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金融商品取引法167条が規制対象とする公開買付け・買集めの実施または中止に関する事実とは、公開買付者等(法人にあってはその業務執行決定機関)が、公開買付け・買集めを行うことについての決定をしたこと、またはいったん決定して公表された公開買付け・買集めを行わないことを決定したことをいいます(167条2項)。
この公開買付け等事実については、実は分からないことが多いのです。
公開買付けを実施する決定をしたが、公開買付届出書を提出するよりも前にこれを中止した場合には、実施決定を知った者は対象会社の株式を買うことができるでしょうか。この場合、買付者はそもそも実施の決定を公表していないので、買付者が中止決定をわざわざ公表することは期待できないでしょう。そうすると、実施決定を知った公開買付者等関係者(会社関係者に相当するインサイダー)は、永遠に対象会社の株式の買付けを禁止されることになってしまいます。この結論は明らかに不当です。したがって、解釈論としては、実施されないことが確定的になった場合には、もはや実施決定は存在しないと解さなければなりません。その解釈は、実施決定に該当するか否かについて実現可能性を考慮することに等しいのです。
すでに開始された公開買付けの買付価格を引上げる決定は、実施決定に当たるでしょうか。公開買付け等事実は「行うことについての決定」としているため、買付価格の引き上げはこの文言に該当しそうにありません。また、すでに公開買付けを行うことの決定が公表されているわけですから、ほかに行うことについての決定があろうはずがないとも思えます。
しかし、たとえば市場価格よりも低い価格で公開買付けが開始された後に(一般投資家の応募を排除するために、低価での公開買付け〔ディスカウント買付け〕を行う例があります)、買付け価格を市場価格の3割増しに引上げる決定をすれば、その決定は、投資者の投資判断に影響を与え、株価を上昇させると考えられます。インサイダー取引を禁止するためには、買付け価格の引き上げも実施決定に含めて解すべきですが、うまい解釈論はあるでしょうか。
5%以上の買集め決定はインサイダー取引の規制対象です。これも決定である以上、5%以上を買い集めることが本当にできるのかという実現可能性を考慮して公開買付け等事実への該当性を判断すべきであると思います。さもないと、AがBに「俺は甲株を34%買い集めることにした」と話すだけで、Bは甲株を買うことができなくなってしまうからです。もっとも、Aがお金持ちで甲株を買い集める十分な資金を持っていた場合には、この買集め決定は公開買付け等事実に当たることになります。
それでは、買集め決定の裏づけとなる資金は、この事例で34%を取得するに足りるものである必要があるでしょうか、それとも5%を買い付けるのに足りるものであれば十分でしょうか。村上ファンド事件東京地裁判決は、この点について、構成要件は5%以上の買集め決定であるから、5%買えればよいと判示しました。
しかし、この判示は、実現可能性は構成要件によって決まるのではなく、決定した事実そのものによって決まることを見過ごしています。たとえ5%を買い付ける手元資金を有している者であっても、34%取得するのでなければ甲株を買う意味がないと考えていた場合には、34%を取得できるだけの資金がなければ買集めを開始しないでしょう。Aが決定した事実はあくまでも34%の取得であって、5%の取得ではないですし(それを構成要件に当て嵌めると、5%以上の買集め決定となるに過ぎません)、手元資金がある限りいくらでも買うという事実でもないのです。
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