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証券的規制の第一の論点は、デリバティブ取引を認めるか否かです。排出枠のデリバティブ取引を認めることの制度対象者にとってのメリットとしては、買手が排出枠の調達コストを固定できること、売手が売却収入を固定できることが挙げられます。さらに、遵守期間中における企業活動の状況に応じて、以前に約定した排出枠の買い/売りを、決済期日以前に反対売買を通じて解消させ、柔軟にポジションを見直すこともできます。そこで報告書は、エネルギーの大口需要家である制度対象者は、デリバティブ取引によって各種の費用を安定化させることができるから、国内排出量取引制度においてもその活用を排除する必要はないとしています(28頁)。
報告書の表現は少し分かりにくいですが、「デリバティブ取引によって排出量削減費用を安定化させることが、排出量削減という制度目標の達成にとって望ましいから」という意味で書いてあるのであれば、よく理解できます。これが、もし、制度対象者は、もともとエネルギーのデリバティブ取引でエネルギーの製造費用を安定化させているのだから、排出量削減費用についても当然、デリバティブ取引をさせろというのであると、話が違うような気もします。
私が研究会に出て一番気になったのは、デリバティブ取引を認めることによって、制度対象者の排出量削減に対するインセンティブにどのような影響が生じるかということです。排出枠の現物取引を認める目的である「削減費用の最小化」に良い影響を与えるのであれば、認めるべきでしょう。これについては、費用が安定化できないと削減プロジェクトへの投資が行われないという説明がありました。たしかにそうでしょう。反面、排出枠の価格が安いときに調達費用を固定化してしまうと、排出量削減プロジェクトを推進するインセンティブが損なわれるのではないかという恐れもあるでしょう。どちらの方向へのインセンティブが働くかは、いろいろな条件に左右されるということでしょうか。
報告書は、デリバティブ取引を認めることによって投機資金が流入し、価格が大きく変動する懸念があることにも触れています。そして、投機資金の流入について真に懸念すべきは、何らかの要因により排出枠価格の高止まり・乱高下が引き起こされ、これが産業活動に悪影響を与え、また、炭素リーケージ(企業が、規制の緩やかな国に生産拠点を移転し、緩やかな規制の下で生産を行うことにより、地球全体としての温室効果ガスの排出量が増加してしまうこと)を引き起こすことにより、制度の目的が達成できなくなることにあると分析しています。このような分析に立って報告書は、デリバティブ取引を認めることにより、企業は排出枠価格の高止まり・乱高下に一定程度有効に対応することができると考えられるから、そのような取引を抽象的な投機への懸念を理由として禁止することは合理的とはいえないとします(報告書29頁)。そして、排出枠価格の安定は、市場参加者の要件、仲介業者・取引業者の業規制および行為規制、不公正取引の禁止などで対処すべきだとします(同前)。
この点については、報告書前段の分析はその通りでしょう。後段のデリバティブ取引で乱高下に対処するというのは、ちょっと鶏と卵の関係の話みたいです。デリバティブ取引を認めることで生じる価格の乱高下はデリバティブ取引で対処すれば良いのはその通りですが、このような書き振りであると、価格の乱高下についてだけ見ると、デリバティブ取引を認めないことにより価格の乱高下が生じない状態の方が、デリバティブ取引を認めるよりも良く見えてしまいます。ここは、デリバティブ取引を認める方が価格の乱高下を抑えられることを示すか、デリバティブ取引を認めるメリットが総体でデメリットを上回ることを示す必要があるのでしょう。そして、デメリットを抑える方法として、最後段の手段があるということでしょう。
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