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「現実取引による相場操縦の悪性について」という論文で私が言いたかったことは、前回述べた通りなのですが、その主張にはいくつかの留保があります。
第1に、現実の相場操縦行為には取引圧力による操作の目的も情報動機による操作の目的も含まれていて、両者を区別することはできないと言われれば、その通りなのです。したがって、変動操作の要件として誘引目的を求めるべきであるという結論は、多分に理念的・観念的なものです。
第2に、この論文は、取引圧力による操作の目的しかない行為がすべて不可罰であると主張するものではありません。たとえば、時価発行を成功させるために取引圧力しか生じない操作を行った場合、相場操縦には該当しませんが、相場を悪用して新株を発行したことが不公正取引禁止規定(157条)に違反すると解する余地はあると考えています。それなら結論は同じではないかと言われるかも知れませんが、市場内の行為それ自体を違法とみるのか、市場内の行為と市場外の行為の組合せの全体を違法とみるのかという、評価の基準が違ってくるのです。
このような限界はあるものの、私はこの論文の出来をひそかに自負しています。思い入れのある論文なので、2、3思い出話をさせてください。
この論文は、京都大学の龍田節先生の還暦記念論文集に寄稿したものなのですが、ちょうど龍田先生の還暦祝賀パーティーがある日に京都大学の商法研究会で論文の内容を報告する機会がありました。そのとき聞いておられた龍田先生は、「言いたいことはよく分かったが、全然賛成できない」と言われました。あとで同席していた同業者に聞くと「えらく厳しいことを言われていましたね」といわれたけれど、私はこれをほめ言葉だと受け取っていました(今もそうです)。結論が違うのは予想されたことなので、理屈を納得してもらったと思ったのです。また、龍田先生の還暦記念論文集は「企業の健全性確保と取締役の責任」という題だったのですが、この論文のテーマは企業の健全性確保にも取締役の責任にも関係のないものでした。編者の先生、ごめんなさい。
ちなみに、私の助手論文を読んだ故竹内昭夫先生は「新人類の書くものはよく分からない」と仰いましたが、これも私はほめ言葉だと思って大切にしています(本当は、私は新人類と呼ばれた世代より2学年上です)。鈍感力なのかも知れません。
この論文は1996年にドイツに短期留学したときにあちらで書いていました。そのせいかどうか、Thelという人名をテールと訳して発表してしまいました。Tehlと勘違いしていたようです。拙著に収める際にセルに直すことができたのは幸いでした(これで正しい発音なのかは、よく分かりませんが)。
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相場操縦





