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拙著『証券市場の機能と不公正取引の禁止』に収めた論文に「損失補填の禁止」があります。
これは、私の師匠の師匠に当たる鴻先生の古希記念論文集に寄せたものでした。
損失補填は平成3年の証券取引法改正によって罰則を以って禁止されました。この時の改正は、当時の証券取引審議会の議論を経ていません。この一事を見ても、ある種の熱狂のなかで行われた改正だと分かります。最近では、立会い外取引を公開買付けの3分の1ルールの適用対象にした平成17年の証取法改正が、同じく金融審議会の議論を経ていない改正です。ライブドアが立会い外取引でニッポン放送株を取得した事件を契機として、緊急に改正が行われたのです。当時、金融審議会の第一部会は開催されていましたが、この改正は審議事項ではなく報告事項として取り上げられていました(一部の委員は賛成の意見を述べていましたけれど)。
拙稿「損失補填の禁止」の主旨は、簡単にいうと、「損失補填は悪くない」というものです。当時、この主張は少し話題になりました。損失補填に対する当時の社会的な非難は、自己責任の原則に反するという点と、一部の大口投資家に対してのみ損失補填をした点に向けられていました。しかし、この二つの非難をとってみても、互いに矛盾するものなのです。もし、損失補填が自己責任の原則に反するから「悪いことだ」というのであれば、大口投資家だけ優遇されるのはおかしいから自分も優遇せよというのは、おかしなことではないでしょうか。総会屋に対する利益供与は「悪いこと」ですから、一般株主は会社に対して「自分にも利益を供与してくれなければ不公平だ」とはいえないはずです。
そこで、損失補填の禁止に当たっては、損失補填は市場機能を害するというもっともらしい理屈が考えられました。それ以来、この理屈は、損失補填が市場機能を害する反社会的行為であるならば、法律によって禁止される以前から、公序良俗に反していたはずだという形で一人歩きを始めます。論文でも論じたように、私は、損失補填が「本質的に不公正な取引」であるとはいえないと思っています。なぜなら、損失補填と言う行為自体のなかには、大口投資家と一般投資家とを不公平に扱うという要素は含まれていないからです。しかし、一般投資家が「損失補填は不公正だ」と感じるのであれば、その不公正感を除去するために法で損失補填を禁止することもやむを得ないとも思っています。一般投資家が不公正に扱われると感じる以上、損失補填が禁止されなければ一般投資家は市場に寄り付かず、「困る」からです。同じようなことは、インサイダー取引の禁止などにも当てはまり、案外、金融商品取引法上の不公正取引の基礎となる考え方なのかも知れません。
なお、当時、損失補填は怪しからんという意見の代表は、専修大学におられた上村達男教授でした。その後、上村教授が早稲田に移られたとき、「ああ、これで私が早稲田から呼ばれることはないな」と思ったものです。その私が早稲田に移ったのは、説を変えたからでも、上村先生に丸め込まれたわけでもありません。自分と反対の論陣を張っている研究者であっても認めるという度量の広さに感銘したといえば、近いかも知れません。
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