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書庫インサイダー取引

アメリカでインサイダー取引規制を本格化させたのは、テキサス・ガフル・サルファー事件です。

この事件では、鉱山会社が、採掘現場の周囲の土地を安く購入するために鉱脈が有望であることを隠していたところ、会社の役職員が自社株を購入した行為がインサイダー取引に当たるとしてSECによる差止め、利益の吐き出し等が判決により認められました(拙稿『アメリカ証券取引法(第2版)』160頁)。株の取引はインサイダー取引に当たりますが、インサイダー取引が行われていない限り、会社は情報を開示する必要はなく、周囲の土地を安く買うことが認められます。しかし、会社の役職員が情報を隠して株を買うことが「不公正」だとしたら、そもそも会社が情報を隠して周囲の土地を購入することは不公正でないと言いきれるでしょうか。

この相違は、取引者が相手方に開示義務を負う地位にあるか否かの違いから説明されています。土地の売買は対等当事者間の取引なので、一方が他方に情報開示義務を負うことは通常はありません。それに対して株の売買は、本件では、会社役員と売主である株主との間の取引なので、会社役員は会社=株主に対して信任義務(fiduciary duty)を負っており、信任義務が開示義務の根拠になると説明されています。日本では会社役員が信任義務を負う相手はあくまでも会社であって株主ではないと考えられているようですが、アメリカでも株主に対しても信任義務を負うと解されています。また、インサイダーの取引が売却取引で相手方が買主(これから株主になる者)である場合には、日本人の頭では、厳密には役員は買主に対して信任義務を負わないはずだと考えるかも知れませんが、アメリカでは、これから株主になる者も株主と同視できると考えられているようです。

私は、以上のようなアメリカの判例の採用する説明は形式論理に過ぎないと思っています。土地の取引と株の取引の実質的な相違は、第1回に述べたように、株の取引ないし証券市場では一般投資家の参入が不可欠であるため、とくに一般投資家の信頼を確保する必要がある点に求められるべきでしょう。

それでは、テキサス・ガルフ・サルファーの事例で、会社の役員が会社を代表して自社株を買い付けていたら、それはインサイダー取引でしょうか。アメリカでは発行会社自身もインサイダー取引の主体となると考えられており、インサイダー取引に当たるといえそうです。もっとも、会社自身は株主に対して信任義務を負っていませんから、情報開示義務がないともいえそうです。実質的に考えても、会社が努力して得た、鉱脈に関する情報を用いて会社が利益を得ることは、なんら問題はなく、株主に対する信任義務に沿った行動だといえるでしょう。もっとも、会社が新株を発行する局面で、会社の開示義務を説明するためにインサイダー取引の論理を用いた裁判例もあります。

日本では、発行者はインサイダー取引の主体とは想定されておらず、役員が会社を代表してインサイダー取引をした場合には、まず役員についてインサイダー取引の罪が成立し、場合によって会社が両罰規定の適用を受けることになります。したがって、情報源の取引であろうと、信任義務の違反がなかろうと、日本では発行者が情報を知って自社株を購入する行為は形式的に(役員の)インサイダー取引に該当します。ただし、発行者が自社の有価証券の取引の当事者になるときは、そのときに生じていたすべての未公開情報を開示しなければならないという考え方(完全開示原則)をとれば、自社株の購入時にインサイダー取引が成立するとすれば、それはすべて開示義務違反として捉えることができるでしょう。要するに、情報を開示しないで自社株買いをするのは違法であるとの結論は、まず疑いがないのですが、それが「インサイダー取引の論理」から出てくるのか、「完全開示原則」から導かれるのかという点は、議論を深める価値のある問題だと思います。

くろぬま
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