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平成18年改正前の証券取引法79条の56は、一般顧客が証券会社に対して有する、当該一般顧客の顧客資産に係る債権について、補償を行うと定めていました。この「顧客資産」とは、証券業に係る取引に関し、一般顧客の計算に属するか、または証券会社が預託を受けた金銭・有価証券をいいます(79条の20)。
破綻した証券会社が販売した社債がペーパーカンパニーを発行体とする実体のないものであったため、投資家が投資者保護基金に預託金相当額の補償を求めた事件において、架空の社債の販売が「証券業に係る取引」に該当するかどうかが、問題になりました。最判平成18年7月13日は、証券会社が、証券業に係る実体を有しないのに、同取引のように仮装して取引を行った場合には、相手方が、取引の際、仮装の事実を知っていたか、知らなかったことにつき重大な過失がある場合を除いて、当該取引は証券業に係る取引に該当するとして、投資者保護基金による支払いを命じました。
ところが、平成16年改正前の商品取引所法に基づく受託債務補償基金の支払いが求められたケースで、最判平成19年7月19日は、顧客が弁済を受けられる「委託により生じた債権」は、委託者資産の引渡請求債権を指し、商品取引員の債務不履行又不法行為に基づく委託者の損害賠償債権は、「委託により生じた債権」には該当しないと判示して、顧客の請求を棄却しました。
この2つの最高裁判決の関係はどのように理解したら良いのでしょうか。一つは、平成19年判決は、商品取引員が受けた委託本保証金を保全するために、商品取引員から商品取引所へ差し入れた受託業務保証金の払戻しに関するものであり、顧客資産の分別管理を前提として、その円滑な返還のために支払いを行う投資者保護基金とは制度の趣旨が異なると理解するものでしょう。もう一つの理解は、平成19年判決の結論と同じように、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求権は、「顧客資産に係る債権」に該当しないと解することも、平成18年判決と矛盾しないというものです(ただし、若干の限定は必要)。以下に、なぜそういえるかを説明しましょう。
投資者保護基金は顧客資産の分別管理を補完するものと位置づけられています(その当否はさておき)。証券取引で生じる不法行為債権の典型は、不当勧誘によるものでしょう。証券取引のために顧客から適法に資産を預かった後、不当勧誘のために顧客資産が減ったからといって、投資者保護基金は発動されないというのが、平成19年判決を証券取引法に引きなおした場合の法理の意味です。なぜなら、顧客資産の分別管理をしっかりとやっても、不当勧誘で顧客資産が減るのを防ぐことはできないからです。これに対し、証券会社が、証券取引を仮装して顧客から資産を預かる場合には、顧客は資産が分別管理されることを期待します。だから、実際に分別管理が行われないために顧客資産が返還されないときは、投資者保護基金が発動されてよいのです。
証券取引を仮装することが不法行為に該当することもありますから、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求権を「顧客資産に係る債権」から一切除外することは、正確ではありません。上で述べたことを平たく言えば、仮装された証券取引のために(不法行為によって)預けた資産が返ってこないときは基金から補償を受けることができるが、預けた資産が不法行為によって返ってこないときは基金から補償を受けることができないことになります。
もちろん、これが政策的に妥当な唯一の解ではありません。今日開かれた研究会におけるM先生のご報告では、アメリカでは、業務の通常の過程で受領した顧客資産が不正流用(misappropriation)や横領(conversion)のために失われたときはSIPCの保護の対象になるが、証券詐欺は保護の対象にならないということでした。これは、上に述べた解決と正反対の帰結を生むように思います。
なお、現行金融商品取引法では、「証券会社」は「金融商品取引業者」と、「証券業に係る取引」は「金融商品取引業に係る取引」と読み替えることになります(79条の56、79条の20)。さらに、ここでの金融商品取引業者は有価証券関連業を行う者に限定され、金融商品取引業とは有価証券関連業を意味します。ややこしいですね。
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最近、あるところで、「有価証券報告書の虚偽記載は消費者事件ではないから」と言われました。そこで、というのでもないのですが、投資者保護と消費者保護の相違について、初心に返って、もう一度考えてみたいと思います。
考える筋道はいろいろあると思いますが、ここでは、投資法制のいくつかの個別規定や法理を材料として、それが投資者保護的なものか、消費者保護的なものかを分析し、その作業を通じて両者を区別することに意味があるのかを考えてみたいと思います。
第1は、いわゆる説明義務です。判例は、証券会社と一般投資家との間に情報の格差があり、証券会社が顧客との取引で利益を得るという立場があることから、証券会社は顧客に対し、信義則上、取引の仕組みやリスク等について説明する義務を負うと解しています。金融商品販売法は、このような説明義務を販売業者に負わせ、説明義務違反に基づく損害賠償責任について、民法の特則を定めました。金融商品取引法は、契約締結前の書面交付という形式で金融商品取引業者に説明義務の履行を求めています。これらの説明義務は、業者と投資者の間の情報の格差を是正することを目的としているという点で消費者保護的な規制であるといえるでしょう。もっとも、説明義務の対象は、たとえば株式の売買取引であれば、その仕組みと株式に内在するリスクに限定されており、特定の銘柄の株式の価値を判断するのに必要な情報は説明の対象とされていません。これは、一定の有価証券についてはディスクロージャー制度(投資法制)によって情報提供が補われているから消費者保護法制で手当てをする必要がなかったということであり、説明義務の対象に投資判断資料が含まれていないことは消費者保護法制の限界を意味するものではない(「消費者保護の観点からは投資判断情報の提供義務を導けない」わけではない)と思います。このことは、冒頭の問いの答えになるかも知れません。
第2に、一定の金融商品については不招請勧誘・再勧誘が禁止され、また顧客にクーリングオフの権利が認められている。これは投資法制の中にある消費者保護的な規制であるといえます。
第3に、金融商品の勧誘に際して虚偽の事実を告げる行為や断定的判断を提供する行為が禁止されます。これらの勧誘規制は、同様の規定が消費者契約法や金融商品販売法にあることから分かるように、消費者保護的な特徴を有する規定です。しかし、それと同時に、これらの規制は、正確な情報に基づく投資判断を確保するという投資者保護上の役割も担っているといえるのではないでしょうか。
第4として、金融商品取引法には投資者の属性や投資目的に適合しない金融商品を勧誘してはならないという適合性の原則が定められており、判例も適合性の原則に著しく違反する勧誘行為が不法行為となる旨を明らかにしています。適合性の原則は、金融商品に適合しない顧客への勧誘を禁じるものですから、開示(説明)さえすれば売って良いという投資者保護の発想から一歩踏み出すものです。適合性の原則はあらゆる商品の販売・勧誘に妥当する原理ですから、今後、消費者法の分野においてもその展開が期待されるところです。適合性の原則は、投資者保護と消費者保護を架橋するものといえるのではないでしょうか。
以上から分かるように、投資法制において、投資者保護と消費者保護をことさら区別して、金融商品取引法は投資者保護に徹するべきであるとか、逆に、金融商品取引法の投資者保護は消費者保護に昇華されるべきであるといった議論は、妥当でないように思います。
以上は、消費者判例百選のコラムに書かせてもらった話なのですが、投資法制の体系の外に新たに消費者保護法制を設けるときに、投資法制の対象となっている取引を適用対象とすべきかは、また別の議論でしょうね。ただ、そうした問題についても、投資法制の中に消費者保護的な規制は違和感なく存在していることを想起すれば(違和感がないのは、そうした規制が投資法制の目的を害さないからと思われる)、単に消費者保護的な規制だから投資者には適用しないという発想にならないことだけは確かです。
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今年も仕事で、平成22年度(平成21年11月〜22年10月)の重要商事判例を選んでいます。以下が私が選んだ判例(なかには、前年度のものと次年度のものも含まれています)。一昨年の記事が残っていますが、比較すると、今年は少し小粒ですかね。◎は加点要素、△は減点要素
1.最判平成22年12月7日(個別株主通知:メディアエクスチェンジ事件)
◎振替株式になって生じた新しい論点。同じ会社の事件で東京高裁で判断が3つに分かれていたと思ったら、さすがに早く決着を付ける必要があったとみえて、最高裁判決が出た。
2.東京高判平成22年7月7日(株主総会決議により株主の地位を奪われた者の決議取消訴訟の原告適格:日本高速物流事件)
◎全部取得条項付種類株が認められるようになって出てきた新しい問題。
3.最判平成22年3月16日(退職慰労金の不支給)
◎最判だから。
4.最判平成21年11月27日(つなぎ融資をした銀行取締役の責任)
◎最判だから。 △ちょっと気の毒な話。
5.最判平成22年7月15日(経営判断の原則:アパマンショップ事件)
◎最判だから。 △事例判決
6.最判平成21年3月31日(代表訴訟の提訴請求)
◎判示事項が重要。 △判決は知っていたのだが、どこにも載っていないと聞いていたものだから発見が遅れ、補遺になってしまった。
7.東京高決平成22年7月7日(株式買取請求:TBS事件)
◎話題性。 △買取請求としては特殊かも知れない。テクモ事件と迷った。
8.最判平成22年10月22日(公開買付け:カネボウ事件)
◎実務界が胸を撫で下ろした判決。 △平成18年改正前の事件
9.最判平成21年7月16日(商品先物取引、説明義務)
◎大胆な判決。 △専門性が高い。これも採用が遅れて補遺になってしまった。
このほか、東京地判平成21年12月4日(みずほ誤発注事件)を取り上げようと思ったのですが、評釈してくれる適任者がいなくて諦めました。適任者が見つからない理由はおそらく2つあって、1つは・・・(ヒミツ)。もう1つは、論点が民商法にまたがり、商法だけみても、商行為法と証取法とが出てくるので、オールラウンドプレーヤーでなければ書けないから(民法学者と商法学者が一組で書けば理想なのだけれど)。早くに東京高判が出ることを期待して、某先生に予約を入れておくことにしよう。
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たまには個人的な話を書きましょう。
今年は私にとって、なかなか楽しい1年でした。もともと出不精なのですが、今年は1月に消費者庁の委託調査でワシントンに行き、8月には国際法協会の大会で(会員なので)ハーグに行きました。同じ8月には、中国証監会との研究会で敦煌にも行きました。アメリカは17年振り、ハーグは初めてでした(アムステルダムは大学2年のときにバックパッカーとして行ったことがあります)。敦厚ももちろん初めてです。
国内では、春と秋に北海道に行きましたが、北海道も、中学3年生のときに友人らと10日間、ユースホステルを利用した旅行(今思うとマセていましたね)をして以来の35年振りでした。今年は学会も当たり年で(報告が良く当たったという意味)、仲裁ADR学会、金融法学会、日本私法学会で報告しました。テーマはそれぞれ、金融ADR機関、格付業者の規制、エンフォースメントです。
審議会・研究会関係では、消費者庁・消費者委員会の集団的消費者被害救済制度研究会、環境省の排出量取引の法的課題に関する検討会に参加する機会がありました。後者はすでにセッションを終了していますが、どちらの研究会も、金商法と少し関連するテーマを扱っていて、大変勉強になりました。これからの研究分野の拡大につなげることができたらなと思っています。
年賀状に載せようと敦煌で撮った写真を加工していたら、割と素敵な絵ができました。こう見えても、私は大学では美術サークル(という名のサークル)で油絵を描いていたのです。ところが、私のプリンターは白黒レーザーなので綺麗に写りません。元の絵はこんなのだということを示すために、ここに貼り付けておきます・・・と思ったら、容量をオーバーしていましたので、こちらを参照してください。
最近撮ったほかの写真もあります。
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最近、証券取引法の制定以来50年以上の歴史のなかで、初めて、金融商品取引法192条の緊急差止命令が申立てられ、発せられました。証券取引等監視委員会が、平成22年11月17日に行ったD社およびD社代表取締役・取締役に対する差止命令の申立てが、同年11月26日に認められたのです。その後も、緊急差止命令の申立て・命令が続いています。裁判所による差止命令は、日本では時間がかかるので使われないのだと思っていましたが、そうでもないようです。
監視委員会の発表(たとえば、東証メールマガジンへの監視委員会の投稿No23「金融商品取引法第192条申立てについて」)などを参考にすると、次のような事情が分かります。
金融停止命令に違反した者には、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金またはこれらの併科が定められているが、法人に対する両罰規定が定められておらず、実効性を欠く状態になっていた。平成22年金商法改正により、両罰規定(207条1項3号、法人に対し3億円以下の罰金刑)が盛り込まれたので、監視委員会において、短期のうちに執行体制を整え、初適用となった。
今回のケースは、いわゆる未公開株の勧誘事例で、金融商品取引業の登録違反です。もちろん刑事訴追もできますが、刑事訴追に用いられる資源が限られているので、監視委員会のイニシアティブで刑事訴追に繋がる申立てが行われました。注目すべきことは、金融商品取引業の登録違反の刑事罰は、3年以下の懲役・300万円以下の罰金で(198条1号)、両罰規定も300万円以下の罰金です(207条1項6号)。それに対して、同じ行為を差し止めて、違反があれば(無登録営業をすれば)、法人を3億円以下の罰金刑に処すことができるようになったのです。これは、未公開株勧誘の利益を根こそぎ奪うような絶大な威力を発揮するでしょう。緊急差止命令が使われるようになったのは、両罰規定が設けられたからというよりも、その両罰規定が極めて重く、違反行為の抑止に効果があるからでしょう。たとえ、首謀者が別会社を設立して無登録勧誘を繰り返しても、首謀者が差止命令の対象となっている限り、当該別法人が両罰規定の対象になると解されます。
緊急停止命令は、刑事罰の付されていない法令の違反についても適用されます。そうだとすると、緊急差止命令を得ておけば、刑事罰の付されていない法令の違反を刑事罰で処断することができることになります。このような機能をどこまで発揮させて良いかについては、議論のあるところかも知れません。
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