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西武鉄道事件の最高裁判決の研究報告を本務校の研究会でしたところ、予想外に多くの人に参加してもらいました。感謝しています。
さて同事件で論ずべき中心的なテーマは前2回で書きましたので、今回は、それ以降に気づいたことを書き散らしてみたいと思います。
1.ろうばい売りの評価
判決は、いわゆるろうばい売りが集中することによる過剰な下落は、虚偽記載と無関係な要因に基づく市場価額の変動であるとはいえず、取得・処分差額(取得価額−(処分価額または事実審口頭弁論終結時の市場価額[上場廃止の場合は非上場株式としての評価額]))から控除することはできないとしました。二審判決は、虚偽記載の公表直前の価額と処分価額との差額を基礎として(すなわち市場下落説を採用しつつ)、虚偽記載および上場廃止が発表されると、ろうばい売りが集中して客観的株価より過大に下落する傾向が見られること等から、個々の株式の売却による損失の発生は本件虚偽記載および上場廃止から通常生じ得る結果であるとは認めがたいとしたのに対し、本判決はろうばい売りによる下落は虚偽記載と因果関係のある損害であるとしたのです。
判旨のいう「ろうばい売りによる下落」が何を意味するかは必ずしも明らかでありません。「ろうばい売りによる下落」は何らかの情報(それが不確かなものや投資者心理によるものであれ)が市場価格に反映する過程に着目した捉え方ですが、重要なのは、株価への反映過程ではなく、何を原因とする下落が取得・処分差額から控除できないかであるはずです。重大な虚偽記載が公表された場合に株価が下落する原因としては、真実の情報が開示されたことのほか、上場廃止の可能性が生じたことが考えられますが(そのほかに、理論的には、真実の情報を開示するという経営者の資質に対する信頼の低下や、発行者が投資者に対して損害賠償責任を負う可能性が生じたことも、株価下落の原因として指摘されています)、上場廃止の可能性が生じたために投資者が株式を売り急いだことによる下落が「ろうばい売りによる下落」に含まれることは、明らかでしょう。
本判決は、虚偽記載がなければ投資者が有価証券を取得しなかったと認められる事例について判示したものであり、虚偽記載がなければ投資者が有価証券を取得しなかったとは認められない事例について、ろうばい売りによる株価の下落が虚偽記載と相当因果関係のある損害であるとしたものではありません。もっとも、判決は一般的な言い回しを用いているので、最高裁は後者の場合にも相当因果関係を認める可能性が高いと思われます。
そのような結論に対しては、客観的な水準よりも過大に下落した株価を基準として損害賠償を認めることは残存株主から売却株主へ不当に価値を移転するものであるとの批判も考えられます。しかし、仮に市場価額が客観的な株式価値を反映していなくても、投資者は市場価額でしか株式を処分できないのですから、上場廃止までに株式を売却するという投資者の判断を非難できない以上、ろうばい売りによる下落は投資者の損害から減額されるべきでありません。そして、ろうばい売りが生じ株価が客観的な株式価値を反映していないような状況では、株式の売却時期を誤ったことを被害者側の過失とみて過失相殺をするという形で、投資者の判断を非難することもできないと思います。
2 市場下落説との相違
虚偽記載が公表されるまでの間に生じた市場価額の下落は、一般的には、虚偽記載と無関係の要因に基づくものが多いので、本判決多数意見の考え方(修正取得自体損害額と呼ぶ)は、投資者の取得価額と虚偽記載の公表直前の市場価額との差額を取得・処分差額から控除することとなり、虚偽記載の公表後の市場価額の下落を損害額との基礎とする「市場下落説」と同じ結論になる可能性が高いと考えられます。この点に関し本判決は、本件では、虚偽記載の公表前に発行者の親会社が発行者の名義株を売却するなどして本件虚偽記載が一部解消されており、その頃本件虚偽記載に起因して発行者株の市場価額が下落していた可能性があると指摘しています。名義株の売却による市場価額の下落は、虚偽記載の内容が一部市場価額に反映されたものとみることができるので、これは虚偽記載に起因する損害であり、したがって取得・処分差額からの控除を認めないというのです。
もっとも、市場下落説は、虚偽記載が公表されて現実に市場価額を下落させたことをもって損害と捉える考え方ですから、市場下落説によっても、虚偽記載の公表前に真実の情報を一部反映した市場価額が形成されていた場合には、真実の情報を反映したことによる市場価額の下落を損害額に加えることになると思われます。したがって、この点でも修正取得自体損害説と市場下落説に違いはないのではないでしょうか。
3 保有原告の損害
西武鉄道事件の裁判例では、最後まで株式を保有していた保有原告の損害賠償が認められたものはありませんでした。それに対し本判決の修正取得自体損害説によると、保有原告も、取得価額が口頭弁論終結時の評価額よりも高ければ、損害の賠償を受けられる可能性があります。この点も、市場下落説と(修正)取得自体損害説の理論上の相違点です。しかし、他方、修正取得自体損害説によると、取得後、虚偽記載が公表されるまでの市場価額の下落の大部分が取得・処分差額から控除されることになるため、現在の株式の評価額が虚偽記載公表直前の市場価額を上回っている場合には、保有原告は損害賠償を否定される可能性が高いと考えられます。つまり、保有原告はぬか喜びになるおそれが大きいのです。このように保有原告に実際の保護を与えられないことも修正取得自体損害説の問題点であると考えます。
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