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新年おめでとうございます。
 
わが家は今年は喪中だったので、喪中葉書を出していたのですが、7日過ぎから何通か「寒中見舞い」をいただきました。仕事関係もありますが、そうでないものもありました。寒中見舞いとは、年賀状を出し忘れて7日過ぎになってしまった場合に出すもの(ばかり)と思っていました。
 
前回のエントリーから1か月近くが経ってしまいましたが、なんとか挽回したいと思います。今回は前回に続いて、取引情報蓄積機関のような、まだ存在しない機関について、見たことのないような条文に出会った場合にどう解釈をひねり出すかという話の続きをします。
 
金商法156条の84(未施行)は、内閣総理大臣が、①取引情報蓄積機関の指定を取り消し、またはその取引情報蓄積機関業務の全部または一部の停止を命ずる場合、②取引情報蓄積業務の休廃止の認可をする場合、③弁済期にある債務の弁済が取引情報蓄積機関業務の継続に著しい支障を来たすこととなる事態または破産手続開始の原因となる事実が生ずるおそれがある場合、④天災その他の事由により取引情報蓄積業務の全部または一部を実施することが困難となった場合に、当該取引情報蓄積機関に対し、取引情報蓄積業務の全部または一部を他の取引情報蓄積機関に行わせることを命ずることができる旨を規定しています。
 
この条文の趣旨は立案担当者の解説にあります。それによると、取引情報蓄積機関が業務を継続できなくなると、金融商品取引業者等は取引情報の保存・報告義務を免除されているので、内閣総理大臣は必要な取引情報を取得できなくなるため、事前に取引情報蓄積業務を他の取引情報蓄積機関に移転させる必要があるからです。つまり、業務の移転は取引情報蓄積機関の顧客を保護することを目的とするものではなく、内閣総理大臣(金融庁長官に委任)が取引情報を取得できるようにすることを目的としているのです。
 
解説は以上で終わっているので、残りは自分で考えなくてはなりません。私が条文を読んで思いついたのは、本条1項4号の「天災その他の事由」とはなにかという問題と、業務の移転とはなにを移転するのか、その移転には顧客(金融商品取引業者等)の同意は必要かという問題です。
 
前者については、法156条の82第2項が、「天災その他のやむを得ない理由」と規定しているので、これと同じなのか違うのかが問題になりそうです。ところが法156条の82第2項は、やむを得ない理由があるときには、業務を休止するのに認可は要らないとする規定です。そうだとすると、「その他の事由」は「やむを得ない理由」に限られるのではなく、あらゆる事由が含まれると解すべきでしょう。なぜなら、そう解しないと、取引情報蓄積機関が何の理由もなく業務を休廃止した場合に内閣総理大臣が業務移転命令を発することができなくなってしまうからです。
 
後者については、本条の業務の移転命令は、移転元の取引情報蓄積機関を名宛人としており、顧客(金融商品取引業者等)がすでに移転元に提供した取引情報を内閣総理大臣が取得するために発せられます。そうだとすると、取引情報蓄積業務の移転とは、顧客との契約関係の移管を意味するのではなく、顧客がすでに提供した情報の移転を意味すると考えられます。したがって、情報の移転に顧客の同意を要するか否かは、移転元と顧客との間の取引情報収集契約によって定まることになるでしょう。もっとも、顧客の同意を不要としなければこの制度(内閣総理大臣が情報を取得する制度)はうまく働かないので、法の趣旨からすると、取引情報収集契約上、情報の移転に顧客の同意をようしないと定めておくべきだと言えるでしょう。また、命令の名宛人は移転元であることから、移転先の取引情報蓄積機関は移転命令に直接に拘束されるものではなく、移転元と移転先との契約によって、情報の移転が決せられます。
 
顧客がまだ取引情報蓄積機関に提供していない取引情報については、移転元の業務停止以後は、顧客は移転元の取引情報蓄積機関に情報を提供しても義務を果たしたことにならないので、新たな提供先(それは移転先でもそれ以外の取引情報蓄積機関でもよい)を自ら探さなければなりません(この部分は、法156条の84に直接規定されているわけではありません)。

取引情報蓄積機関

商事法務から刊行している「金融商品取引法コンメンタール」第3巻で、編者の責任として、新たしく加わった条文のコンメンタールを書いています。どうやって執筆するか、その一端を紹介しましょう。
 
平成22年改正で新設された156条の70は、「取引情報蓄積機関でない者は、その名称又は商号中に、取引情報蓄積機関と誤認されるおそれのある文字を用いてはならない。」と定めています。このときの改正のほとんど唯一の資料は立案担当者の解説書ですが、そこでは、「取引情報蓄積機関でない者が、商号中に、指定を受けた取引情報蓄積機関と誤認されるおそれのある文字を使用することを禁止する旨を定めている。」とのみ書かれています。
 
さて、これだけの材料から何が書けるでしょうか。私が一番知りたいのは、どんな文字が本条で禁止される文字かということです。その答えを見付けるにはどうしたらよいでしょうか。
 
まず、取引情報蓄積機関とは何かから出発するのが良いでしょう。詳しい説明は省きますが、取引情報蓄積機関とは海外ではTrade Repositoryと呼ばれ、店頭デリバティブ取引などの情報を収集して保存するサービスを金融機関に提供しているようです。日本にはまだありません。つまり、日本では実態がないのです。平成22年改正は、清算集中の対象とする店頭デリバティブ取引については金融商品取引清算機関に取引情報の保存と内閣総理大臣への報告を求め、清算集中の対象としない一定の店頭デリバティブ取引については、金融商品取引業者等(金融商品取引業者と登録金融機関)に情報の保存と報告を義務づけ、指定を受けた取引情報蓄積機関に情報を提供した場合には、金融商品取引業者等の保存・報告義務を免除することにしました。つまり、取引情報蓄積機関の指定とは、登録制度とは異なり、指定を受けなければ一定の行為を業として行ってはならないのではなく、指定の有無に拘わらず、取引情報の保存業務をすることができるが、指定がないと金融商品取引業者等は保存・報告義務を免除されないという仕組なのです。そうだとすると、取引情報の収集・保存サービスを行う業者と誤認される文字を商号・名称に用いることは何ら問題とされることではありません。法が誤認される文字の使用を禁止するのは、指定を受けた取引情報蓄積機関と誤認するのを避けるためなのです。ただ、金商法は、指定を受けた者を取引情報蓄積機関と定義しているので、条文では指定取引情報蓄積機関とは書いていないのです。
 
以上の検討作業を基にして考えると、店頭デリバティブ取引の取引情報収集サービスの一般的な名称がTrade Repositoryだとかトレード・レポジタリーだとすると、取引情報蓄積機関(指定を受けた者)以外の者がTrade Repositoryとか、TRといった文字を商号・名称に用いることは禁止されないはずです。指定を受けたという誤認はそこから生じないからです。禁止されるのは、指定トレード・レポジタリーとか認可TRといった文字でしょう。
 
それでは取引情報蓄積機関という8文字の組み合わせはどうでしょうか。この語が取引情報収集サービスの一般名称であるならば、指定を受けない者も使用を禁止されないでしょう。しかし、日本にはそういったサービスを行う者はこれまでおらず、したがってそのサービスを指し示す日本語もありません。この語は金商法による造語であり、指定を受けた取引情報サービス業者の名称として選ばれた語なのです。そうだとすると、取引情報蓄積機関という8文字全部をこの順で含む商号・名称は、すくなくとも、取引情報蓄積機関と誤認されるおそれのある文字だといえるでしょう。
 
コンメンタールではこういったことを書くのです。つまらないことを考えると思われるかも知れませんが、私は嫌いではありません。こういう作業をしていると、取引情報蓄積機関(指定を受けた者)と誤認されるのを防ぐ必要が本当にあるのだろうかという疑問も湧いてきます。同じような文字使用の禁止規定は、指定紛争解決機関や認定投資者保護団体についても設けられています。指定紛争解決機関も認定投資者保護団体も顧客は一般投資家ですから、一般投資家を保護するために、指定・認定を受けていない者が受けていると誤認されるのを防ぐ必要があります。それに対し取引情報蓄積機関の顧客は一定の店頭デリバティブ取引を行っている金融商品取引業者等です。そういった専門金融機関が自分の大事な情報を扱う取引情報蓄積機関が指定を受けたものかどうか確かめないなんてありうるでしょうか。これは立法論ですから、コンメンタールではおまけですね。
ライツ・オファリングにコミットメントを与えた元引受証券会社は、有価証券届出書の虚偽記載について、募集または売出しに応じて有価証券を取得した者に対して責任を負います(21条1項4号)。
 
今回の改正では、流通市場における新株予約権の取得時や新株予約権の行使時には「募集はない」という従来の解釈を維持しました。そうだとすると、流通市場で新株予約権を取得した者や(株主以外の)新株予約権取得者が権利を行使して株式を取得する際には、「募集に応じた有価証券の取得」はないことになりそうです。いや、ライツ・オファリングでは株式発行による資金調達が行われているのだから、株式の取得は募集に応じた取得ではないかという人がいるかも知れません。そのような解釈が望ましいことは認めますが、もし、株式の取得が募集に応じた取得であれば、発行者は株式について有価証券届出書を提出し、目論見書を交付しなければなりません。しかし、そうは考えられておらず、また、この目論見書の交付義務があることを前提としてその免除を議論するということもありませんでしたので、解釈論としては難しいのではないかと思います。有価証券届出書に虚偽記載があれば、流通市場で新株予約権を取得した者は、新株予約権の価格が嵩上げされていた分だけ損害を被っていますから、金商法22条により関係者の責任を追及することができますが、その関係者には元引受証券会社は含まれていないのです。
 
これに対し、新株予約権の無償割当を受けた株主は、今回の改正の整理では、「募集に応じて新株予約権を取得した者」に当たります。問題は、21条1項の要件である「虚偽記載により生じた損害」を被っているかどうかです。株主は新株予約権を無償で取得しているので、損害はないように思われるからです。次の例で考えてみましょう。
 
株価が1000円のときに、行使価額500円の新株予約権を1対1の割合(株式1株に対し新株1株取得できる新株予約権を与える)で株主に無償割当したとします。予約権が行使されると、1株当たり500円の払込みがなされ株式数が倍になりますから、株価はそれを予想して750円に下落すると考えられます。既存の株主は500円払って750円の価値のものを手に入れることにより、既存の株式の価値が1000円から750円に下落する損失を補うことになります。金利等を無視して単純に考えると、新株予約権の市場価格は250円になるはずです。
 
新株予約権が行使された後に虚偽記載が発覚して、株価が750円から400円に下落したとします。株主は2株分700円((750−400)×2)の損害を関係者に請求できるでしょうか。この虚偽記載は株主が株式を取得した後にされたとします(そうでない場合は、虚偽記載により吊り上げられた価格で株式を購入したことを理由に、株主は損害賠償の請求ができるでしょう)。したがって、虚偽記載により一時的に吊り上げられていた株価が元に戻っただけであり、株主としては虚偽記載による損害を被っていないと考えられます。
 
もっとも、もし虚偽記載が新株予約権の行使前に発覚していれば、株価は500円以下に下落するので、株主は新株予約権を行使することもなかったはずなので、500円払って400円の株を取得したことにより、少なくとも100円の損害を被っているのではないかとも考えられます。しかし、この疑問は、もし新株予約権の行使前に虚偽記載が発覚していたら株価はいくらになっていたかを考えると解消されます。新株予約権が行使された後の段階で400円の株価下落が生じた場合、その下落の原因は新株予約権の行使前から存在していたはずなので、予約権行使前であっても株主は700円の損害を受けていたはずです。言い換えると、ライツ・オファリング前の1株の真の価値は、1000円−700円=300円だったはずです。したがって、株主は虚偽記載がされていたために新株予約権を行使したから損害をを被ったはいえないのです。正確に言うと、虚偽記載と新株予約権の行使との間には因果関係があるが、新株予約権行使と損害との間に因果関係がないので、結局、虚偽記載と損害との間に因果関係が認められないことになります。それでは、払って損をした100円はどこに行ったのかというと、既存の株式の価値を300円から400円に引き上げているのです。払った分は自分に返ってきているわけです。(大証の研究会の第2回目の報告では、株主が共通に被る損害を会社に請求できるかという論点と、因果関係の問題を混同した発言をしてしまいましたが、この問題は因果関係の問題なので上のように考えるのが筋道であると思っています)。
 
他の者が予約権を行使し、自分だけ行使せずに市場で売却していれば損害を受けることもなかったから因果関係があると株主はいうかも知れません。しかし、自分だけ真実を教えてもらえれば損失を回避できたというのは、虚偽記載に基づく損害賠償の局面では通用しない議論です。株主としては、真実が開示されていれば新株予約権を市場で売却し、損失を回避できたと主張するかも知れませんが、真実が開示されると新株予約権の市場価格は250円からゼロに下落しますから、自分だけ損害を回避できたなどとはいえないでしょう。
 
以上のように考えると、せっかくコミットメントを行う証券会社を元引受証券会社と位置づけたのに、21条1項4号は使えないということになりそうです。私はそれが望ましいとは考えていないので、なんとか解釈の余地はないかと今でも模索しています。一つ思いついたのは、株価を押し下げるような虚偽記載がなされていた場合であって、株主が割り当てられた新株予約権を市場で売却したときには、21条1項4号が適用されそうだということです。株主は、募集に応じて新株予約権を取得し、安値で売却したときに虚偽記載と因果関係のある損害を被っているからです。しかし、この場合は、流通市場の取引で損害を受けているので、本来は21条が適用されるべき事例ではありません。なんとも皮肉な結果ですね。
 
 
 
 
今年の10月と11月に、大阪証券取引所の金融商品取引法研究会で2回にわたってライツ・オファリングについて報告しました。ライツ・オファリングとは、株主に対し新株予約権を無償割当てし、株主や新株予約権の取得者が払い込みを行うことで株式を発行するタイプの資金調達をいい、証券会社等が売れ残りの新株予約権を取得して行使することを約束するコミットメント型と、証券会社等が関与しないノンコミットメント型とが想定されています。
 
ライツ・オファリングに係る金商法の改正について私は開示WGの座長として関与したのですが、そこでは、ライツ・オファリングのコミットメントを行う証券会社を引受証券会社として規制の対象とすることに意を用いました。ライツ・オファリングによる資金調達が健全に発展するには、証券会社に資金調達の是非やその条件を審査してもらい、審査内容に責任を持ってもらうことが必要だと考えたからです。この点は、コミットメント行為を引受けと位置づけることで実現しました。他方、株主全員に対する目論見書の交付を求めていてはライツ・オファリングは実現しないという実務からの要請を受け入れて、ライツ・オファリングについて一定の新聞公告を条件に目論見書の交付義務を免除しました。私個人としては、新株予約権を無償割当てされる株主は投資判断に直面していないので、新株予約権の無償割当段階での目論見書交付は不要である、新株予約権の行使段階の株主、新株予約権を取得しようとしている投資者、取得した新株予約権を行使しようとしている投資者は投資判断に直面しており、目論見書を必要としている、予約権の取得・行使段階での一律の目論見書交付が実務的に無理であれば、請求者に対して目論見書を交付する制度にしたら良いのではないかと考えていましたが(そのニュアンスは、公表されている議事録をご覧いただけると分かります)、①やはり実務的に難しいということ、②流通段階に入った新株予約権の取得者に目論見書を交付することは現行金商法からは求められないこと、③そうすると株主とそれ以外の新株予約権行使者とで扱いが異なって良いのかといった問題もあり、結局、流通・行使段階での目論見交付は見送られました。
 
大証の研究会の報告準備の段階で、元引受証券会社の民事責任(金商法21条1項4号)を検討していると、民事責任を負わせることにより、引受審査の充実を図るという改正法の趣旨(あるいは、少なくとも私が意図していたことがら)は、あまり実現していないのではないかということに気づきました。ここでは、その点を論じてみたいと思います(大証での報告は他の論点にも言及しており、その議事録はいずれ公表されますので、興味のある方はそちらもご覧下さい。なお、今回と次回の記事の内容は論文として発表する可能性があります)。
 
ライツ・オファリングに際してコミットメントを行う証券会社のうち発行者との間でコミットメントをする者は、元引受証券会社として金商法21条1項4号に、①有価証券届出書に重要な虚偽記載があった場合に、②当該有価証券を募集または売出しに応じて取得した者に対して、③虚偽記載により生じた損害を賠償する責任を負います。まず①については、元々、元引受証券会社は、(a)有価証券届出書の虚偽記載のうち財務書類に係るものについては虚偽記載を知らなかったことを証明すれば責任を免れ、(b)財務書類に係るもの以外については、相当な注意を用いたにもかかわらず虚偽記載を知ることが出来なかったことを証明した場合に限って責任を免れることになっています(金商21条2項3号)。学説は、この結論はおかしいと考え、元引受証券会社は金商法17条の目論見書の使用者として「相当の注意」を尽くす必要があるとか、目論見書の使用者に過ぎない一般の証券会社でさえ調査義務を負担するのに、元引受証券会社が注意義務を負わないとする解釈は論理的に不条理であるなどと主張していました。後者の見解が、解釈論として注意義務を負うとするものか否かは明らかでありませんが、もし解釈論としてそのような結論をとるのだとすると、それは「勿論解釈」だと思われます。
 
それでは、ライツ・オファリングにコミットメントを行う証券会社は、財務書類に係る虚偽記載、たとえば有価証券届出書が参照する有価証券報告書中の財務諸表の虚偽記載について、善意であれば免責されるのでしょうか。それとも、相当な注意を尽くしても知りえなかったと証明しないと免責されるないでしょうか。
 
今回の金商法の改正により、ライツ・オファリングでは目論見書は交付も作成もされなくなりました。そうすると、元引受証券会社が目論見書の使用者として相当の注意を尽くす義務があるとは言えなくなりました。また、誰も目論見書を使用しないのに、目論見書の使用者との比較から元引受証券会社の責任を導くことができるのかという疑問が生じてきます。
 
17条と21条の免責要件に齟齬があるという問題は、最終的には立法によって解決されるべきですが、その解決は難しそうであり、当面は解釈論で対応しなければなりません。私は研究会の報告で次のように言いました。コミットメントを与える証券会社に引受証券会社としての義務と責任を与えるのが望ましいという立法態度、および目論見書の使用者の責任は議論されていたが、届出書の虚偽記載に基づく責任への影響は考慮されていなかったという立法経緯に照らすと、目論見書の作成・使用がないという事実は決定的ではなく、仮に目論見書が使用された場合との比較からする勿論解釈により、コミットメントを行う元引受証券会社は財務書類についても「相当の注意」を尽くす義務を負うと解すべきである。
 
この解釈が解釈論として成り立つかどうかは分かりません。何かよいアイディアはないかと今でも考えています。次回は、より重要な、上記②③の問題を扱います。
(つづき)
最高裁の多数意見が、「虚偽記載なければ取得なし」といえる場合の損害賠償額は、取得価額と処分価額の差額を基礎として算定すべきであるとしつつ、虚偽記載に起因しない市場価額の下落分をこの差額から控除すべきだとしたのは何故でしょうか。
 
寺田裁判官の意見はこの点について次のように論じています(以下、筆者の文責による一部の要約です)。
 
多数意見は、資金が投資されている間のリスクを投資者がすべて免れてそのまま投資時の原状で回復されるべきこととするストレートな結論をとることへの違和感からくるものであろう。しかし、「虚偽記載がなければ投資者が株式を取得することはなかった」という前提と矛盾なく理解できる範疇の損失についてのみ、控除することを認めるべきである。そのような損失とは、(ア)投資者として、当該株式を保有していた期間中、仮にこれを取得することがなかったとしても受けたであろう損失、(イ)虚偽記載の公表後も投資者が漫然と株式を保有し続けた結果生じた損失である。投資者が恒常的に市場で株式投資をしている投資家であることが認められるのであれば、虚偽記載のある株式への投資をしていなくてもその資金はそれ以外の株式を保有することに用いられていたに違いないから、市場における株式一般の価額下落による損失を被っていたはずであるといえるのであって、そのような証明ができるのであれば、その分については相当因果関係を否定されても不当とはいえない。
 
これに対し、会社の業績不振による株式価値の下落など当該株式に特有の価値下落による損失を相当因果関係なしとして損害額から控除することには無理がある。投資者が当該株式を取得することはなかったとの前提をとって株式取得のために出えんした額を損害額の基本に据えながら、その株式に特有の下落分をそこから控除するのでは筋が通らない。多数意見は、この下落分につき相当因果関係を否定するのに、当該株式を取得した以上はその価額が変動することは当然想定すべきであると説くが、それは会社側の不法行為がなければ当該株式を取得することはなかったとされる立場の投資者にとっては受け入れ難い立論である。
 
私は寺田裁判官の意見に共感を覚えます。私流に言えば、多数意見は現実路線をとったのであろうが、虚偽記載がなければ取得しなかったという前提を取りつつ、取得後の株価の変動を原告に負わせるのは論理的に矛盾しているのです。寺田裁判官が挙げる控除理由も説得力があります。ただ、(ア)はインデックス運用をしている機関投資家には当てはまりやすいですが、個人投資家の場合の証明が成立するかは相当疑問でしょう。(イ)は、たとえば虚偽記載の発覚後、1年間、当該株式を持ち続けていたら会社の業績の悪化によってさらに株価が下落した場合、後の下落は虚偽記載と因果関係がないというものです。そうだとすると、取得自体損害(原状回復方式)の損害額の算定は、「取得価額と虚偽記載の公表後一定期間後の市場価額との差額」を基準にすることも考えられます。ただし、この考えをとるときは、1年後に業績が回復した場合にも、同じ基準をとる必要がありそうです(そうでない考え方では、株価が回復した場合、原告は、取得自体損害の賠償を請求する限り、株価上昇分が損害額から差し引かれることになります)。
 
田原裁判官の補足意見は、寺田裁判官の批判に答えて多数意見を擁護するものです(以下は、筆者の文責による一部の要約です)。
 
上告人らの主位的請求の論理をそのまま貫くと、本件虚偽記載公表までに、市場で本件株式を全部処分して損失を被った者も、本件虚偽記載がなければ本件株式を取得しなかった以上、その損失相当額を損害として主張できることとなる。また、仮に一部の上告人らが、市場で取得した本件株式の一部を本件虚偽記載公表までに市場で売却して売却損を被り、あるいは売却益を得ていた場合には、その売却損相当額も、本件虚偽記載公表後に処分したことに伴う損害に付加して請求することができ、他方売却益相当額については損益相殺すべきことになる。
 
しかし、かかる結論が導かれることについては、大方の理解を得ることは困難であろう。多数意見は、主位的主張の論理を貫くことによる上記の不都合を是正する法律的説明として、相当因果関係の法理によったものと理解することができる。
 
田原裁判官の補足意見は、多数意見は損害額が莫大になることを恐れたのではなく、取得自体損害説の不都合を是正するものだという訳です。そこで田原裁判官の補足意見が当たっているかどうかは、上記の例が「大方の理解を得ることが困難な不都合」といえるかどうかによって決まります。私は上記の例の解決が不都合だとは考えていません。
 
虚偽記載公表前に株式を売却した者も、当該株式を取得しなければその後の値下がりによる損失を被ることはなかったのですから、「虚偽記載なければ取得なし」といえる場合にはその損害の賠償を請求することができると考えられます。この理は、投資者が、証券会社の従業員の説明義務違反を理由として、不法行為に基づいて証券会社に損害賠償を請求する場合に、「説明義務違反なければ取得なし」といえる限り、説明義務違反と無関係に生じた株価の値下がり分を含めて賠償を受けることができることに照らしても明らかです。同様に、原告が「虚偽記載なければ取得なし」を理由に取得自体損害の賠償を請求している場合には、理論的には、原告が一部の株式を虚偽記載の公表前に売却し、損失を受けていた場合には当該損失も損害賠償の対象になり、反対に利益を受けていた場合には、売却益相当額は損益相殺の対象にしてよいと思います。したがって、これらの結論が不都合とは言えない以上、取得自体損害説の論理を貫いてよいと思うのです。
 
ただし、本件に取得自体損害説をストレートに適用すると、西武鉄道は、上場以来、同社株式を購入して損失を被った者すべてに対して損害賠償責任を負うことになり、大変なことになることもよく理解は出来ます。歯切れが悪いですが、この問題はもう少し考えてみることにします。
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