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かつて日本は美しかったからの転載です。日本人は古来より、天皇を中心として国民が心を一つに合わせて生きてきました。今回の東日本大震災で、今上陛下が被災地にお見舞いに行かれると、その陛下の心から国民を心配され、子どもを愛する親のような慈愛深さに、多くの人が涙が出るほどありがたく感じたと言っていました。今回の時ではありませんが、かなりお年のおばあさんが、天皇陛下よりも自分は歳上なのだが、まるで天皇陛下が自分の親のような感じがしたと言っておられました。

日本で、国民のことを一番大切に愛してくださっているのが天皇陛下であるのは、確実なことです。そしてこれは、古来よりずっと変わらぬ皇室の伝統であり、昭和天皇が、マッカーサーとの会見で、たとえ絞首刑になっても戦争の全責任を負うと言われたように、自分のいのちがどうなっても国民を護ろうとされるのが、歴代の天皇陛下でした。

明治憲法は、欽定憲法と言われ、まるで、西洋の絶対君主のように天皇が意のままに振る舞える君主の権利を認めた憲法であるかのような、封建的な憲法のイメージを、私たちは植えつけられました。ところがじっさいには、この憲法では天皇が統治権を行使されるようにはなってなく、内閣や議会が天皇の名において、いろんな政治を行うことになっていたのです。天皇はそれに従わなくてはならず、かってに議会や内閣の決めたことに反対はできませんでした。

だから第二次大戦の開戦においても、天皇は戦争に反対の立場であられましたが、反対を押し通すことはできなかったのです。終戦の時も同様で、意見を求められて天皇の決定に従うという議会の合意のもとで初めて、終戦のご決断もかなったのです。

なぜ天皇に統治権があると書いてあるかといえば、政治を実際に行う内閣や法律を制定する議会が、天皇の名のもとに行うということで、天皇の国民を思って常に祈られる心、神々に祈られるその御心に沿うように、自分たちの権力闘争を抑え、天皇の神聖性を汚さぬように配慮する気持ちがめばえ、日本全体のことを考えるという姿勢を取るようにするために、天皇に統治権があると書かれているのです。これによって、日本では個人で権力を振り回す独裁者が出ることもなく、政治家は、私欲を自己抑制して、天皇の名においてと記すときには、誠意のある気持ちをもって臨むことができました。


このように明治の帝国憲法では、天皇に主権があったわけではなく、また国民主権でもなく、国家という日本人の古来より連綿と続いた民族的な生命体国家そのものが主権を持っていたと考えるべきでしょう。

この大日本帝国憲法という欽定憲法は、五箇条の御誓文に則って、作られましたが、この五箇条の御誓文というのは、神にむかっての誓いという意味です。日本人は古来より、神々を大変敬う国民でしたから、五箇条の御誓文で神に誓い、形の上では、それを天皇が裁可して発布するという欽定方式でした。そして、憲法も同様な形をとったのです。だから欽定憲法というのは、日本では当然元首の裁可で発布されるという意味ですが、更に神々に誓うという精神が欽定という方式にはこもっているのです。

日本人が日本人らしいやり方で、古来よりの国柄を大切にして創り上げた憲法は、当時は、世界でも伝統と近代を見事に融合させた絶品の美しい憲法と言われ、賞賛されました。

 
転載開始

 
戦後こそ恐ろしい気がします。
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  私は子供の頃から「日本国憲法」は「国民主権」であり、自由と権利、平等が保障されており、はすばらしい!大日本帝国憲法は「天皇主権」で国民にとってひどいものだった、教えられました。よくまあ、こんなウソを教えられたものです。

大日本帝国憲法一章

第1条 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す


第2条 皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之を継承す

第3条 天皇は神聖にして侵すへからす

第4条 天皇は国の元首にして統治権を総攬し此の憲法の条規に依り之を行ふ

  1条から4条の途中まで「国体」を表しており、4条の「此の憲法の条規に依り之を行ふ」が立憲君主制の政体を表しています。

  「天皇之を統治す」というのは「シラス」ということで「お知りにな る」が由来で、天皇が国民の心を知って国民のために公平に統治するという「統治理念」をいいます。これは古事記からきています。反語として「ウシハク」と いうのがあり、西洋や支那のように国土国民を私物にして支配するものです。「シラス」は支配なき自己統治形態といえます。

  「天皇は神聖にして侵すへからす」は国政に関する無答責(政治的には責任はない)を述べており、「国体」と「政体」は別であることを言っています。仮に天皇が主権者であれば無答責のはずがありません。

  「天皇は国の元首にして統治権を総攬し」の国体論として「元首」を規定し、「統治権を総攬」というシラスを手に取ると述べ(有することではない)「此の憲法の条規に依り之を行ふ」と憲法の規定に縛られるとなっています。

  どこにも主権など述べていません。天皇主体説など「天皇主権」を唱える解釈もあり、天皇機関説事件がありましたが、天皇主権であれば日米開戦は昭和天皇は反対だったわけで主権者の意思が通らないはずがありません。

  また、大日本帝国憲法でも言論・出版・集会・結社の自由(第29条)、信教の自由(第28条)は保証されています。なお、婦人参政権※1や労働基本法の制 定は大日本帝国憲法下で枢密院で諮問されて憲法上合致していることを確認されて裁可されています。大日本帝国憲法は自由民権運動の結晶ですから、抵触しよ うはずがありません。ちなみにこの事実を言うとフェミ系の人は「そんなはずはない」と言って怒るそうです。

  戦後、GHQは日本には天皇の下の平等という思想があり、有史以来、天皇と国民が対立したことがないことを知りました。この天皇と国民の一体感が日本の強 さの秘密であると気づきます。そこで日本を弱体化させるため「国民主権」を入れ、天皇と国民が対立可能な構造にしたのです。そして「天皇主権」という圧政 から「国民主権」に解放された、という神話を作ったのでした。

※1 2010/11/8追記

GHQ憲法は昭和22年5月3日に施行。(公布が昭和21年11月3日であり、施行までは大日本帝国憲法が有効)時系列で並べると以下の通り。

昭和20年(1945年)12月17日に改正衆議院議員選挙法公布により女性の国政参加は認められる。

昭和21年(1946年) 4月10日の戦後初の衆議院選挙の結果、日本初の女性議員39名が誕生する。
昭和21年(1946年)10月 7日第90特別議会での審議を経て、憲法改正案成立となる。
昭和21年(1946年)11月 3日GHQ占領憲法公布
昭和22年(1947年) 5月 3日GHQ占領憲法施行

ちなみに明治13年(1880年)9月20日、日本で初めて(戸主に限定)地方女性参政権が認められている。(「区町村会法」を改訂により4年間で消滅)



参考文献
  「続・日本人が知ってはならない歴史」若狭和朋著
  「天皇論」小林よしのり著
  「父が子に教える昭和史」『"民主主義”占領軍がもたらしたのか?』岡崎久彦

添付画像

  憲法発布略図(PD)

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転載終り


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