして無理強いの、やらせ写真丸出しの様です(笑)
マネージャーが撮ってくれた写真です。
真ん中の星野と私は、当時のヨーロッパ風出立を意識していました?
右の歳森は旧い日本MXスタンダードのロードとごちゃ混ぜファッションです(笑)
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1967年7月4日第4回日本MXGP郡山大会終了翌日、福島カワサキ社屋前での記念写真です!
この時MFJ本部役員も居合わせ賑やかに集合!
私はカワサキウイングマーク下の左側で右隣が藤原メカ、その隣「カ」の字の下がMFJから後に大森日産スポーツコーナーに行かれた○○女史です!
更にサングラスの明石運輸運転手の隣「サ」の字の下が歳森、その隣が中西福島カワサキ社長、その隣が糠谷監督、星野は大森日産女史の前に!しゃがんでいますが、この時は夢にもこの女史に、後にお世話になるとは思ってもいなかったでしょう!
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想い出の写真など私は沢山保管していますのでキリが有りません!
星野はモトクロス時代の写真はほとんど持ち合わせていない様なので管理の山本にお任せください?(笑)
と言う訳ですが、まだまだ私も写真を整理しないとUP出来ません!
またゴールデンアワーのTVタイムが来ましたのでこの辺りでひとまず終了いたします、また続きをお楽しみに。

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昨年に続いて今年も10月15日岐阜県郡上市、鷲ヶ岳スキー場で開催される「四十雀トライアル」に3連覇をかけて行ってきました!
今年はチーム員の大川さんと同行です。
10月14日、10:30にSUBARUディアスBANで出発しました。
ルートを今年は趣向を変え、チームOBの熊さん推薦の日本海周りをとりました!
往復742Kmでした!
九頭竜ダムサイトを走る山岳ルートを、SUBARUディアスBANは3速オートマにも拘らずグイグイ走ってくれました!
あらためて日本の軽四輪の性能の良さを体験する事になりました。

あらかじめ申し上げておきますが、また私失敗しました?
デジカメのバッテリーの充電をしていませんで、ドライブ途中の記念写真で終わってしまいました!
従って今回は皆さんの写真を頂くことを許して頂きます!"(-""-)"

私のカメラは、三方五湖で有名なパーキングで、大川さんをパチリで終わってしまいました(>_<)

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前夜祭で、70歳クラスの選手紹介シーンです!左端で立ってるお方が今年の最高齢者、77歳の小佐井さんが自己紹介中です。
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小酒井大会会長に持ち回り大トロフィーを返還してる所で、カメラマンのオーダーに応えてるシーンです!
日頃から私はゲン担ぎや迷信など信じたり気にしたりしない質ですが、少し前から顎髭を剃らずに大会を迎えました?
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前夜祭は盛り沢山のプログラムが企画されています!
四十雀レジェンド「堀内浩太郎さんを偲んで、これまたヤマハトライアルレジェンドの木村治夫ちゃんがマイクを持ちました。
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続いてトライアルジャーナリストカメラマンの藤秀こと藤田秀二氏がレジェンド海老根育夫さんのお話をして在りし日を偲ぶ。
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何とプロ歌手の峯ゆかりさんが美声を披露されまして場を盛り上げて頂きました。
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四十雀名物の前夜祭はこの様に和気藹藹と歓談の場が何時までも続いて行きます!
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鷲ヶ岳の天候は、小雨が時折降る程度で心配していたドシャ降りは免れまして、競技役員を始め選手においてもラッキーでございました。
いよいよ大会スタートが始まりますが、恒例の皆さん元気なうちの集合写真です!
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セクションによっては、時折降る雨が斜面や岩盤を濡らしスリップ読出であちこちで転倒シーンが見かけられました!
しかし雨に濡れた木の根っこはよく滑ります!慎重に攻めないと5点が待ち構えております!
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この様な軽い雨対策で十分な天候でした、聞く処では甲子園は酷い状態だったようですね!(>_<)
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ここは第1セクションです、静爺の写真をお借りいたしました!
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そして最終セクションをトライし、本部にターンする途中に人工雪の小山をバックに、持ち場を終わって帰る途中の美人オフィッシャルと記念写真を収めました!ラッキー(^_-)-☆
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成績発表スコアーボードです!
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表彰式の写真も手に入りました。
イヤー、一番高い所には何度立っても嬉しいものです。(^_-)-☆
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結果はお蔭様で3連覇達成する事ができました。
これでもプレッシャーが有りまして午前と午後の両ヒートとも足つき1点を取ってしまいました。
昨年はオールクリーンを達成しましたが、今年はセクションがスリッピーな事もありオールクリーンは生りませんでした(*_*;
と言う事で、私が撮るより遥かに良い写真をお借りしてブログをまとめることが出来ました。
写真を提供して頂いた皆様に感謝申し上げます。


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10月8日また今年も参加しました「古き二輪を愛でる会」
京都府南丹市日吉町の「日吉ダム」中ほどにある「スチールの森」と言う広大な広っぱに500台以上の愛でるモトバイク達が集まりました!
とうとう、今年は私の愛でるモトバイク「BSAスピットファイヤー」を展示することが出来ました。(*_*;
相当古いインデアンから、先日発売のMC CLASSICに登場している名古屋は小牧市の「土井産業」が再生した
「FLY BIRD」号も、レストアを担当された「改華堂カスタムサービス」の小川氏が持ち込まれました!
前日までの降水が嘘の様な快晴に恵まれ、夏をぶり返すような暑い一日になりました!

関西のエンスーで名高い坂上氏と、ちょい悪親父の様な吉田氏と記念写真!
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これが話題の再生された1952年式「FLYBIRD」AB型 OHV 142ccです
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このBSAゴールドスターも、確か遠方から参加されていたように思います!また私がこのマシンも乗りたい1台のうちになります?(>_<)
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素晴らしい状態の、リックマントライアンフ650 魅力が燦燦と輝いていました!
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MVアグスタ これも乗ってみたい1台です!
郡上八幡方面の「Caféアグスタ」と先日伺った「ペンション シルバーストーン」でも見かけました魅力一杯のマシンです!(*_*;
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かなり古い単車が並んでいますが、京都のお方達でしょうか自走で来られたのは流石でございます!
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ピカピカのBSAが有りました!アッこれは私の単車でした!失礼しました"(-""-)"
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単車ばかりではございません、側車付きも沢山参加されていましたが、これは珍しくパワーステアリングの様な部品が装着されていました?
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名古屋は刈谷から参加されていた、雰囲気満点のトヨモーター号も快調な状態を示されていました。
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1954年式「JAWA」号も勿論自走で参加!昔のチェコスロバキア製ですが、ジャワと言わずに「ヤワ」ですよ!
2サイクルツインの250ccです、ヤマハのYD-1の様な良い音をさせていました。(^_-)-☆
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会場横手にある京都府の施設内の裏手には、この様な古民家が2・3棟設置されて、有料で見学できるようになっています。
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私の若い時は、日本建築や古民家などには興味もなかったのですが、やはり日本人なのでしょうか、高齢になるに連れ興味を持つようになりました!
そこで今回、この会場から30分ほどで、かの有名な「美山かやぶきの里」に行けると聞き、昼過ぎに単車を積み込み会場を後に、初めての見学に向かう事にしました。
ところが道順の説明を間違えて聞いてしまい、スチールの森ゲートを出てすぐに右折し、延々とダムサイドを走り続け更に次の反対方向に流れる二つ目のダムをも下って、行けども行けども「かやぶきの里」は有りませんでした?
ようやく第一村人に尋ねましたら、日吉ダム堰堤下の道路を右折して行けば有りますよとの事で、右折間違いをしていたことに気付き!気を取り直して来た道を引き返しました!(*_*;
そして振出しに戻り、ダム下の道路を右折し、再スタートしました。
しかしこの道もたやす1本道ではありませんでした!やはり行けども行けども有りません?
30分どころか1時間ほど紆余曲折しながら、走るとようやくあの素晴らしい「美山かやぶきの里」に到着しました。がしかし何と言う事でしょう!駐車場は満杯、道路もバイク・モトバイク・自家用車・観光バスでごった返していました!
何とか強引に軽トラを止め、カメラに収め、お土産をかって早々に引き返しました!
そして自宅に向かってスタートしたのですが、ナビゲーションが指示したとおりに走りますと、福知山方面や舞鶴に30Kmと言う表示が出て慌てふためきました?
更に園部と綾部を勘違いして綾部の町中を右往左往してドンドン時間を喰うばかり、やがてルート8号や9号線、そしてようやく判りやすいルート175号線に乗った時、これで帰れると安心致しました!(*_*;
加古川に到着した時はとっぷり日も暮れた8時くらいだったでしょうか?
事前にルートや所在地名など調べていない所に人づてだけで行くものでは無いと言う事が身に染みた経験になりました。

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軽井沢方面旅行の興奮や疲れも取れない翌日の9/10に「加古川トライアルパーク」にて、パワークラフトチーム受け持ち運営の近畿選手権トライアルを観戦に行きました!

勿論商売熱心な「有限会社エトス」社長の近ちゃんも、過密なスケジュールで、TRSトライアルマシンやモンテッサレイド等の展示試乗会で大忙しである!
隣には
仲良く、GASGASJapanも展示試乗会をされている。
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私は、TRの観戦に持って来いの何時もの「ハンターカブ」で特定の選手の応援に行きました!
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特定の選手その一はこの彼女でございます、当日は戻り残暑で超気温が高い中、懲りもせず果敢に頑張っていました!彼女の何がここまでトライアルに掻き立てられるのか!私はまだ知らない!(>_<)
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足が長いからって!これ位は簡単に上がれる筈?気持ちが上がってしまってるのか?
それともこんな練習してないのか?
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この選手も応援したくなる人だ!そう日本のトライアル界で知らない人はいない超レジェンドの山本昌也選手!
いや現代は、私の後任でMFJ近畿トライアル委員長を務めながら、趣味&ライフワークとして大会にも参戦して頑張っている!
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いつもニコニコ元気に頑張る山本昌也委員長と奥さん!
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黒山二郎君は、小4と小2の子供達の英才教育に、一郎爺さんと余念がない!
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もう125に乗り換えて本格的な特訓が始まってる様だ!
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こちらも着物&TR用品の販売会社を立派にこなしながら、趣味のトライアル参戦をを続けている小谷徹チャン!
流石に暑かったので小休止のワンショット!
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地元加古川のIBライダー広内孝も高齢ライダーの一人として頑張っている!
手前に写るは今話題注目の「全日トライアル・レディースクラスで美人チャンピオンの西村亜弥選手に勝るとも劣らない可愛さと度胸を持つ、小玉絵里加(ぱわあくらふと)(^_-)-☆
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この様な難易度の高いセクションも見事にクリアーする選手もチラホラ見えます!
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と言う様な訳で、私はランチタイム時に早々に引き上げました!
近畿トライアル界の重鎮!南野さんも当日はオブザーバーをかって出られていた!
奥の涼しい林の中セクションを受け持ってたせいでお昼に一言挨拶をまじわせただけでした。"(-""-)"
和歌山の老練、辻君も本部前でチラッとすれ違っただけでした!
競技が終わらないと、ゆっくり皆さんとお話が出来ないのは当然である。
多分大きな怪我人もなく、無事成功裏に競技会は終了された事でしょう。

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