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(つづき)
最高裁の多数意見が、「虚偽記載なければ取得なし」といえる場合の損害賠償額は、取得価額と処分価額の差額を基礎として算定すべきであるとしつつ、虚偽記載に起因しない市場価額の下落分をこの差額から控除すべきだとしたのは何故でしょうか。
寺田裁判官の意見はこの点について次のように論じています(以下、筆者の文責による一部の要約です)。
多数意見は、資金が投資されている間のリスクを投資者がすべて免れてそのまま投資時の原状で回復されるべきこととするストレートな結論をとることへの違和感からくるものであろう。しかし、「虚偽記載がなければ投資者が株式を取得することはなかった」という前提と矛盾なく理解できる範疇の損失についてのみ、控除することを認めるべきである。そのような損失とは、(ア)投資者として、当該株式を保有していた期間中、仮にこれを取得することがなかったとしても受けたであろう損失、(イ)虚偽記載の公表後も投資者が漫然と株式を保有し続けた結果生じた損失である。投資者が恒常的に市場で株式投資をしている投資家であることが認められるのであれば、虚偽記載のある株式への投資をしていなくてもその資金はそれ以外の株式を保有することに用いられていたに違いないから、市場における株式一般の価額下落による損失を被っていたはずであるといえるのであって、そのような証明ができるのであれば、その分については相当因果関係を否定されても不当とはいえない。
これに対し、会社の業績不振による株式価値の下落など当該株式に特有の価値下落による損失を相当因果関係なしとして損害額から控除することには無理がある。投資者が当該株式を取得することはなかったとの前提をとって株式取得のために出えんした額を損害額の基本に据えながら、その株式に特有の下落分をそこから控除するのでは筋が通らない。多数意見は、この下落分につき相当因果関係を否定するのに、当該株式を取得した以上はその価額が変動することは当然想定すべきであると説くが、それは会社側の不法行為がなければ当該株式を取得することはなかったとされる立場の投資者にとっては受け入れ難い立論である。
私は寺田裁判官の意見に共感を覚えます。私流に言えば、多数意見は現実路線をとったのであろうが、虚偽記載がなければ取得しなかったという前提を取りつつ、取得後の株価の変動を原告に負わせるのは論理的に矛盾しているのです。寺田裁判官が挙げる控除理由も説得力があります。ただ、(ア)はインデックス運用をしている機関投資家には当てはまりやすいですが、個人投資家の場合の証明が成立するかは相当疑問でしょう。(イ)は、たとえば虚偽記載の発覚後、1年間、当該株式を持ち続けていたら会社の業績の悪化によってさらに株価が下落した場合、後の下落は虚偽記載と因果関係がないというものです。そうだとすると、取得自体損害(原状回復方式)の損害額の算定は、「取得価額と虚偽記載の公表後一定期間後の市場価額との差額」を基準にすることも考えられます。ただし、この考えをとるときは、1年後に業績が回復した場合にも、同じ基準をとる必要がありそうです(そうでない考え方では、株価が回復した場合、原告は、取得自体損害の賠償を請求する限り、株価上昇分が損害額から差し引かれることになります)。
田原裁判官の補足意見は、寺田裁判官の批判に答えて多数意見を擁護するものです(以下は、筆者の文責による一部の要約です)。
上告人らの主位的請求の論理をそのまま貫くと、本件虚偽記載公表までに、市場で本件株式を全部処分して損失を被った者も、本件虚偽記載がなければ本件株式を取得しなかった以上、その損失相当額を損害として主張できることとなる。また、仮に一部の上告人らが、市場で取得した本件株式の一部を本件虚偽記載公表までに市場で売却して売却損を被り、あるいは売却益を得ていた場合には、その売却損相当額も、本件虚偽記載公表後に処分したことに伴う損害に付加して請求することができ、他方売却益相当額については損益相殺すべきことになる。
しかし、かかる結論が導かれることについては、大方の理解を得ることは困難であろう。多数意見は、主位的主張の論理を貫くことによる上記の不都合を是正する法律的説明として、相当因果関係の法理によったものと理解することができる。
田原裁判官の補足意見は、多数意見は損害額が莫大になることを恐れたのではなく、取得自体損害説の不都合を是正するものだという訳です。そこで田原裁判官の補足意見が当たっているかどうかは、上記の例が「大方の理解を得ることが困難な不都合」といえるかどうかによって決まります。私は上記の例の解決が不都合だとは考えていません。
虚偽記載公表前に株式を売却した者も、当該株式を取得しなければその後の値下がりによる損失を被ることはなかったのですから、「虚偽記載なければ取得なし」といえる場合にはその損害の賠償を請求することができると考えられます。この理は、投資者が、証券会社の従業員の説明義務違反を理由として、不法行為に基づいて証券会社に損害賠償を請求する場合に、「説明義務違反なければ取得なし」といえる限り、説明義務違反と無関係に生じた株価の値下がり分を含めて賠償を受けることができることに照らしても明らかです。同様に、原告が「虚偽記載なければ取得なし」を理由に取得自体損害の賠償を請求している場合には、理論的には、原告が一部の株式を虚偽記載の公表前に売却し、損失を受けていた場合には当該損失も損害賠償の対象になり、反対に利益を受けていた場合には、売却益相当額は損益相殺の対象にしてよいと思います。したがって、これらの結論が不都合とは言えない以上、取得自体損害説の論理を貫いてよいと思うのです。
ただし、本件に取得自体損害説をストレートに適用すると、西武鉄道は、上場以来、同社株式を購入して損失を被った者すべてに対して損害賠償責任を負うことになり、大変なことになることもよく理解は出来ます。歯切れが悪いですが、この問題はもう少し考えてみることにします。
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ディスクロージャー


