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日本商事事件は、インサイダー取引規制施行後、最大規模の事件でした。新薬の副作用情報を知った製薬会社の従業員等が自社株を売却して損失を免れたことが、副作用で人が死んでいるのに財産保全に走った点で特に社会的非難を受けました。この事件では、32名が刑事告発され、うち24名が罰金刑の略式命令を受けていますが、唯一正式起訴が行われた被告人についての裁判が最高裁まで争われ、しかも結論が二転した点でも、特異な経過を辿りました。

争点は、副作用情報は166条1項2号イの「災害又は業務に起因する損害」(当時の文言)に該当しそうであるところ、これに166条1項4号の包括条項を用いることができるか、です。控訴審判決は、副作用情報が1号に相当する事実であるため、「前3号に掲げる事実を除き」と規定している4号をこれに適用することはできないとしました。これに対し最高裁は、当該副作用症例の発生は、166条2項2号イに該当し得る面を有する事実であるとともに、A社の新薬の今後の販売に支障を来しA社の製薬業者としての信用を更に低下させるという面があり、この面においては同号イの損害の発生として包摂・評価され得ない性質の事実であるとしました。そして、同号イにより包摂・評価される面について軽微基準を上回らないために同号イの該当性が認められない場合に、この面につき更に同項4号の該当性を問題にすることは許されないが、副作用症例の発生は、同項2号イの損害の発生として包摂・評価される面とは異なる別の重要な面を有している事実であるということができるから、これについて同項4号の該当性を問題にすることができるとしました。

この最高裁判決は、ある事実が1号から3号に該当する面を有する場合にその面について重ねて包括条項を適用することはできないとして立法趣旨や文言との衝突を避けつつ、1号から3号に該当する面とは別の面を有する事実については4号を適用できるとして包括条項を柔軟に適用しようとしたものです。この最高裁判決は、ある有力な学者の見解を採用したものなのですが、その学者の見解自体は公表されていません。
(長くなりそうなので、この判決の評価については次回に)

金商法166条2項3号は、新たに算出された決算数値の実績値または予想値が、直近に公表された決算数値の実績値または予想値から一定程度乖離したことを以って、重要事実としています。このような規定は、重要な決算変動をうまく捉えることができるでしょうか。

ある会社が過去に公表した収益予想を上方修正する新たな決算数値を算出したとします。ところが、世間ではこの会社の業績が好調であることが既に伝えられていて、アナリストはすでに収益予想を上方修正していました。アナリストの予想が市場価格に反映していれば、会社の決算発表は市場に大きなインパクトを与えないでしょう。それにも拘らず、決算内容を公表前に知って会社の株を買った会社関係者・情報受領者はインサイダー取引の罪に問われることになります。

別の会社では過去に公表した収益予想どおりの決算数値を算出しました。ところが、世間では、この会社の業績悪化が伝えられており、アナリストは収益予想を下方修正していたとします。アナリストの予想が市場価格に反映していれば、会社の決算の公表は、アナリストの予想を裏切るものなので、市場に大きなインパクトを与えるでしょう。それにも拘らず、決算内容を公表前に知って会社の株を買った会社関係者・情報受領者はインサイダー取引の罪に問われないことになります。

このようなおかしな結果は、市場に流布している情報を無視して決算数値の変動を一律に重要事実としたことから生じています。アメリカの判例では、重要事実とは、投資家の利用可能な情報の総体(total mix of information)を大きく変えるものを言います。この定義は大雑把なものに見えますが、利用可能(available)な情報の全体に照らして、特定の情報の重要性が判断されることになるので、妥当な結果が得られます。上の第一の例では、決算発表はアナリストの予想を含めた情報の総体を変更しないので重要性に欠け、第二の例では、アナリストの予想を含めた情報の総体を変更するので重要性が認められることになります。

インサイダー取引規制が施行されてから、最初に正式裁判が行われたのがマクロス事件でした。

この事件では、マクロス社の部長が計上していた売上げの大半が架空であったことが判明し、今後の業務運営に支障を来たす旨の報告が取締役会でなされたところ、取締役の一人がその事実の公表前に自社株を売却した事件です。争点は(現行条文に置き換えると)、166条2項3号の決算変動があったといえるか、もしいえないとすると4号の包括条項を使えるか、です。

3号の決算変動があったといえるためには、条文上、会社が新たに予想値を算出する必要がありますが、判決(東京地判平成4年9月25日金判911号35頁)は、取締役会が算出主体である場合には、取締役会において予想値の修正公表が避けられない事態に立ち至っていることについての報告がなされてそれが承認されたことをもって、同号にいう数値の「算出」がなされたものと解するのが相当であるとしています。このように解さないと、取締役会で報告を聞いた者によるインサイダー取引を禁止できないからです。しかし、この基準でも、取締役会に報告原案をあげる代表取締役や担当者が、取締役会開催前に行う関係証券の取引を禁止することが出来ませんので、現行法には限界があることが分かります。判決は上のように述べた上で、本件では新たな予想値が算出されたとはいえないとしました。

そこで、次に判決は、架空売上げの発覚と予定していた売掛金の入金がなくなり、巨額の資金手当てを必要とする事態を招いた事実は、業績の予想値の変化として評価するだけでは足りない要素を残しており、1号2号にも該当しないから、これに4号を適用できるとしました。後の、日本織物加工事件最高裁決定を思わせる判示ですが、私はマクロス事件判決には賛成しています(拙著『証券市場の機能と不公正取引の規制』104頁以下)。それは、3号は、もともと1号・2号・4号と重畳的に適用されることを予定している条項であり、したがって、3号の該当可能性が問題になるときに4号を適用することは何ら問題がないからです。少し噛み砕いていうと、決算変動はさまざまな原因によって生じるのであり、その原因が1号または2号に当たるときは、それらと3号とを選択的に適用することができます。3号を置いた意味は、原因として1号・2号該当の事実がない場合にも3号を適用してインサイダー取引を禁止することにあります。3号は決算数値に一定の変動が生じたという結果をもって重要事実とするものですから、3号の結果を生じた原因になった事実に4号を適用することはなんら問題がなく(4号の文言にも反せず)、ただ、3号の結果を生じた原因となる事実が1号または2号に該当する場合に限って、これに4号を適用することができなくなる(4号の文言より)だけなのです。本件では、架空売上げの発覚という発生事実に類する事実であるが2号に列挙されていない事実に対して4号の包括条項を適用したものであり、なんら問題はありません。したがって、後の日本商事事件判決を批判する見解に対して、マクロス事件では3号該当事実に4号を適用したではないかと反論することは、的外れではないかと私は考えています。

金商法は、インサイダー取引規制の対象となる情報を内部情報と外部情報に分け、内部情報(重要事実)を決定事実(166条2項1号)、発生事実(同2号)、決算変動(同3号)、包括条項(同4号)に分けています。5号〜8号は子会社にかかる決定事実・発生事実・決算変動・包括条項です。

重要事実を4つに分けて、とくに決定事実と発生事実について具体的な事実を列挙し、これらと包括条項を組み合わせた(決算変動も、具体的事実が発生していなくても業績の向上・悪化をもって重要事実とするものなので、一種の包括条項といえます)のは、具体列挙により、何が禁止されるインサイダー取引かを明確にしつつ、包括条項により、柔軟な法の適用を目指したのだと説明することが、一応、可能です。

しかし、なぜこのような規定ぶりにしたのか、本当のところは分かりません。1988年の立法当時、インサイダー取引の未然防止の重要性が強調されていました。立法に関与した人の話を総合すると、インサイダー取引禁止立法は、発行会社や証券会社の関係者にインサイダー取引の未然防止を徹底させるための法律であり、実際に罰則が適用されることは想定していなかったようです。法違反の未然防止を図るためには、何をしてはいけないか、考えられるところをすべて列挙して1号と2号を作ったようなのです。

構成要件の明確化を図るために罪となる行為を具体的に列挙することは不合理ではありませんが、決定事実と発生事実を分けたことで、決定事実の要件から「実現可能性の要件」が抜け落ちてしまった(ように読める)ことは問題でした。発生事実はすでに発生した事実ですから、その事実の実現可能性は問題になりません。ただし、事実(情報)の確実性は問題になります。EUでは実現可能性と確実性をきちんと分けて議論しています。それに対し、決定事実は、形式的には「決定したこと」=重要事実ですが、決定の対象となる事項は、多くの場合、将来に実現される事項です。そこで、決定事実には、必ず実現可能性の有無・程度が付き纏うのです。実現可能性の乏しい決定を行っても、投資者の投資判断に影響を与えるとは考えられないからです。そこで、解釈論としては、「決定した」という要件の中に決定にかかる事項の実現可能性を読み込むことが必要になります。もし当時の立法担当者がこのことに気づいていたら、きっと手当てをしていたでしょう。

野村證券の従業員によるインサイダー取引が話題になっていますが、事実関係が明らかでないのでコメントはやめておきます。

発行者の取引先の者は、166条1項4号により、発行者との契約の締結・締結の交渉・履行に関して当該情報を知ったときにのみ、会社関係者になります。「契約の締結の交渉」の語は、日本織物加工株事件の発生を受けて、平成10年改正で挿入されたものです。同事件では、M&Aについて相手方会社を代理していた弁護士が、M&Aに関する秘密保持契約の履行に関して重要事実を知ったとされました。しかし、重要事実を知ったから、それが秘密保持契約の履行の対象になるのであって、「秘密保持契約の履行に関し重要事実を知る」との構成には違和感があります。このケースでは、M&A契約の交渉に関して重要事実を知ったと構成するのが自然だったのです。ただし、「契約の締結に関し」は「契約の締結の交渉に関し」を含むと解すれば足りたのではないかと思われ、そうであれば平成10年改正は不要だったことになります。

「契約の履行に関し」の教室事例では、タクシーの運転手やレストランのウェイターが客の会話を聞いた場合に、あるいは清掃会社の従業員がビルの清掃中に重要書類をのぞき見た場合に、これに当たるのかという例がよく取り上げられます。たまたま聞いたことは、情報の伝達を受けたことにはならず、情報受領者にはなりませんが、契約の履行に関し知ったのであれば、会社関係者として規制の対象になります。こういう誰でも思いつく例についても、立法担当者や関係の機関(取引所・証券業協会)から公式の見解(インサイダーになるか、ならないか)が出されていないのではないかと思います。

清掃会社の従業員がゴミ箱の中から重要書類を発見した場合には、清掃契約の履行に関し知ったといえそうです。しかし、わざわざ探さなければ分からないようなゴミに重要書類が入っていた場合はどうでしょうか。ゴミとして捨てられたCDロムに重要情報が入っていた場合は? インサイダー取引規制は、有利な地位を利用して情報を得た者を規制するものであり、努力して情報を得た者を規制の対象としていません(もっとも、後者もインサイダー取引規制に含まれうるとの見解もあります)。この見地からは、ゴミ箱をあさる努力をした者はインサイダーではないといえそうです。しかし、その努力をする前に、その者がゴミ箱に接近しやすい地位にいた(有利な地位にあった)ことも事実であり、それを強調するとインサイダーになりそうです。さらに遡ると、その者は、会社の機密情報を盗むために、努力して清掃会社の従業員になったとしたら・・・

タクシーの運転手が客同士の会話を聞いた場合、「運送契約の履行に関し」知ったといえるでしょうか。これも上と同じで、突き詰めるとよく分からないのですが、そのタクシーが会社と契約しているタクシーである場合には、「履行に関し」に該当し、流しのタクシーであれば該当しないと解してはどうかと思っています。これは全く感覚的なもので、社用車や契約タクシーであれば会社役員らが車内で機密情報に触れることもよくあり、これに接する者は、他の者と比べて有利な地位にあると評価できますが、流しのタクシーであれば、会社の機密情報に接近しうる有利な地位にあるとまでは評価できないと感じるからです。

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