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HalliburtonⅡ判決の解説
1 信頼の推定
(1)効率的資本市場仮説に依拠するものでないこと
Basic判決が出された1988年以降、情報に対する証券市場の効率性については、疑義を呈する実証研究が多数公表されており、市場に対する詐欺理論の基礎が揺らいできました。
多数意見は、市場に対する詐欺理論は、市場の効率性を前提とするものではないとして、Basic判決を維持しました。Basic判決が特定の経済理論に依拠しているものでないことは、たしかにその通りです。しかし、「市場の効率性」は、依然として、信頼の推定のための要件の一つとされています。
学説では、Basic判決は、市場に対する詐欺理論と効率的市場仮説を結びつけたけれど、本来、ある証券の市場価格が詐欺情報を反映している限り、市場に対する詐欺理論により信頼を推定するために、証券市場が一般的に効率的であることを示す必要がないことが、比較的早くから指摘されてきました[1]。HalliburtonⅠおよびHalliburtonⅡでは、多くの学者が裁判所の友(amici curiae)として意見を寄せていますが、それらの多くも、裁判所は市場が効率的であるかどうかではなく、特定の不実表示が市場価格に影響を与えたかどうかに着目すべきであるとしている。
(2)Bebchuk & Ferrellの見解
一般に、市場は、利益を得る裁定機会(arbitrage opportunity)がない場合に効率的であると定義されてきた。
しかし、第1に、裁定機会の存在は、詐欺による市場価格の歪曲(fraudulent distortion)の存在を否定するものではない(市場が効率的でなくても、詐欺による市場価格の歪曲は起こり得る)。
市場の効率性は3つの分野で争われてきた。①市場は長期的な収益を過大評価している。②過剰なボラティリティ。③情報に対する市場の反応の鈍さ、である。
① 過大評価設例
市場の株価収益率が歴史的に15倍であったところ、現在、市場が長期的収益を過大評価し、20倍となっていた。企業が収益を1ドルのところ2ドルと不実表示した。株価は20ドルから40ドルに上昇し、不実表示の発覚により株価は20ドルに戻った。その後、市場は長期的な過大評価を修正し、株価利益倍率は15倍に戻り、株価は15ドルとなった。
→ クラスワイドな信頼を認めるかどうかにとって、不実表示によって株価が上昇したことが重要であり、株価収益率が過大評価されていたかどうかは関係がない。
② 過剰なボラティリティ設例
上の例で、株価が20ドルから40ドルへ上昇した。過剰なボラティリティのせいで、株価は、1時間ごとにランダムに38ドルから42ドルの間で変動していた。不実表示の発覚により株価は20ドルに戻ったが、同じ理由で、19ドルから21ドルの間で変動していた。
→ クラスワイドな信頼を認めるかどうかについて、過剰なボラティリティの有無は関係がない。たしかに過剰なボラティリティは利益の機会を生じるが、不実表示によって価格が歪められていたことに変わりはない。
③ 鈍い市場反応設例
上の例で、良い情報に接して株価は20ドルから35ドルに上昇したが、翌週1週間かけて40ドルまで上昇した。不実表示が発覚すると株価は20ドルに戻った。
→ 不実表示の開示を受けて当該株式を取得した者が、市場価格の歪みの結果、15ドルないし20ドル余分に支払った事実には変わりがない。
第2に、裁定機会がない(市場が効率的である)ことは、不実表示が市場価格の歪みをもたらさない場合があることを否定するものではない。
① 公表された情報設例
インターネット企業が、四半期収益を公表した。その数日後、サイトへの来訪者数が75%上昇したとの不実表示を公表。アナリストは来訪者数の情報を分析して、それが企業の収益性に与える影響を分析した。不実表示を公表したときも、それが不実であると発覚したときも株価に変化はなかった。
→ この場合、価格の歪みがないからクラスワイドな信頼は与えられない。市場が開示情報に反応しなかった理由(情報が重要でなかった、四半期収益の情報で株価が決定されていた、市場が虚偽情報を信頼していなかった等)はなんであれ、重要なのは市場価格に歪みが生じたかどうかである。
② 埋没した情報設例
企業が、環境政策に関する公表された報告書(投資家の興味を惹かなかった)の中で、財務情報について不実表示をした。不実表示をしたときも、その発覚のときも、市場価格に変化はなかった。
→ クラスワイドな信頼は与えられない。情報が価格に反映されなかった理由は重要でない。重要なのは市場価格の歪みが生じていないこと。
Bebchuk&Ferrellは、信頼の推定法理は次のように改訂されるべきだとする。
(1)
(2) したがって、
(3) そして、証券の市場が
(3)判旨の検討
HalliburtonⅡ判決は、判旨2で価格影響性(price impact)という概念を用いましたが、これは詐欺による歪曲と同義でしょう。多くの学説が主張するように、最高裁は、市場に対する詐欺理論を、市場の効率性を価格影響性に置き換えたものに修正すべきでした。しかし、判例を変更してもしなくても、信頼の推定を認めるという結論は変わらないので、最高裁はBasic判決の修正を避けたものと思われます。
この結果、HalliburtonⅡ判決によると、信頼の推定を受けるためには、市場が効率的であることを、依然として原告側が示す必要があります。市場の効率性の証明方法としては、Cammer v. Bloom, 711 F. Supp. 1264 (1989)の示した5要因テストが用いられており、そこでは(1)株式の取引量、(2)当該株式をフォローしていたアナリストの数、(3)マーケット・メーカーの数、(4)S-3登録要件を充たすかどうか、(5)予期しない新事象に対する株価の反応を基準として、当該株式の市場が効率的であるか否かが決定されます[3]。裁判実務上、このような効率性の検証が引き続き行われるようであれば、学説から批判されるでしょう。
(4)市場の誠実性に対する信頼というレトリック
法廷意見は、バリュー投資家も、いずれは市場価格が情報を反映すると考えて投資しているから、市場の誠実性を信頼していると説明します。これに対し、反対意見は、バリュー投資家が取引のときに市場の誠実性を信頼していたかどうかが問題なのだとします。
この議論は、反対意見に分があると思います。ただ、そもそも市場の誠実性に対する信頼を問題にすること自体、レトリックにすぎないのです。バリュー投資家は効率的でない市場の投資家像を反映したものであり、現実の市場には市場価格が情報を反映していると考えて取引を行う投資家とそう考えないゆえに取引を行う投資家が併存することは否定できません。いずれの投資家についても、不実表示によって影響を受けた市場価格で取引を行えば、不実表示と取引との間の因果関係(取引因果関係)が認められるとすれば足りるのです。最高裁は、市場の効率性を前提とするという理解の下でBasic判決を変更しなかったので、レトリックを用いざるを得なかったのでしょう。
2 クラス認可段階での価格影響性の反証
(1)価格影響性と損害因果関係
多数意見は、価格影響性(price impact)という概念を用いて、価格影響性は重要性と異なり、クラス認可段階で反証可能であるとしました。果たして、価格影響性は重要性と異なるのでしょうか。また、損害因果関係とは異なるのでしょうか。
損害因果関係とは、投資家の取引と彼の被った損失との間の因果関係のことをいいます。損害因果関係があるといえるためには、有価証券の取得時に不実表示によって市場価格が不当に吊上げられていたことを証明するのでは足りないとするのが判例(Dura判決)[4]であり、不実表示の発覚が株価を下落させたことを示すことは損害因果関係の立証の一方法と考えられています。また、価格影響性とは、「被告の不実表示が実際に株価に影響を与えたか」[5]ということですが、これも不実表示がされた時点のイベント・スタディを行うことは難しいことが多いので、不実表示の発覚時のイベント・スタディにより確認することになるでしょう。そうすると、価格影響性と損害因果関係は同じ問題ではないかと思われます。
Coffee教授は次のようにいいます[6]。HalliburtonⅠは、損害因果関係はクラス認可の段階では争えないとした。HalliburtonⅡは、これを実質的に変更して、「価格影響性」はクラス認可段階で争えるとした。同じ証拠が損害因果関係の反証にも価格影響性の反証にも使えるのだから、法はいつもラベル貼りの問題である。Fox教授も、価格影響性と損害因果関係とは実質的に同じ争点であるとします[7]。
これに対しBebchuk & Ferrellは、例を挙げて、価格影響性(詐欺的歪曲)と損害因果関係とは異なるとします。
FDA承認設例
企業が、FDAが医療機器を承認するだろうという虚偽の公表をした。株価は直ちに10%上昇した。原告は、不実表示が市場価格に影響を与えたことを証明した。
→ クラスワイドな信頼は認められる。しかし、詐欺的歪曲が経済損失を生じさせたことはまだ証明されていない。Dura判決は、価格の吊上げだけでは経済損失の近因にならないとする。価格影響性は、損害因果関係の必要条件であるが十分条件ではない。
もっとも、この例は、不実表示時のイベント・スタディで詐欺的歪曲を証明できる事例を前提としており、上記の疑問は払拭されないように思われます。
(2)価格影響性の反証の程度
重要なのは、クラス認可の段階でどの程度の反証の負担があるかです。Coffee教授は次のような問題を設定します。たとえば、訂正情報の開示の際に市場価格が下落したが、その有意性は、通常求められる95%のレベルではなく90%のレベルであった。被告は、価格影響性を反証したと認められるか?
また、Fox教授は次のように論じています。
クラス認可段階での被告による価格影響性の反証について、本案段階での原告による損害因果関係の立証の同程度のものを求めるとしたら、被告の反証権は意味のないものとなる。すなわち、95%の信頼水準を要求するのでは意味がない。これに対し、原告が損害因果関係の立証ができないであろうことを被告が裁判所に説得することだけで、信頼の推定が反証されるのだとしたら、本判決は被告にとって意味がある。この場合には、価格影響性と実質的に同じ争点である損害因果関係を、クラス認可の段階で、被告に立証責任を負わせて行うことになる。
価格影響性の反証の程度は、下級審裁判例に委ねられた課題でしょう。
(3)不開示の場合とのバランス(略)
(4)価格影響性と重要性
重要性とは、合理的な投資家が投資判断にあたって当該表示を重要と考えたことを意味し、重要かどうかは、当時、利用可能な情報の総体を大きく変えるかどうかで判断されるます。情報が重要であれば市場価格に影響を与えるから、価格影響性と重要性の異同が問題となります。
本判決は価格影響性と重要性とは異なるとするが、判旨の掲げる価格影響性と重要性の相違は、性質の相違というよりも、クラス認可の段階で証拠が提出されているかどうかの相違にすぎず、理由づけがあまり説得的でありません。
Bebchuk & Ferrellは、価格影響性(詐欺的歪曲)と重要性は異なり、価格影響性の反証を認めることは重要性の要件の審理を先取りすることにはならないとして、次の例を挙げます。
鉱山設例
アメリカの鉱山会社がオーストラリアに金鉱を所有している。CEOが鉱山を訪れ、鉱山技師と会話をし、帰国後、「鉱山技師と会話をした。金鉱はとても良いと思う(feel great about the gold mine)」と発言した。株価は10%上昇した。後になって、当該金鉱で金を産出することが不可能であると判明した。原告は、CEOの虚偽発言と市場に対するインパクトを証明した。
→ クラスワイドな信頼は認められる。しかし、本案段階で、被告は表示の重要性を争う余地がある。なぜなら、事実の争点は、技師がCEOに話した内容はなにか、その内容(情報)は金鉱をどれだけ有望なものにするか、その情報はCEOの発言を導いたかといった点にあるから。市場に対する影響度と、表示が重要な点で誤解を生じるものを含んでいたかどうかは別問題である。
この例が価格影響性と重要性が異なることをうまく説明できているのかどうか、私には疑問に思われました。
3 クラス・アクションへの影響(略)
4 日本法への示唆(略)
字数制限のせいか、注が落ちてしまいました。興味のある方は、日本証券経済研究所のHPに掲載される金融商品取引法研究会の記録をご覧ください。
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