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ある研究会で商品先物取引の判例を評釈してきました。対象判例は、最判平成21・12・18判時2072号ですが、最判平成21・7・16民集63巻6号1280頁がより重要なので、一緒に取り上げます。これらの判例は、商品取引員(現在は商品先物取引業者といいます)は、委託者に対し、差玉向かいを行っていることとそれが委託者との間に利益相反関係が生ずる可能性が高いものであることを説明する義務を負う(これに違反したときは不法行為責任を負う)とするものです。
商品先物取引の用語は難しいので正確な理解が出来ているか自信がないのですが、差玉向かいとは、特定の商品、特定の限月の先物取引について、それぞれ委託玉(商品取引員が顧客からの委託により、顧客の計算でする取引)と自己玉(商品取引員が自己の計算でする取引)とを通算した「売りの取組高」と「買いの取組高」が均衡するよう自己玉を建てることを繰り返す取引手法をいいます。もともと、差玉向かいは板寄せ仕法で取引が行われるときに用いられる慣行のことをいい、最判平成21・7・16のケースがそうでした。最判平成21・12・18では、ザラバ仕法による取引における同様の手法が問題となっているため、同判決はこれを本件取引手法と呼んでいますが、ここでは差玉向かいと呼ぶことにします。板寄せ仕法とは何か、ザラバ仕法とは何かについては、これらの判例の評釈を参考にして下さい。
差玉向かいを行っている商品取引員に説明義務が生ずる根拠として、2つの判例は、差玉向かいを行っている場合に取引が決済されると、ある商品取引員にとって、委託者全体に利益が出るときは商品取引員に損失が生じ、委託者全体に損失が生じるときは商品取引員に利益が出る関係にあるから、委託者全体が損をするように、商品取引員において、故意に、委託者に対し、投資判断を誤らせるような不適切な情報を提供する危険が内在するといいます。つまり、商品取引員が差玉向かいを行っていることは、商品取引員が提供する情報一般の信用性に対する委託者の評価を低下させる可能性が高いから、委託契約上(最判平成21・7・16)または信義則上(最判平成21・12・18)、商品取引員に説明義務が生じるとしたのです。
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今年も仕事で、平成22年度(平成21年11月〜22年10月)の重要商事判例を選んでいます。以下が私が選んだ判例(なかには、前年度のものと次年度のものも含まれています)。一昨年の記事が残っていますが、比較すると、今年は少し小粒ですかね。◎は加点要素、△は減点要素
1.最判平成22年12月7日(個別株主通知:メディアエクスチェンジ事件)
◎振替株式になって生じた新しい論点。同じ会社の事件で東京高裁で判断が3つに分かれていたと思ったら、さすがに早く決着を付ける必要があったとみえて、最高裁判決が出た。
2.東京高判平成22年7月7日(株主総会決議により株主の地位を奪われた者の決議取消訴訟の原告適格:日本高速物流事件)
◎全部取得条項付種類株が認められるようになって出てきた新しい問題。
3.最判平成22年3月16日(退職慰労金の不支給)
◎最判だから。
4.最判平成21年11月27日(つなぎ融資をした銀行取締役の責任)
◎最判だから。 △ちょっと気の毒な話。
5.最判平成22年7月15日(経営判断の原則:アパマンショップ事件)
◎最判だから。 △事例判決
6.最判平成21年3月31日(代表訴訟の提訴請求)
◎判示事項が重要。 △判決は知っていたのだが、どこにも載っていないと聞いていたものだから発見が遅れ、補遺になってしまった。
7.東京高決平成22年7月7日(株式買取請求:TBS事件)
◎話題性。 △買取請求としては特殊かも知れない。テクモ事件と迷った。
8.最判平成22年10月22日(公開買付け:カネボウ事件)
◎実務界が胸を撫で下ろした判決。 △平成18年改正前の事件
9.最判平成21年7月16日(商品先物取引、説明義務)
◎大胆な判決。 △専門性が高い。これも採用が遅れて補遺になってしまった。
このほか、東京地判平成21年12月4日(みずほ誤発注事件)を取り上げようと思ったのですが、評釈してくれる適任者がいなくて諦めました。適任者が見つからない理由はおそらく2つあって、1つは・・・(ヒミツ)。もう1つは、論点が民商法にまたがり、商法だけみても、商行為法と証取法とが出てくるので、オールラウンドプレーヤーでなければ書けないから(民法学者と商法学者が一組で書けば理想なのだけれど)。早くに東京高判が出ることを期待して、某先生に予約を入れておくことにしよう。
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たまには個人的な話を書きましょう。
今年は私にとって、なかなか楽しい1年でした。もともと出不精なのですが、今年は1月に消費者庁の委託調査でワシントンに行き、8月には国際法協会の大会で(会員なので)ハーグに行きました。同じ8月には、中国証監会との研究会で敦煌にも行きました。アメリカは17年振り、ハーグは初めてでした(アムステルダムは大学2年のときにバックパッカーとして行ったことがあります)。敦厚ももちろん初めてです。
国内では、春と秋に北海道に行きましたが、北海道も、中学3年生のときに友人らと10日間、ユースホステルを利用した旅行(今思うとマセていましたね)をして以来の35年振りでした。今年は学会も当たり年で(報告が良く当たったという意味)、仲裁ADR学会、金融法学会、日本私法学会で報告しました。テーマはそれぞれ、金融ADR機関、格付業者の規制、エンフォースメントです。
審議会・研究会関係では、消費者庁・消費者委員会の集団的消費者被害救済制度研究会、環境省の排出量取引の法的課題に関する検討会に参加する機会がありました。後者はすでにセッションを終了していますが、どちらの研究会も、金商法と少し関連するテーマを扱っていて、大変勉強になりました。これからの研究分野の拡大につなげることができたらなと思っています。
年賀状に載せようと敦煌で撮った写真を加工していたら、割と素敵な絵ができました。こう見えても、私は大学では美術サークル(という名のサークル)で油絵を描いていたのです。ところが、私のプリンターは白黒レーザーなので綺麗に写りません。元の絵はこんなのだということを示すために、ここに貼り付けておきます・・・と思ったら、容量をオーバーしていましたので、こちらを参照してください。
最近撮ったほかの写真もあります。
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ILAハーグ大会の二日目(私にとっての)は、午前中に国際証券規制委員会のセッションがありました。
委員会ごとに直前にレポートを公表するのですが、今回は、世界金融危機後の各国の対応(とくにアメリカにおけるドット・フランク法の成立)をうけて、報告書はかなり大部なものになりました。興味のある方は、International Law Associationのホームページhttp://www.ila-hq.org/en/index.cfmから入って、Committeeのページをクリックするとたどり着きます。私も少し書きましたが、市場規制の展開というマイナーな分野です。報告書は、ほとんどが事実の羅列で、注も学説ではなく、公式文書ばかりですが、それでも勉強の手がかりにはなります。見出しのみ挙げると、次のような構成になっています。
Part Ⅰ 概観
Part Ⅱ イギリス、EU、アメリカにおけるシステミック・リスク規制の展開
Part Ⅲ 市場規制の展開
Part Ⅳ コーポレート・ガバナンスの最近の争点:機関投資家の規制
Part Ⅴ 資産運用(アセット・マネジメント)
Part Ⅵ イスラム金融の展開
Part Ⅶ 世界金融危機後の金融規制・監督分野におけるG20の国際協力
セッションは報告書の内容をざっと紹介して質疑応答をするもので、私も自分が書いた部分について報告しました。報告書には書いていない話で面白かったのは、システミック・リスクとは何か。金融危機前は、市場が機能していればシステミック・リスクなんてないという議論もあった。システミック・リスクの監督なんて本当にできるのだろうか。規制のツイン・ピークス・モデルは有効か。システミック・リスクの監督と行為規制(conduct of business rule)を分離するというが、過剰な貸付の禁止はどちらか。といったところです。
午後は、金融危機という短いセッションに出た後、International Monetary Lawのセッションに出ました。ここも銀行救済の話が中心で、Fed(連邦準備制度理事会)がBear SternsとAIGを救済してLehmanを救済しなかった内幕、ドット・フランク法の内容など、報告書には書いていない興味深い話が出ていました。こちらも、私が面白いと思った話を羅列してみます。証券委員会の議論とかみ合わない部分もあります。
マクロ・プルーデンスとはFedの人間が造った言葉で、それまでは存在しなかった。ドット・フランク法は、マクロ・プルーデンス規制を入れる代わりに、too big to failを認めないことにした。マクロ・プルーデンス規制は、システミックに重要な金融機関か否かだけで規制を変えることなので、機能別の規制(ファンクショナル・レギュレーション)の終焉を意味する。
もっとも、最後の点には異論があります。行為規制は機能別の規制として残るはずで、だからこそアメリカでもツイン・ピークスになったと言われているのです。報告者がFedの元メンバーであったことが関係しているのでしょう。
夜は、騎士の館(写真)で夕食会。ここは国会議事堂で、女王が開会宣言をするのですが、実際の国会はアムステルダムで開かれるようです。
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ILA(Intenational Law Association 国際法協会)という国際法の学会(大会のウェブサイトはこちら、http://www.ila2010.org/)で、オランダのハーグに来ています。オランダはグロチウスが出た国ですし、ハーグには国際司法裁判所があるなど、ここは国際法の聖地ですね。ここにはハーグ・アカデミーという国際法の教育機関があり、国際法研究者の多くが一度は訪れたことがある街だそうです。私は初めてでした。ハーグは、City of Peace and Justice というらしいですね。国際法は戦争と平和の法ですし、国際司法裁判所が置かれているのは平和宮(Peace Palace)(写真、午後9時頃)です。
前回のブラジル大会と違い、私は個別報告が当たっていなかったので、今日は消費者法のセッションを覗いたあと、私が属している国際証券委員会のメンバーとともに、オランダの証券規制当局(AFM)と証券取引所を訪れました。証券規制当局でのそこのトップのHoogenrvorst氏(済みません、読めません)とディスカッションになりました。この人は、IOSCO(証券監督者国際機構)のトップも務めています。議論はツイン・ピークス・モデル(prudential regulationとconduct of business ruleの担い手を分離するモデル)の是非についてだったのですが、恥ずかしいことに半分以上、聞き取れませんでした。
続いてオランダ証券取引所で、世界最古の証券取引所といわれるその歴史を聞いてきました(建物は20世紀に建てられたものです)。私はこういった話にはあまり興味がないのですが(証券が好きでこの世界に入ったのではない。証券が好きな人はいないと思いますが)、アムステルダムの取引所は、ブリュッセル、パリ、リスボンと一緒になってユーロネクストとなり、ニューヨーク証券取引所と一緒になって、今は、NYSEユーロネクストの一部となっています。もちろん今は場立ちはなく、写真のような様子(実際にはこの建物ではオプション取引しか行われていない)ですが、終了時刻に鉦を叩く儀式があって、わが証券委員会のチェアマンのエドワード・フライシュマン氏(元SEC委員)が17時半に叩いてきました。
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