|
排出枠の現物取引およびデリバティブ取引を認めるとして、取引参加者の範囲をどうするかが第2の論点となります。報告書は、個人の参加と海外投資家の参加を認めるかという議論をしています。まず、個人については、現状では参加を認める意義も弊害も乏しいと分析した上で、参加を禁止できるかという観点から論じています。これは、参加の可否について理論で決することが難しいので、仮に参加を認めないと政策決定した場合に参加を禁止することが可能なのかという技術論からアプローチするものと言えるでしょう。そして、まず、現物取引については、登録簿における口座開設を個人に認めないことは可能としつつ、個人が仲介業者や取引業者に委託して排出枠を売買するまで禁止することには慎重な検討を要するとしています。また、個人の現物取引を禁止したとしても、排出枠のデリバティブ取引を禁止しない限り、個人を市場参加から排除することはできないのではないかとしています。排出枠のデリバティブ取引を行うには登録簿における口座開設は必要がないからです。
報告書のこの部分には私個人は違和感を持っています。私の考えは、報告書32頁注22の、「個人にあっては、個人投資家保護の目的で排出枠のデリバティブ取引を禁じることも想定される」という点に表れています。ただ、この注には「前例はないが」という断り書きが付されています。しかし、私は前例はあると思っています。それは、有価証券のプロ向け市場であり、そこには特定投資家以外の個人投資家は参加できない仕組みがとられています。技術的には、業者にデリバティブ取引の市場集中義務を課し、取引所における排出枠のデリバティブ取引のみを合法化すれば、個人投資家をデリバティブ取引から排除することも可能であると私は考えています。この意見に対する研究会の大方の反応は、デリバティブ取引(とくに店頭デリバティブ取引)を違法化することは難しいというもので、私は少なからずショックを受けました。法令で許容しない限りデリバティブ取引は賭博に当たると思っていたので、大方の見解とは原則と例外が引っ繰り返っていることを自覚したからです。
つぎに海外投資家ですが、海外投資家を参加させるメリットは流動性にある程度寄与することであり、デメリットは企業経営が排出枠・クレジットの価格乱高下にさらされる可能性があることだと報告書は指摘します。海外投資家の取引からの排除などというといかにも排他的に聞こえますが、排出量取引制度は国内の政策目標達成のための制度ですから、目的達成に害になるのであれば海外投資家の参加を排除することも正当化されます。報告書は、ここでも技術論からのアプローチを試み、デリバティブ取引については個人投資家の場合と同様、参加を禁じるのは難しい、現物取引については、一切禁止することは難しく、①口座開設のために内国法人の設立を認めるか、②制限を認めずに口座開設を認めるか、という両論を併記しています。
論点の第3は、仲介業者・取引業者の業規制です。報告書は、業規制の検討に当たり、不動産、商品、有価証券の現物とデリバティブについて、業者にどのような規制(規制なし、登録制、許可制、免許制の別)が置かれているかを比較しています。業規制の対象とすべきか否かについて基準となる考えを理論的に導くのが難しいので、排出枠取引をどの取引に近いものとして規制したらよいかという発想に立って規制のあり方を考えるものといえるでしょう。
報告書は業規制を考えるに当たって2つの観点が重要であるとしています。第1は、市場参加者の保護のために業規制が必要であるという観点、第2は、公正な排出枠の取引の確保や排出量削減の実現という国内排出量取引制度の目的を達成するために業規制が必要であるという観点です。第2の観点は、不動産、商品、有価証券の規制では通常、意識されていません。それは、投資者・委託者を保護することによって、それぞれの取引の規制を行う目的を達成することができるからだと思われます(私見)。これに対して、排出枠の取引では投資者の保護が排出量削減の実現に必ずしも直結しないため、2つの観点が必要になるのです。
不動産、商品、有価証券を比較すると、不動産、有価証券では現物取引が業規制の対象とされているのに対し、商品の現物取引は業規制の対象とされていません。そこで、報告書は、排出枠取引についても業規制の対象をデリバティブ取引に限定するかどうかを検討しています。そして、まず、デリバティブ取引については市場参加者の保護という観点からは業規制が必要であることを確認しています。つぎに、現物取引の業規制については、商品先物取引法が現物取引を業規制の対象としないのは、投機目的で現物取引に参加する者がいないからであると説明されていることを挙げ、排出枠についても現物取引に投機目的で参加する者がいるかどうかという観点から検討すべきだとしています(36頁)。報告書では必ずしも明らかでありませんが、投機目的で参加する者がいる場合、投資者・委託者の保護という観点と排出量削減の目的達成という観点の両方から、業規制が必要になる場合があるという考えがとられているといえるでしょう。
研究会の際には気づかなかったのですが、そもそも取引が投機の対象になるか否かで区別する判断枠組みは妥当でしょうか。投機を抑えるのは不公正取引等の市場規制であって業規制ではないのではないでしょうか。そして、商品の現物取引に業規制がないのは、誰でも容易に取引に参加できるからではないか。誰でも容易に取引に参加できる世界では、取引ルールだけが必要であって業規制は必要でありません。誰でも容易に取引に参加できない世界では、業者に取引を委託せざるを得ず、その結果、業者の不正行為から委託者を保護する業規制が必要になるのです。そうだとすると、取引業者に取引を委託せざるを得ないように排出枠の現物取引市場を設計する場合には、委託者保護のための業規制が必要になると思われます。この考えによると、もし個人には口座開設を認めず、委託による現物取引を認めるのであれば、委託者である個人投資家保護のために業規制が必要になるでしょう。
|
その他



