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この事件は、日本では、プロ投資家との取引で投資銀行に説明義務があるのか、あるとしたらどの程度の説明義務かと問われることが多いようです。しかし、アメリカ法では、少なくとも形式的には、説明義務の問題として捉えられていません。
GSとIKBの取引(2007-AC1)は証券法144Aによる私募証券です。日本で言うプロ私募ですね。ですから、GSの主張のなかにレギュレーションAB(Asset Backed Securities)が引用されているのですが、レギュレーションAB自体は適用されません。しかし、私募でもrule10b-5(詐欺防止条項)は適用されます。そして、rule10b-5は重要な点で虚偽または誤解を生じる表示を禁止していますので、2007-AC1の募集文書の記載が重要な点で虚偽または誤解を生じるものであったと評価されるときには、GSのrule10b-5違反が認定されることになります。
SECの主張は、ポートフォリオの選定人をACAと表示したこと自体が、重要な点で虚偽又は誤解を生じる記載であるというものでした(36)。rule10b-5違反が認定されるかどうかは、この一点(正確には二点−記載が虚偽又は誤解を生じるものであったかどうかと、それが重要なものであったかどうか)に係っています。
それでは、Paulsonがショート・ポジションを保有すると知っていたら、ACAはPaulsonを深く関与させなかったであろう(45)とか、IKBは、Paulsonの役割を知っていたら取引を行わなかったであろう(59)といったSECの主張は何のためのものでしょうか。これらは、虚偽または誤解を生じる記載と損害との因果関係を述べるものではなく(差止めのためには損害との因果関係の証明は不要)、虚偽または誤解を生じる記載の重要性(materiality)を主張するものです。
虚偽または誤解を生じる記載は、真実が開示されていたら、合理的な投資家にとって、利用可能な情報の総体を大きく変えるものと受け取られる実質的な可能性がある場合に、重要性な(material)ものと判断されます(TSC Industries判決、拙著「アメリカ証券取引法」118頁)。したがって、Paulsonの役割が開示されていたとしたら、ACAもIKBも異なった行動をとったであろうと主張し、それを立証することで、SECは本件の記載が重要なものであったこと(したがってrule10b-5に違反する)ことを主張・立証しようとしているわけですね。
それに対して、GSは、誰がポートフォリオを選定したかは重要ではない(小売店の品揃えの比喩は面白いですね。たしかに商品さえ分かれば誰が商品を選択したかどうかは、消費者にとって重要でありませんね)、販売文書に虚偽又は誤解を生じる記載はなかった等の主張をしているのです。ただ、Paulsonの経済的利害は投資者にとって重要でない(ⅠD)との主張は、ややこじつけの感じがします。
いずれにせよ、この点は事実を裁判所がどう評価するかという問題です。私の感想を述べますと、この取引を誰が持ち込んだかが、分かれ目になるのではないかと思います。
GSの主張では、あたかもGSとIKBの取引が先行し、GSがリスクヘッジのためにPaulsonと取引したかのようです(【取引の経緯】)。しかし、ACAが選定をする際にまずPaulsonが選んだ123銘柄があったわけですから、取引はPaulsonが持ち込んだことは明らかです。Paulsonが持ち込んでGSとの間でした取引のリスクをGSがヘッジするために、2007-AC1をIKBに売り込んだのに、あたかもそれがIKBが望んだ取引をACAがGSとの間で組成したように見せかけていたのであれば、表示は合理的な投資家にとって重要な点で誤解を生じるものだったのではないかと思います。「あたかも」以下の事実は主張されていませんので、本件の事実認定いかんによっては、重要性が否定されることもあり得るでしょう。
法律問題としては、重要性の有無は合理的な投資者の判断を基準とするとして、それはプロ同士の取引であればプロとして合理的な投資者を基準とするのか、それとも一般投資家として合理的な投資者を基準とするのかという問題がありそうです。判例・学説は知りませんが、おそれく前者を基準とすべきなのでしょう。そして前者の基準が採用されるとしても、本件では事情を知っていたらIKBは取引をしなかったという認定は可能であるように感じます。
(つづく)
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