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或る方のブログで拾った歌です。
あまりに荒唐無稽な歌なので替え歌にしてみました。
『戦争を知らない子供たち2011』
1、日華事変は蒋介石が後方も含めて七十万人の大軍を動員し、上海警備の日本海軍陸戦隊を攻撃してきた事が始まりです。蒋介石の目論見は、「上海の海軍陸戦隊を攻撃すれば、日本から陸軍主力が救援に駆けつけてくる。それを上海近郊に作った塹壕戦に誘い込み殲滅してしまおう」というものでした。
そのために蒋介石は1936年から上海の西側から南側に3線からなる塹壕線と20000か所以上のトーチカ(コンクリートで覆われた機関銃陣地)を作っていました。これは第1次上海事変の停戦条件に明確に違反する行為です。本来ならばその場所は非武装地帯として日支間で合意された場所です。
支那はパリ不戦条約に加盟していました。パリ不戦条約とは国家の意思による先制攻撃を禁止した条約です。
しかし蒋介石が動員した70万人と云う兵力は、国家意思の発動以外に出来る事ではありません。
支那は明確に第1次上海事変の停戦条件を破り、パリ不戦条約も破って、日本に戦争を仕掛けてきたのです。
パリ不戦条約では、国家の意思によって先に作戦計画を先制発動させた側が侵略者です。
つまり、支那が侵略者なのです。
教科書では日中戦争(日華事変が正しい)は盧溝橋事件から起こったと書かれています。
恩師秦郁彦先生を含む歴史学者もそれを支持していますが、盧溝橋事件は警備隊同士の小競り合いであります。現地では停戦協定が結ばれていますし、その後北支は静謐が保たれました。教科書の記述は間違いなのです。
2、張作霖は満州を支配していた軍閥の一種ですが、20年先の税金まで徴収しようとしたり、故無くして市民を投獄したり、農民から土地や作物を取り上げたりしていました。
さらにソ連に対しても戦争を仕掛けたりする無茶無法を働いていました。
関東軍は一方的に北大営の張軍閥を攻撃し、満州を支配した様に歴史の教科書に書かれていますが、それは間違いです。張作霖軍閥の苛政に苦しむ満州人民を解放する人道介入でもあったのです。
さらに、張作霖軍閥は南満州鉄道の破壊や列車強盗まがいの行為もしていましたから、それを取り締まる警察行動でもあった訳です。
満州事変を侵略だという人は、NATOのコソボ介入もリビア空爆も侵略だと言わなければなりません。
関東軍はその後満州に善政をしき、満州国へは支那からも移民が殺到し、支那大陸で唯一重工業も興っています。
教科書では日本が満州を支配し、略奪暴行やり放題と書かれていますが、略奪暴行を取り締まったのはむしろ日本軍であります。
満州が教科書に書かれている通りならば、支那人が移民してくる筈など無いのです。
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そもそも侵略と言う定義も曖昧です。
断りもなく、他国に軍隊を進駐させただけで侵略と言うのならば、欧米、ソ連、中国などほとんどの国々が文句なしの侵略国家です。
傑作です!
2011/6/24(金) 午後 6:26 [ - ]
もとき様
ほんとですね。定義も曖昧な言葉を、日本にだけ当てはめて、使っているのですからね。まさに自虐史観なのに気づかないのが、まるで催眠術にかかっているような洗脳状態ですね。
傑作ありがとうございます。
2011/6/27(月) 午後 5:57 [ kakinoki ]