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ライツ・オファリングにコミットメントを与えた元引受証券会社は、有価証券届出書の虚偽記載について、募集または売出しに応じて有価証券を取得した者に対して責任を負います(21条1項4号)。
今回の改正では、流通市場における新株予約権の取得時や新株予約権の行使時には「募集はない」という従来の解釈を維持しました。そうだとすると、流通市場で新株予約権を取得した者や(株主以外の)新株予約権取得者が権利を行使して株式を取得する際には、「募集に応じた有価証券の取得」はないことになりそうです。いや、ライツ・オファリングでは株式発行による資金調達が行われているのだから、株式の取得は募集に応じた取得ではないかという人がいるかも知れません。そのような解釈が望ましいことは認めますが、もし、株式の取得が募集に応じた取得であれば、発行者は株式について有価証券届出書を提出し、目論見書を交付しなければなりません。しかし、そうは考えられておらず、また、この目論見書の交付義務があることを前提としてその免除を議論するということもありませんでしたので、解釈論としては難しいのではないかと思います。有価証券届出書に虚偽記載があれば、流通市場で新株予約権を取得した者は、新株予約権の価格が嵩上げされていた分だけ損害を被っていますから、金商法22条により関係者の責任を追及することができますが、その関係者には元引受証券会社は含まれていないのです。
これに対し、新株予約権の無償割当を受けた株主は、今回の改正の整理では、「募集に応じて新株予約権を取得した者」に当たります。問題は、21条1項の要件である「虚偽記載により生じた損害」を被っているかどうかです。株主は新株予約権を無償で取得しているので、損害はないように思われるからです。次の例で考えてみましょう。
株価が1000円のときに、行使価額500円の新株予約権を1対1の割合(株式1株に対し新株1株取得できる新株予約権を与える)で株主に無償割当したとします。予約権が行使されると、1株当たり500円の払込みがなされ株式数が倍になりますから、株価はそれを予想して750円に下落すると考えられます。既存の株主は500円払って750円の価値のものを手に入れることにより、既存の株式の価値が1000円から750円に下落する損失を補うことになります。金利等を無視して単純に考えると、新株予約権の市場価格は250円になるはずです。
新株予約権が行使された後に虚偽記載が発覚して、株価が750円から400円に下落したとします。株主は2株分700円((750−400)×2)の損害を関係者に請求できるでしょうか。この虚偽記載は株主が株式を取得した後にされたとします(そうでない場合は、虚偽記載により吊り上げられた価格で株式を購入したことを理由に、株主は損害賠償の請求ができるでしょう)。したがって、虚偽記載により一時的に吊り上げられていた株価が元に戻っただけであり、株主としては虚偽記載による損害を被っていないと考えられます。
もっとも、もし虚偽記載が新株予約権の行使前に発覚していれば、株価は500円以下に下落するので、株主は新株予約権を行使することもなかったはずなので、500円払って400円の株を取得したことにより、少なくとも100円の損害を被っているのではないかとも考えられます。しかし、この疑問は、もし新株予約権の行使前に虚偽記載が発覚していたら株価はいくらになっていたかを考えると解消されます。新株予約権が行使された後の段階で400円の株価下落が生じた場合、その下落の原因は新株予約権の行使前から存在していたはずなので、予約権行使前であっても株主は700円の損害を受けていたはずです。言い換えると、ライツ・オファリング前の1株の真の価値は、1000円−700円=300円だったはずです。したがって、株主は虚偽記載がされていたために新株予約権を行使したから損害をを被ったはいえないのです。正確に言うと、虚偽記載と新株予約権の行使との間には因果関係があるが、新株予約権行使と損害との間に因果関係がないので、結局、虚偽記載と損害との間に因果関係が認められないことになります。それでは、払って損をした100円はどこに行ったのかというと、既存の株式の価値を300円から400円に引き上げているのです。払った分は自分に返ってきているわけです。(大証の研究会の第2回目の報告では、株主が共通に被る損害を会社に請求できるかという論点と、因果関係の問題を混同した発言をしてしまいましたが、この問題は因果関係の問題なので上のように考えるのが筋道であると思っています)。
他の者が予約権を行使し、自分だけ行使せずに市場で売却していれば損害を受けることもなかったから因果関係があると株主はいうかも知れません。しかし、自分だけ真実を教えてもらえれば損失を回避できたというのは、虚偽記載に基づく損害賠償の局面では通用しない議論です。株主としては、真実が開示されていれば新株予約権を市場で売却し、損失を回避できたと主張するかも知れませんが、真実が開示されると新株予約権の市場価格は250円からゼロに下落しますから、自分だけ損害を回避できたなどとはいえないでしょう。
以上のように考えると、せっかくコミットメントを行う証券会社を元引受証券会社と位置づけたのに、21条1項4号は使えないということになりそうです。私はそれが望ましいとは考えていないので、なんとか解釈の余地はないかと今でも模索しています。一つ思いついたのは、株価を押し下げるような虚偽記載がなされていた場合であって、株主が割り当てられた新株予約権を市場で売却したときには、21条1項4号が適用されそうだということです。株主は、募集に応じて新株予約権を取得し、安値で売却したときに虚偽記載と因果関係のある損害を被っているからです。しかし、この場合は、流通市場の取引で損害を受けているので、本来は21条が適用されるべき事例ではありません。なんとも皮肉な結果ですね。
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今年の10月と11月に、大阪証券取引所の金融商品取引法研究会で2回にわたってライツ・オファリングについて報告しました。ライツ・オファリングとは、株主に対し新株予約権を無償割当てし、株主や新株予約権の取得者が払い込みを行うことで株式を発行するタイプの資金調達をいい、証券会社等が売れ残りの新株予約権を取得して行使することを約束するコミットメント型と、証券会社等が関与しないノンコミットメント型とが想定されています。
ライツ・オファリングに係る金商法の改正について私は開示WGの座長として関与したのですが、そこでは、ライツ・オファリングのコミットメントを行う証券会社を引受証券会社として規制の対象とすることに意を用いました。ライツ・オファリングによる資金調達が健全に発展するには、証券会社に資金調達の是非やその条件を審査してもらい、審査内容に責任を持ってもらうことが必要だと考えたからです。この点は、コミットメント行為を引受けと位置づけることで実現しました。他方、株主全員に対する目論見書の交付を求めていてはライツ・オファリングは実現しないという実務からの要請を受け入れて、ライツ・オファリングについて一定の新聞公告を条件に目論見書の交付義務を免除しました。私個人としては、新株予約権を無償割当てされる株主は投資判断に直面していないので、新株予約権の無償割当段階での目論見書交付は不要である、新株予約権の行使段階の株主、新株予約権を取得しようとしている投資者、取得した新株予約権を行使しようとしている投資者は投資判断に直面しており、目論見書を必要としている、予約権の取得・行使段階での一律の目論見書交付が実務的に無理であれば、請求者に対して目論見書を交付する制度にしたら良いのではないかと考えていましたが(そのニュアンスは、公表されている議事録をご覧いただけると分かります)、①やはり実務的に難しいということ、②流通段階に入った新株予約権の取得者に目論見書を交付することは現行金商法からは求められないこと、③そうすると株主とそれ以外の新株予約権行使者とで扱いが異なって良いのかといった問題もあり、結局、流通・行使段階での目論見交付は見送られました。
大証の研究会の報告準備の段階で、元引受証券会社の民事責任(金商法21条1項4号)を検討していると、民事責任を負わせることにより、引受審査の充実を図るという改正法の趣旨(あるいは、少なくとも私が意図していたことがら)は、あまり実現していないのではないかということに気づきました。ここでは、その点を論じてみたいと思います(大証での報告は他の論点にも言及しており、その議事録はいずれ公表されますので、興味のある方はそちらもご覧下さい。なお、今回と次回の記事の内容は論文として発表する可能性があります)。
ライツ・オファリングに際してコミットメントを行う証券会社のうち発行者との間でコミットメントをする者は、元引受証券会社として金商法21条1項4号に、①有価証券届出書に重要な虚偽記載があった場合に、②当該有価証券を募集または売出しに応じて取得した者に対して、③虚偽記載により生じた損害を賠償する責任を負います。まず①については、元々、元引受証券会社は、(a)有価証券届出書の虚偽記載のうち財務書類に係るものについては虚偽記載を知らなかったことを証明すれば責任を免れ、(b)財務書類に係るもの以外については、相当な注意を用いたにもかかわらず虚偽記載を知ることが出来なかったことを証明した場合に限って責任を免れることになっています(金商21条2項3号)。学説は、この結論はおかしいと考え、元引受証券会社は金商法17条の目論見書の使用者として「相当の注意」を尽くす必要があるとか、目論見書の使用者に過ぎない一般の証券会社でさえ調査義務を負担するのに、元引受証券会社が注意義務を負わないとする解釈は論理的に不条理であるなどと主張していました。後者の見解が、解釈論として注意義務を負うとするものか否かは明らかでありませんが、もし解釈論としてそのような結論をとるのだとすると、それは「勿論解釈」だと思われます。
それでは、ライツ・オファリングにコミットメントを行う証券会社は、財務書類に係る虚偽記載、たとえば有価証券届出書が参照する有価証券報告書中の財務諸表の虚偽記載について、善意であれば免責されるのでしょうか。それとも、相当な注意を尽くしても知りえなかったと証明しないと免責されるないでしょうか。
今回の金商法の改正により、ライツ・オファリングでは目論見書は交付も作成もされなくなりました。そうすると、元引受証券会社が目論見書の使用者として相当の注意を尽くす義務があるとは言えなくなりました。また、誰も目論見書を使用しないのに、目論見書の使用者との比較から元引受証券会社の責任を導くことができるのかという疑問が生じてきます。
17条と21条の免責要件に齟齬があるという問題は、最終的には立法によって解決されるべきですが、その解決は難しそうであり、当面は解釈論で対応しなければなりません。私は研究会の報告で次のように言いました。コミットメントを与える証券会社に引受証券会社としての義務と責任を与えるのが望ましいという立法態度、および目論見書の使用者の責任は議論されていたが、届出書の虚偽記載に基づく責任への影響は考慮されていなかったという立法経緯に照らすと、目論見書の作成・使用がないという事実は決定的ではなく、仮に目論見書が使用された場合との比較からする勿論解釈により、コミットメントを行う元引受証券会社は財務書類についても「相当の注意」を尽くす義務を負うと解すべきである。
この解釈が解釈論として成り立つかどうかは分かりません。何かよいアイディアはないかと今でも考えています。次回は、より重要な、上記②③の問題を扱います。
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(つづき)
最高裁の多数意見が、「虚偽記載なければ取得なし」といえる場合の損害賠償額は、取得価額と処分価額の差額を基礎として算定すべきであるとしつつ、虚偽記載に起因しない市場価額の下落分をこの差額から控除すべきだとしたのは何故でしょうか。
寺田裁判官の意見はこの点について次のように論じています(以下、筆者の文責による一部の要約です)。
多数意見は、資金が投資されている間のリスクを投資者がすべて免れてそのまま投資時の原状で回復されるべきこととするストレートな結論をとることへの違和感からくるものであろう。しかし、「虚偽記載がなければ投資者が株式を取得することはなかった」という前提と矛盾なく理解できる範疇の損失についてのみ、控除することを認めるべきである。そのような損失とは、(ア)投資者として、当該株式を保有していた期間中、仮にこれを取得することがなかったとしても受けたであろう損失、(イ)虚偽記載の公表後も投資者が漫然と株式を保有し続けた結果生じた損失である。投資者が恒常的に市場で株式投資をしている投資家であることが認められるのであれば、虚偽記載のある株式への投資をしていなくてもその資金はそれ以外の株式を保有することに用いられていたに違いないから、市場における株式一般の価額下落による損失を被っていたはずであるといえるのであって、そのような証明ができるのであれば、その分については相当因果関係を否定されても不当とはいえない。
これに対し、会社の業績不振による株式価値の下落など当該株式に特有の価値下落による損失を相当因果関係なしとして損害額から控除することには無理がある。投資者が当該株式を取得することはなかったとの前提をとって株式取得のために出えんした額を損害額の基本に据えながら、その株式に特有の下落分をそこから控除するのでは筋が通らない。多数意見は、この下落分につき相当因果関係を否定するのに、当該株式を取得した以上はその価額が変動することは当然想定すべきであると説くが、それは会社側の不法行為がなければ当該株式を取得することはなかったとされる立場の投資者にとっては受け入れ難い立論である。
私は寺田裁判官の意見に共感を覚えます。私流に言えば、多数意見は現実路線をとったのであろうが、虚偽記載がなければ取得しなかったという前提を取りつつ、取得後の株価の変動を原告に負わせるのは論理的に矛盾しているのです。寺田裁判官が挙げる控除理由も説得力があります。ただ、(ア)はインデックス運用をしている機関投資家には当てはまりやすいですが、個人投資家の場合の証明が成立するかは相当疑問でしょう。(イ)は、たとえば虚偽記載の発覚後、1年間、当該株式を持ち続けていたら会社の業績の悪化によってさらに株価が下落した場合、後の下落は虚偽記載と因果関係がないというものです。そうだとすると、取得自体損害(原状回復方式)の損害額の算定は、「取得価額と虚偽記載の公表後一定期間後の市場価額との差額」を基準にすることも考えられます。ただし、この考えをとるときは、1年後に業績が回復した場合にも、同じ基準をとる必要がありそうです(そうでない考え方では、株価が回復した場合、原告は、取得自体損害の賠償を請求する限り、株価上昇分が損害額から差し引かれることになります)。
田原裁判官の補足意見は、寺田裁判官の批判に答えて多数意見を擁護するものです(以下は、筆者の文責による一部の要約です)。
上告人らの主位的請求の論理をそのまま貫くと、本件虚偽記載公表までに、市場で本件株式を全部処分して損失を被った者も、本件虚偽記載がなければ本件株式を取得しなかった以上、その損失相当額を損害として主張できることとなる。また、仮に一部の上告人らが、市場で取得した本件株式の一部を本件虚偽記載公表までに市場で売却して売却損を被り、あるいは売却益を得ていた場合には、その売却損相当額も、本件虚偽記載公表後に処分したことに伴う損害に付加して請求することができ、他方売却益相当額については損益相殺すべきことになる。
しかし、かかる結論が導かれることについては、大方の理解を得ることは困難であろう。多数意見は、主位的主張の論理を貫くことによる上記の不都合を是正する法律的説明として、相当因果関係の法理によったものと理解することができる。
田原裁判官の補足意見は、多数意見は損害額が莫大になることを恐れたのではなく、取得自体損害説の不都合を是正するものだという訳です。そこで田原裁判官の補足意見が当たっているかどうかは、上記の例が「大方の理解を得ることが困難な不都合」といえるかどうかによって決まります。私は上記の例の解決が不都合だとは考えていません。
虚偽記載公表前に株式を売却した者も、当該株式を取得しなければその後の値下がりによる損失を被ることはなかったのですから、「虚偽記載なければ取得なし」といえる場合にはその損害の賠償を請求することができると考えられます。この理は、投資者が、証券会社の従業員の説明義務違反を理由として、不法行為に基づいて証券会社に損害賠償を請求する場合に、「説明義務違反なければ取得なし」といえる限り、説明義務違反と無関係に生じた株価の値下がり分を含めて賠償を受けることができることに照らしても明らかです。同様に、原告が「虚偽記載なければ取得なし」を理由に取得自体損害の賠償を請求している場合には、理論的には、原告が一部の株式を虚偽記載の公表前に売却し、損失を受けていた場合には当該損失も損害賠償の対象になり、反対に利益を受けていた場合には、売却益相当額は損益相殺の対象にしてよいと思います。したがって、これらの結論が不都合とは言えない以上、取得自体損害説の論理を貫いてよいと思うのです。
ただし、本件に取得自体損害説をストレートに適用すると、西武鉄道は、上場以来、同社株式を購入して損失を被った者すべてに対して損害賠償責任を負うことになり、大変なことになることもよく理解は出来ます。歯切れが悪いですが、この問題はもう少し考えてみることにします。
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もうかなり前になりますが、9月13日に西武鉄道の虚偽記載事件の最高裁判決(2件:機関投資家訴訟と一般投資家訴訟)が出ました。どちらも、東京高裁では、取得自体損害(原状回復的損害賠償)の主張が認められず、虚偽記載の公表後の市場下落分のうち15%程度の損害賠償しか認められていませんでした。私は、東京高裁判決に反対の判例研究を公表していますので、最高裁が、取得自体損害の主張を認めたことには大賛成です。他方で、最高裁の多数意見は、取得時から虚偽記載の公表時までの市場価格の下落のうち虚偽記載と関係のない部分を除外するという立場をとっており、差戻審の認定によっては、市場下落説と大差ない結果が出るかも知れません。
遅ればせながら、判決(一般投資家訴訟)を紹介しましょう。事案はすでにこのブログでも紹介していますので、省略します。判決は裁判所ホームページに掲載されています。
多数意見
Y1株に関しては,昭和32年3月期以降本件虚偽記載が継続され,上場廃止事由として少数特定者持株数基準が定められた昭和57年10月1日以降継続して同基準に該当しており,現に,東京証券取引所は,本件公表後,同基準に係る猶予期間の経過を待つことなく,財務諸表等虚偽記載基準及び公益等保護基準に該当するとして本件公表後1か月余にして上場廃止を決定したというのであるから,仮に,被上告人Y1が上告人らによるY1株の取得より前に継続してきた本件虚偽記載をやめ,あるいは本件虚偽記載を訂正していた場合には,その後速やかにY1株につき上場廃止の措置が執られていた蓋然性が高く,少数特定者持株数基準に該当する事実の解消に向けた行動が取られたとしても,C社等の持株数に照らして上場廃止を回避するまでに至った可能性は極めて乏しかったとみるべきである。そうであれば,一般投資家であり,Y1株を取引所市場で取得した上告人らにおいては,本件虚偽記載がなければ,取引所市場の内外を問わず,Y1株を取得することはできず,あるいはその取得を避けたことは確実であって,これを取得するという結果自体が生じなかったとみることが相当である。
有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が,当該虚偽記載がなければこれを取得することはなかったとみるべき場合,当該虚偽記載により上記投資者に生じた損害の額,すなわち当該虚偽記載と相当因果関係のある損害の額は,上記投資者が,当該虚偽記載の公表後,上記株式を取引所市場において処分したときはその取得価額と処分価額との差額を,また,上記株式を保有し続けているときはその取得価額と事実審の口頭弁論終結時の上記株式の市場価額(上場が廃止された場合にはその非上場株式としての評価額。以下同じ。)との差額をそれぞれ基礎とし,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載に起因しない市場価額の下落分を上記差額から控除して,これを算定すべきものと解される。
一般投資家である上記投資者は,当該虚偽記載がなければ上記株式を取得することはなかったとしても,取得した株式の市場価額が経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づき変動することは当然想定した上で,これを投資の対象として取得し,かつ,上記要因に関しては開示された情報に基づきこれを処分するか保有し続けるかを自ら判断することができる状態にあったということができる。このことからすると,上記投資者が自らの判断でその保有を継続していた間に生ずる上記要因に基づく市場価額の変動のリスクは,上記投資者が自ら負うべきであり,上記要因で市場価額が下落したことにより損失を被ったとしても,その損失は投資者の負担に帰せしめるのが相当である。したがって,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等当該虚偽記載とは無関係な要因に基づく上記株式の市場価額の下落分は,当該虚偽記載と相当因果関係がないものとして,上記差額から控除されるべきである。
若干の検討
この判決は、まず、本件の事案では、もし虚偽記載がなかったら、投資者が有価証券を取得するという結果自体が存在しなかったと見るのが相当であるとしています。私は、西武鉄道事件は、虚偽記載と取得との因果関係が認められるレアなケースだと思っていたのですが、それを認めたのはごく一部の地裁判決にとどまっていたのに、最高裁がこれを認めたことは画期的であると思います。
ついで、多数意見は、虚偽記載がなければ有価証券を取得することはなかったといえる場合には、取得価額と処分価額の差額、もし保有し続けているときは口頭弁論終結時の市場価格(上場が廃止された場合は、非上場株式としての評価額)が基準となるといいます。
虚偽記載がなければ有価証券を取得することはなかったといえる場合には、取得後の市場価格の変化は損害の発生と基本的に関係がなく、市場価格の変動は、その取得者を原状に回復するためにいくらの賠償を与えたらよいかにのみ影響を与えるからです。そうであるならば、なぜ、取得後の、虚偽記載とは関係のない市場価格の下落分を控除するのでしょうか。
多数意見は、投資者が自らの判断でその保有を継続していた間に生ずる虚偽記載と関係のない市場価額の変動のリスクは投資者が自ら負うべきであるからといいます。これについては寺田裁判官が実質的には反対意見と見うる意見を述べており、田原裁判官が多数意見を補強する補足意見を述べています。この下りは大変に面白いのですが、長くなるので次回で。
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(つづき)意味のある注意表示(meaningful cautionary statement)とは何かという問いかけに、SECは大要、次のように答えています。
何が意味のある注意表示に当たるかは、各事案の事実と状況に依存する。司法が作った「注意表示の法理」(bespeak caution doctrine)に言及しつつ、議会の報告書は、紋切り型の警告(boilerplate warining)では不十分であり、注意表示には、当該発行者の事業に関する情報のように、予測された表示の結果を現実に大きく変える、実質的な情報をもたらすものでなければならないとする。発行者は、すべての知りえたリスク要因を特定する必要はないが、歴史的事実を不実に表示する注意表示はセーフハーバーによって保護されない。
裁判所は、「1フィート先にグランドキャニオンが横たわっていることを知りつつ、ハイキングの同行者に、前方に溝があるかも知れないと警告する者には保護が与えられない」としている(判決名省略)。SECも行政手続きで同様の立場をとっている。
本件では、「高利回り社債への投資の損失は第1四半期よりもかなり低くなると予想される」という将来情報の表示に対し、「高利回り部門の潜在的な(potential)悪化が投資ポートフォリオの更なる損失を招く可能性がある」という注意表示がされている。このような表示は、悪化が現実に起こっていることを被告が知っている場合には、「意味のある」注意表示に該当しない。「潜在的な」という記載が歴史的事実に反するからである。
(以下、感想)
このSECの意見書は裁判実務に影響を及ぼすように思います。
アメリカの連邦法上のセーフハーバールールは、将来情報が虚偽であることを発行者の役員が知っていても、意味のある注意文言を置いておけば、発行者は責任を問われないという奇妙な規定です。これは、意味のある注意文言が置かれた将来情報の表示は重要性の要件を欠くという判例(In re Donald J. Trump Securities Litigation, 3d Cir. 1993)を採り入れて、事実審理前の請求棄却を認めるためのものでした。しかし、1995年の制定当初から、免責規定は嘘をつくライセンスを与えるものであってはならないという批判がありました。また、1995年以降の裁判例は、表示者が悪意であっても注意表示の要件を充たせば被告は免責されると解する裁判例が多いものの、悪意でなされた虚偽の予想に付された注意表示は「意味のある」ものと認められないとして、悪意の要件と注意表示の要件を組み合わせる裁判例もあります。この問題を論じた論文は3つあったのですが、すべて表示者は悪意でも免責される(多数裁判例に賛成)としています。
これに対してSECは、注意表示そのものが虚偽でありそれを表示者が知っているときは「意味のある注意表示」の要件を充たさないと言っているのです。注意表示そのものが虚偽であるとか、それを知っているとかを問うことに意味はないようにも思いますが、紋切り型の注意表示では駄目で、注意表示に虚偽があり表示者がそれを知っているということは、注意表示が保護しようとしている将来情報の表示にも虚偽があり表示者がそれを知っている場合が多いことに注意してください。SECは上記の少数裁判例と同じ立場をとっていることが分かるでしょう。
雑誌「企業会計」には、日本ではセーフハーバールールをどう考えるべきかについても書きました。興味のある方はそちらをご覧ください。
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