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この東日本大震災の揺れは,細かくて長かった。
揺れている間,
「これはきっと宮城県沖地震だ」
「ついにこのときが来てしまった」
「死ぬかもしれない」
などなど・・・一生懸命いろんなことを考えていた。
ふと廊下を見ると,電灯がちらちらしながら消えた。
廊下の押入れは中身が飛び出ていた。
バラバラとヘリコプターが飛び立つ音が聞こえた。
揺れが収まってから,息子を抱っこしたまま室内へ。
ガタガタとふるえながら,
ガスの元栓をチェックし(たまたま閉まっていた),
出かけて戻ってきたまま置いてあった上着と
カバンと抱っこ紐をもって外へ出た。
車はアパート近くにおいてあったので
他のアパートから出てきた人達とちょっとだけ話して車へ。
なんだか寒くなってきて,息子を抱っこして上着をかぶった。
車でFMラジオをつけたけど,何も聞こえなかった。
予防接種の帰り道に聞いたいつもの声が聞きたかった。
本間ちゃんという宮城では有名な人がいつも番組をしている曜日だった。
あっと思って,夫と実家の母と秋田の義母にメールをした。
送信できず,災害伝言メールに伝言を入れた。
(後日聞いたが,届いていなかった)
夫は休みで,宮城野区の陸運局へ行っていたので
そのうち帰ってくるだろうと思っていたので,
ちょっと心細かったが,そのまま車で待っていた。
余震も何度もあった。
抱っこしているうちに息子は寝てしまった。
玄関に災害グッツを置いていたんだった!と思い,
息子をチャイルドシートに固定し,部屋(アパート)へ。
玄関にあったので中に入らず,ただもって出た。
「ここで使わなかったらいつ使う!?」と思った。
水やお菓子などが入っていたので,ちょっと安心した。
だんだん暗くなってきていた。
アパートには,集会室があって,
そこにみんなが集まっていたようだった。
夫が帰ってきたので,また部屋へ行き
毛布などをもって集会室へ行った。
ウチは教員が集まっているアパートなので
炊き出しをしていたようで,うどんを煮たものをもらった。
子どもには毛布と一緒にもちだしたベビーフードをあげた。
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