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民主党の前原議員が、靖国のA級戦犯が合祀されているから、天皇陛下も首相も参拝できないので、分祀すべきだと言っています。そして中国韓国も分祀さえすれば、文句は言わないはずだと言っているようで、す。民主党は、政権をとって以来、靖国参拝を閣僚の誰一人していません。これは中国韓国に配慮したということでしょうか。外国に気兼ねをして、日本の国のためにいのちを捧げた人を慰霊する気持ちもないとは、一体どこの国の政権かと言いたくなります。
この靖国神社にA級戦犯が合祀されているからという、靖国の不参拝理由を聞くたびに、一体A級戦犯とは何を意味するのかわかっているのかと思います。こういう人たちにとって、A級は悪くて、B級C級ならいいのかと聞いてみたくなります。
そもそもA,B,Cを罪の重さのレベル分けと考えている人が多いのではないでしょうか。もっとも連合軍は、日本人がそのように誤解するようにとわざとABCを使ったと言う説もありますが、そもそもは、罪の種類分けであって、重さではないのです。
東京裁判はナチスをさばいたニュルンベルク裁判をモデルにしてあてはめたもので、ニュルンベルグ裁判では、ナチスは
A)侵略戦争を計画遂行した罪、 B)通常の戦争犯罪(捕虜虐待、民間人殺傷など)、 C)人道に対する罪(ユダヤ人虐殺)の三つで訴追されました。 日本では当時の東条首相を始め戦争指導者と言われる人たちが、A級で死刑になっていますが、当時の国際法では、戦争をする権利はどの国にもあって、戦争をしたから犯罪ということはなかったのです。いまもですが。
これを平和に対する罪とか言う罪状にしたのは、事後法(遡及法)であり、明らかに裁く理由付けであり、法治主義に反しているのです。だからパール判事は全員無罪と判定したのです。
そもそも、現代公表され始めたいろんな資料によれば、ルーズベルトこそ、日本を戦争に引き込むためにいろいろな工作をして、ついにハル・ノートで日本が戦争せずにはおれないまでにしたのであり、むしろルーズベルトこそA級戦犯です。
また、BCにしても、連合軍の裁判では証言者はその証言の信憑性は問われず、言いたい放題で、証明は必要なく、裁判としてはでたらめなものでした。
大体原爆を落とし、東京大空襲などで民間人を大量に殺傷したのは、彼らの方なのです。この東京裁判のデタラメのひどさのせいで、その後の世界での戦争において、二度と国際法廷を開くことが連合国はできなくなりました。
もし開けば、東京裁判の違法性が議論にならざるを得なく、自分たちの方にこそ、戦争犯罪が問われる論議が出てくる可能性が強いので、開きたくても開けないのです。日本の戦争を侵略戦争と断定しましたが、侵略戦争の定義も定かでなく、この東京裁判の判決の曖昧さ、整合性の欠如は、その後の国際法の発展を阻害しました。本来なら湾岸戦争でのイラクののフセイン大統領のごときは、国際法廷で裁かれるべきだったのです。それができないのは、東京裁判で勝者の復讐裁判をやってしまったからです。
そんな東京裁判の連合国側の判定で死刑になったA級戦犯を、未だに持ちだして、あたかも重犯罪人のごとくに靖国問題を語るのは、日本人としておかしいと思います。
もちろん東条首相などの指導者が日本の進路をいろいろと間違えたとかはあるかも知れませんが、当時の国際政治の中で、試行錯誤してその結果間違えたからといって、それで死刑になっていたら、誰も政治家などやれません。だいたい、ハル・ノートが通達されるまでは、日本は我慢に我慢を重ねて、
また国民もみな同じ潮流の中で、世論を沸騰させたりして、その結果戦争に突入していったのであり、A級戦犯だけに罪を着せるのは、どうかと思います。この裁判の判定は、日本人自身の総括とは、また別の次元の話であり、連合国によって裁かれた人々を、ある種の戦死者
この靖国神社にA級戦犯が合祀されているからという、靖国の不参拝理由を聞くたびに、一体A級戦犯とは何を意味するのかわかっているのかと思います。こういう人たちにとって、A級は悪くて、B級C級ならいいのかと言いたくなります。
そもそもA,B,Cを罪の重さのレベル分けと考えている人が多いのではないでしょうか。もっとも連合軍は、日本人がそのように誤解するようにとわざとABCを使ったと言う話もありますが、そもそもは、罪の種類分けであって、重さではないのです。
東京裁判はナチスをさばいたニュルンベルク裁判をモデルにしてあてはめたもので、ニュルンベルグ裁判では、ナチスは
A)侵略戦争を計画遂行した罪、 B)通常の戦争犯罪(捕虜虐待、民間人殺傷など)、 C)人道に対する罪(ユダヤ人虐殺)の三つで訴追されました。 日本では当時の東条首相を始め戦争指導者と言われる人たちが、A級で死刑になっていますが、当時の国際法では、戦争をする権利はどの国にもあって、戦争をしたから犯罪ということはなかったのです。いまもですが。
これを平和に対する罪とか言う罪状にしたのは、事後法(遡及法)であり、明らかに裁く理由付けであり、法治主義に反しているのです。だからパール判事は全員無罪と判定したのです。
そもそも、現代公表され始めたいろんな資料によれば、ルーズベルトこそ、日本を戦争に引き込むためにいろいろな工作をして、ついにハル・ノートで日本が戦争せずにはおれないまでにしたのであり、むしろルーズベルトこそA級戦犯です。
また、BCにしても、連合軍の裁判では証言者はその証言の信憑性は問われず、言いたい放題で、証明は必要なく、裁判としてはでたらめなものでした。
大体原爆を落とし、東京大空襲などで民間人を大量に殺傷したのは、彼らの方なのです。この東京裁判のデタラメのひどさのせいで、その後の世界での戦争において、二度と国際法廷を開くことが連合国はできなくなりました。
もし開けば、東京裁判の違法性が議論にならざるを得なく、自分たちの方にこそ、戦争犯罪が問われる論議が出てくる可能性が強いので、開きたくても開けないのです。日本の戦争を侵略戦争と断定しましたが、侵略戦争の定義も定かでなく、この東京裁判の判決の曖昧さ、整合性の欠如は、その後の国際法の発展を阻害し、本来なら湾岸戦争でのイラクののフセイン大統領のごときは、国際法廷で裁かれるべきだったのです。それができないのは、東京裁判で勝者の復讐裁判をやってしまったからです。
そんな東京裁判の連合国側の判定で死刑になったA級戦犯を、未だに持ちだして、あたかも重犯罪人のごとくに靖国問題を語るのは、日本人としておかしいと思います。
もちろん東条首相などの指導者が日本の進路をいろいろと間違えたとかはあるかも知れませんが、当時の国際政治の中で、試行錯誤してその結果間違えたからといって、それで死刑になっていたら、誰も政治家などやれません。また国民もみな同じ潮流の中で、世論を沸騰させたりして、その結果戦争に突入していったのであり、A級戦犯だけに罪を着せるのは、どうかと思います。この裁判の判定は、日本人自身の総括とは、また別の次元の話であり、連合国によって裁かれた人々を、ある種の戦死者とするのは、この裁判が戦争の継続としての勝者の復讐によるものであることから、当然ではないかと思います。 争の継続としての勝者の復讐によるものであることから、当然ではないかと思います。
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