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アナリストは、会社関係者か情報受領者かという話は、新聞記者の場合とほぼ同じです。

アナリストが取材先の企業と契約していることはないと考えられるので、アナリストが取材先から情報を聞きだした場合は、会社関係者ではなく情報受領者という扱いになるでしょう。したがって、その情報をアナリストが顧客に伝達して、顧客が関係する証券の取引を行っても、インサイダー取引に問われません。アメリカでは、ダークス事件判決が情報受領者が規制の対象になる場合を限定したのは(前回の記事参照)、市場の効率性維持に果たすアナリストの役割を重視したものだと言われていますが、日本では、昭和63年の立法時に、アナリストの役割を重視して、情報の第2次受領者を不可罰としたとは、考えられません。

アメリカでは、ダークス判決後、SECがアナリストへの情報提供を問題視するようになり、公平な開示を達成するレギュレーションFDを制定しました(2000年)。日本でも、金融審議会でレギュレーションFD類似の規制を導入するか否か、議論の対象になりましたが、取引所のタイムリー・ディスクロージャーがすべての重要情報を即時に開示することを求めていることを考慮して、導入は見送られました。また書く機会もあると思いますが、どういうことかというと、タイムリー・ディスクロージャーによれば公開されていない重要情報は存在しないことになるので、レギュレーションFDは必要ないというのです。それなら、インサイダー取引規制自体、必要ないでしょう。私は、こういう本音と建前の使い分けは嫌いです。

アナリストや記者については、情報を分析して自らの視点で記事を書くため、本人が取引をしても、情報源による取引ではないのか(インサイダー第2回を参照)という問題も生じます。アメリカのワイナンス事件では、ウォール・ストリート・ジャーナルの記者が、自らが書く銘柄の推奨記事の情報を用いて取引を行った行為がインサイダー取引に問われました。このときの最高裁は不正流用理論の採用に踏み切らなかったのですが、後に採用された不正流用理論によると、記者はWSJに帰属すべき情報を不正に流用したのだからインサイダーとしての義務を負うことになります。EUでは、インサイダーの定義はもっと客観的になされているため(前回の記事を参照)、この問題は、記者の書く記事は「事実」かという形で問われているようです。規制の対象は、情報なのか事実なのかについては、機会があったら書くことにしましょう。

日経の社員がインサイダー取引で有罪判決を受けた事件がありました。この事件の社員は、公告を掲載している企業の情報を公告掲載契約に関して知った者なので、会社関係者に当たります。NHKの記者がインサイダー取引で課徴金納付命令を受けています。この事件の記者は、ニュースの情報について伝達を受けた者なので、情報受領者に当たります。

それでは、記者が取材によって情報を得た場合には会社関係者に当たるでしょうか。

会社関係者に該当するか、情報受領者に過ぎないかでは、その者から情報の伝達を受けた者による取引がインサイダー取引として処罰の対象になるか、情報の第2次受領者による取引として不可罰かという差を生じます。記者はふつう取材源との間で契約関係にないため、金商法166条1項4号の「契約の履行に関して知ったとき」に当たりません。したがって、日本では記者は会社関係者(インサイダー)ではないのです。EUでは、インサイダーのカテゴリーの一つに「職務により情報へのアクセスを有する者」があり、記者はこれに当たると解されます。

このように情報源と契約関係にないが、職務により情報のアクセスを有する者をインサイダーとして規制すべきか、情報受領者としてのみ規制すべきか(EU諸国のなかには、インサイダーに対する規制と情報受領者に対する規制を違えている国があります)は、情報へのアクセスを有する者による取引を一般投資家が不公正と感じるか否かに依存します。新聞記者や放送記者から尋ねられれば、一般人は他の者から尋ねられた場合よりも、抵抗なく情報を提供するでしょう。記者は会社の費用で(たとえば)ヘリコプターを飛ばしてもらって情報源に接近することもできます。このように考えると、やはり記者は、情報にアクセスしやすい有利な地位にあり、一般投資家は記者による取引を不公正と感じるように思われます。そうだとすると、日本でも、EUの規定を参考にして、インサイダーの範囲を拡げるべきでしょう。

アメリカでは記者は、ふつう情報受領者には当たらず、不正流用理論によってインサイダー(会社関係者)に該当することになります。まず、ある者が情報受領者になるのは、情報伝達者が信任義務に違反して情報を伝達した場合に限られます。情報源はふつう発行者に対して信任義務を負わないので、記者は情報受領者に当たらないのです。これに対して、記者は新聞社に対して、取材の結果を自己のために用いない義務を負っており、その義務に違反して取引を行った場合には不正流用理論に基づいて処罰されることになります。以上のことから、不正流用理論は、情報受領者の範囲が狭いことから生ずる不都合を補う面もあることが分かります。

アメリカでインサイダー取引規制を本格化させたのは、テキサス・ガフル・サルファー事件です。

この事件では、鉱山会社が、採掘現場の周囲の土地を安く購入するために鉱脈が有望であることを隠していたところ、会社の役職員が自社株を購入した行為がインサイダー取引に当たるとしてSECによる差止め、利益の吐き出し等が判決により認められました(拙稿『アメリカ証券取引法(第2版)』160頁)。株の取引はインサイダー取引に当たりますが、インサイダー取引が行われていない限り、会社は情報を開示する必要はなく、周囲の土地を安く買うことが認められます。しかし、会社の役職員が情報を隠して株を買うことが「不公正」だとしたら、そもそも会社が情報を隠して周囲の土地を購入することは不公正でないと言いきれるでしょうか。

この相違は、取引者が相手方に開示義務を負う地位にあるか否かの違いから説明されています。土地の売買は対等当事者間の取引なので、一方が他方に情報開示義務を負うことは通常はありません。それに対して株の売買は、本件では、会社役員と売主である株主との間の取引なので、会社役員は会社=株主に対して信任義務(fiduciary duty)を負っており、信任義務が開示義務の根拠になると説明されています。日本では会社役員が信任義務を負う相手はあくまでも会社であって株主ではないと考えられているようですが、アメリカでも株主に対しても信任義務を負うと解されています。また、インサイダーの取引が売却取引で相手方が買主(これから株主になる者)である場合には、日本人の頭では、厳密には役員は買主に対して信任義務を負わないはずだと考えるかも知れませんが、アメリカでは、これから株主になる者も株主と同視できると考えられているようです。

私は、以上のようなアメリカの判例の採用する説明は形式論理に過ぎないと思っています。土地の取引と株の取引の実質的な相違は、第1回に述べたように、株の取引ないし証券市場では一般投資家の参入が不可欠であるため、とくに一般投資家の信頼を確保する必要がある点に求められるべきでしょう。

それでは、テキサス・ガルフ・サルファーの事例で、会社の役員が会社を代表して自社株を買い付けていたら、それはインサイダー取引でしょうか。アメリカでは発行会社自身もインサイダー取引の主体となると考えられており、インサイダー取引に当たるといえそうです。もっとも、会社自身は株主に対して信任義務を負っていませんから、情報開示義務がないともいえそうです。実質的に考えても、会社が努力して得た、鉱脈に関する情報を用いて会社が利益を得ることは、なんら問題はなく、株主に対する信任義務に沿った行動だといえるでしょう。もっとも、会社が新株を発行する局面で、会社の開示義務を説明するためにインサイダー取引の論理を用いた裁判例もあります。

日本では、発行者はインサイダー取引の主体とは想定されておらず、役員が会社を代表してインサイダー取引をした場合には、まず役員についてインサイダー取引の罪が成立し、場合によって会社が両罰規定の適用を受けることになります。したがって、情報源の取引であろうと、信任義務の違反がなかろうと、日本では発行者が情報を知って自社株を購入する行為は形式的に(役員の)インサイダー取引に該当します。ただし、発行者が自社の有価証券の取引の当事者になるときは、そのときに生じていたすべての未公開情報を開示しなければならないという考え方(完全開示原則)をとれば、自社株の購入時にインサイダー取引が成立するとすれば、それはすべて開示義務違反として捉えることができるでしょう。要するに、情報を開示しないで自社株買いをするのは違法であるとの結論は、まず疑いがないのですが、それが「インサイダー取引の論理」から出てくるのか、「完全開示原則」から導かれるのかという点は、議論を深める価値のある問題だと思います。

よく知られているように、アメリカでは1980年代にインサイダー取引規制のエンフォースメントが強化され、それに呼応するように法と経済学(というよりシカゴ学派)の立場からインサイダー取引擁護論が唱えられました。簡単には、拙著『アメリカ証券取引法』(弘文堂)を参照ください。

擁護論は、インサイダー取引は会社役員の報酬として効率的であるといいます。ある役員が会社の利益になるような企画を考えて、それを推進して会社に利益がもたらされても、利益は報酬アップ、ストック・オプションの価値上昇等の形態で役員全員に分け与えられてしまうから、良い企画を構想し推進するインセンティブを個々の役員に与えることができません。インサイダー取引を許容すれば、そのようなインセンティブを与えることができるというものです。この部分は理論的には反論が難しいと私は考えています。ただ、アイディア、企画の段階では、インサイダー取引規制の対象となるような重要な未公開情報が生じているとはいえないので、実際には、インサイダー取引を禁止したとしても、アイディアを出し、企画を推進するインセンティブは失われないでしょう。

ここで思い出すのは、平成11年の日本織物加工株インサイダー取引事件(別名、弁護士インサイダー事件)です。拙著『証券市場の機能と不公正取引の規制』(手売り中)にも、商事法務に載せた評釈を収録しています(さりげなく宣伝)。この事件では、日本織物加工の社長が、親会社の常務に「よろしくお願いします」と発言したことを以って「株式の発行」についての決定事実があったとしました。社長は親会社から派遣されているため、社長自身が業務執行決定機関とみられるからです。

この事実と最高裁の解釈を前提とすると、決定があったのは社長が心の中で決めた時点でしょうか、それとも外部に伝達した時点でしょうか。最高裁ははっきりのべていませんが、後者とみている節があります。もし後者の解釈が妥当だとすると、社長が心の中で決めた時点では決定がありませんから、社長が株を購入してもインサイダー取引にならないことになります。社長の決断は、「良いアイディアを出し、企画を推進する」のと同じくらい会社の利益を左右し、適切な判断を行うインセンティブを社長に与えることが求められます。そうだとすると、ある者の決定が業務執行決定機関による決定と見られる場合に、その者による関係有価証券の取引はインサイダー取引に該当しないという解釈も、十分成り立つ余地があると考えられます。

インサイダー取引はなぜ禁止されるべきなのでしょうか。「インサイダー取引は一般投資家の市場に対する信頼を害するから」というのが一般的な答えです。

インサイダー取引規制の是非及び根拠については、いろいろな議論がありますが、私は案外、「市場に対する信頼の保護」というのは当たっているのではないかと思っています。

ここから2つの帰結が導かれます。第一に、一般投資家の市場に対する信頼を保護する必要がない「プロ市場」では、インサイダー取引規制は必要ないということです。かつての為替市場はその典型でした。今は一般投資家も外国為替証拠金取引に参加していますが、今でも、外国為替市場は一般投資家の参加を必要としていないと思われます。そうだとすると、市場に対する信頼を確保して一般投資家の参加を促すためにインサイダー取引を規制する必要はないといえるでしょう。

第二に、多くの投資家がインサイダー取引は不公正でないと思っている市場では、インサイダー取引を禁止する必要はなく、禁止するのは、かえって誤った政策になるということです。「インサイダー天国」と呼ばれていた1988年以前の日本の市場は、この状況だったのかも知れません。これは決して、「遅れている」とか、不道徳なことではありません。自分は未公開情報を獲得できるから儲けることができると考えて多くの投資家が市場取引に参加する市場では、インサイダー取引を禁止すると、かえって一般投資家は市場に対する信頼を失って市場から離れてしまいます。有価証券市場が為替市場と異なるのは、前者がその機能(資源配分の効率性)を確保するためには、プロだけでなく一般投資家の参加を必要としている点に求められます。したがって、一般投資家の参加を確保するためには、インサイダー取引を許容すべき場合もあるのです。

もちろん、多くの投資者が、自分は未公開情報を獲得できないので未公開情報を知って取引を行う者がいると自分が不利に取り扱われると感じている市場では、インサイダー取引を禁止する必要があります。それでは、市場がどの状況にあるかを知るにはどうしたらよいでしょうか。手っ取り早い方法は、インサイダー取引規制の導入によって、株価が下落したかどうかを調べることです。規制導入を一般投資家が歓迎すれば、参加率が高まり株式の流動性が増すために株価は上がり、一般投資家が落胆すれば株価は下がるはずです。しかし、1988年の規制導入段階についての実証研究は行われていないようです。

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