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商事法務から刊行している「金融商品取引法コンメンタール」第3巻で、編者の責任として、新たしく加わった条文のコンメンタールを書いています。どうやって執筆するか、その一端を紹介しましょう。
平成22年改正で新設された156条の70は、「取引情報蓄積機関でない者は、その名称又は商号中に、取引情報蓄積機関と誤認されるおそれのある文字を用いてはならない。」と定めています。このときの改正のほとんど唯一の資料は立案担当者の解説書ですが、そこでは、「取引情報蓄積機関でない者が、商号中に、指定を受けた取引情報蓄積機関と誤認されるおそれのある文字を使用することを禁止する旨を定めている。」とのみ書かれています。
さて、これだけの材料から何が書けるでしょうか。私が一番知りたいのは、どんな文字が本条で禁止される文字かということです。その答えを見付けるにはどうしたらよいでしょうか。
まず、取引情報蓄積機関とは何かから出発するのが良いでしょう。詳しい説明は省きますが、取引情報蓄積機関とは海外ではTrade Repositoryと呼ばれ、店頭デリバティブ取引などの情報を収集して保存するサービスを金融機関に提供しているようです。日本にはまだありません。つまり、日本では実態がないのです。平成22年改正は、清算集中の対象とする店頭デリバティブ取引については金融商品取引清算機関に取引情報の保存と内閣総理大臣への報告を求め、清算集中の対象としない一定の店頭デリバティブ取引については、金融商品取引業者等(金融商品取引業者と登録金融機関)に情報の保存と報告を義務づけ、指定を受けた取引情報蓄積機関に情報を提供した場合には、金融商品取引業者等の保存・報告義務を免除することにしました。つまり、取引情報蓄積機関の指定とは、登録制度とは異なり、指定を受けなければ一定の行為を業として行ってはならないのではなく、指定の有無に拘わらず、取引情報の保存業務をすることができるが、指定がないと金融商品取引業者等は保存・報告義務を免除されないという仕組なのです。そうだとすると、取引情報の収集・保存サービスを行う業者と誤認される文字を商号・名称に用いることは何ら問題とされることではありません。法が誤認される文字の使用を禁止するのは、指定を受けた取引情報蓄積機関と誤認するのを避けるためなのです。ただ、金商法は、指定を受けた者を取引情報蓄積機関と定義しているので、条文では指定取引情報蓄積機関とは書いていないのです。
以上の検討作業を基にして考えると、店頭デリバティブ取引の取引情報収集サービスの一般的な名称がTrade Repositoryだとかトレード・レポジタリーだとすると、取引情報蓄積機関(指定を受けた者)以外の者がTrade Repositoryとか、TRといった文字を商号・名称に用いることは禁止されないはずです。指定を受けたという誤認はそこから生じないからです。禁止されるのは、指定トレード・レポジタリーとか認可TRといった文字でしょう。
それでは取引情報蓄積機関という8文字の組み合わせはどうでしょうか。この語が取引情報収集サービスの一般名称であるならば、指定を受けない者も使用を禁止されないでしょう。しかし、日本にはそういったサービスを行う者はこれまでおらず、したがってそのサービスを指し示す日本語もありません。この語は金商法による造語であり、指定を受けた取引情報サービス業者の名称として選ばれた語なのです。そうだとすると、取引情報蓄積機関という8文字全部をこの順で含む商号・名称は、すくなくとも、取引情報蓄積機関と誤認されるおそれのある文字だといえるでしょう。
コンメンタールではこういったことを書くのです。つまらないことを考えると思われるかも知れませんが、私は嫌いではありません。こういう作業をしていると、取引情報蓄積機関(指定を受けた者)と誤認されるのを防ぐ必要が本当にあるのだろうかという疑問も湧いてきます。同じような文字使用の禁止規定は、指定紛争解決機関や認定投資者保護団体についても設けられています。指定紛争解決機関も認定投資者保護団体も顧客は一般投資家ですから、一般投資家を保護するために、指定・認定を受けていない者が受けていると誤認されるのを防ぐ必要があります。それに対し取引情報蓄積機関の顧客は一定の店頭デリバティブ取引を行っている金融商品取引業者等です。そういった専門金融機関が自分の大事な情報を扱う取引情報蓄積機関が指定を受けたものかどうか確かめないなんてありうるでしょうか。これは立法論ですから、コンメンタールではおまけですね。
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