サイタニのブログからの転載です。皇室が男系を維持しながらも、2672年、今上陛下で125代続いてきたことは、日本民族が、皇統を維持して歴史を継続しようという意志を持っていたからにほかなりません。そこに民族の意志がなければ、続くはずはなかったと思います。日本民族が、天孫降臨の神話から由来する万世一系の天皇を中心として戴いて、その国柄を守っていくことを美しいと感じ、誇りとしてきたからこそ、民族全体でこの国柄を守り抜いてきたのだと思います。竹田恒泰著 「皇族の真実」より
皇室が2000年続いた理由
それにしてもよくこれほど長い間、一つの王朝が続いてきたものである。もちろん何度か王朝が交代したのではないかという学説も主張されているが、最も新しい時代の王朝交代説は古代飛鳥時代の第二十六代継体天皇で、仮にこのときに王朝交代があったとしても、それ以降は学説的にも王朝交代は主張がないため、日本の皇室は最短でも1500年間は続いていることになる。
まして、継体天皇の王朝交代説には強い批判があり、学会では継体天皇は応神天皇の五世孫であると認める方向にあることは既に記した。万世一系の起点を明らかにすることがこの本の主旨ではないので、この議論にはこれ以上立ち入らないことにするが、日本の皇室は最短で1500年、最長で2665年、大まかには約2000年程度、続いていると考えてよい。そして、これは世界の歴史に類を見ない長さである。世界史上、400年以上続いた王朝はほとんどない。まして1000年以上存在した王朝は日本の皇室を除いて皆無である。
しかも驚くべきことに、天皇家は極めて困難とされる男系継承によって2000年続いてきた。世界史上数々の王朝が成立しては消えていったが、その多くは王統を女系にまで広げておきながらも日本の皇室より長い歴史を刻んだものはない。
現代では、皇統を男性に限ることは皇統の維持を困難にすると考える人もいるが、天皇家が存続してきたのは、むしろ皇統を男系に限ってきたからではないだろうか。それにより不要な争いが回避されてきたとみることができる。もし 天皇家が女系継承を認めたなら、皇室は間もなくいくつかの系統に分かれることになる。
つまり、女性天皇の配偶者が仮に鈴木さんだった場合、「鈴木王朝」が成立したと観念することができ、皇統に属する女系の家と、皇統に属さない男系の家が並立することになる。時代が下ることでその系統はさらに分かれ、そうなった場合、何百年か経過した後に、かつての水戸学のような学問が再興され、「皇統に属する女系と皇統に属さない男系ではどちらが天皇家としてふさわしいか」といった議論が起こらないとも限らない。
つまり天皇家は男系を守ることによって、長い間唯一絶対の存在であったことになる。万世一系であるがゆえ、天皇家に苗字はない。名前を付けてほかの朝廷なり豪族と区別をする必要がなかったのだ。このことは皇室の凄みを何よりも明確に表わしているのではないだろうか。
それを可能にしたのは女系の天皇を認めてこなかったからにほかならない。通常世界の王家には苗字がある。苗字を付けなければ、どの時代のどこの王家か区別がつかないのだ。ヨーロッパ各国にしても中国にしても、彼らの歴史は王朝交代の歴史であった。例えば中国の王朝といっても無数にあるため、明朝とか清朝などと呼称により区別する他なく、ヨーロッパでも、ハプスブルク家やブルボン家などと、王家には必ず名前があったのだ。
ではなぜ皇室はこれほどまでの長い間存続してきたのだろうか。その答えは高松宮宣仁親王が生前によく語っていたことが最も的確であると思われる。これについて寛仁親王殿下がお話しになった記事があるので次に引用する。
「私〈寛仁親王殿下〉は伯父様〈高松宮殿下〉をずっとお手本にしてきたところがあって、こういう言い方は申し訳ないんだけれど伯父様を水先案内人と心得てやってきました。
中でも伯父様が生前よくおっしゃっていたのは、皇族というのはいにしえの昔から国民に守られてきたんだ、ということです。 京都の御所を見てもそのことがよく分かる。あそこはどこからでも侵入できるし、外国の城のような大きな濠もなければ、高い塀もない。ところが長い年月、泥棒が入るでもなくずっとあのままの佇まいで在りつづけているわけです。伯父様は、そのことを見ても皇室がいかに国民によって守り育てられてきたかが分かるとおっしゃっていました。私もその通りだと思います。」
(寛仁親王殿下「皇室と日本人」『文嚢春秋』93年7月号) また、皇居や御所が過剰に警備されていることに対して、高松宮は喜久子妃殿下に次のように語っていた。
「皇族というのは国民に護ってもらっているんだから、過剰な警備なんかいらない。堀をめぐらして城壁を構えて、大々的に警護しなければならないような皇室なら、何百年も前に滅んでいるよ」(『文嚢春秋』98年8月号)
多くの王は軍事力によって守られていた。高い城壁に深い堀を巡らし、軍事要塞に住むことによって安全が保たれていた。軍事力によって守られる者は軍事力によって倒される運命にあったわけだ。しかし、軍事力を持たずに、国民によって守られてきた日本の皇室は軍事力によって抹殺されることはなかったということになろう。
そして皇室が国民に守られてきたのは、天皇と国民の間が強い信頼関係で結ばれていたからにほかならず、それを可能にしたのは、例外はあるも歴史的に 天皇は政治に関与せず、主な御役割は民の幸せを願うことであったことによる。
天皇に「私」はなく、民全体の幸せのためにあり続けてきたのだ。そのことは、天皇の御日常が質素であり続けたことからも察することができよう。世界中の王宮が賛沢の極みであることと、1000年以上 天皇の居所として使用された京都御所が質素の極みであることを比較すれば容易に理解することがでる。
皇室が長年存在してきたことはその他にもたくさんの要素があると思うが、日本の歴史を通して皇族方の担ってこられた御役割もその重要な要素の一つであることは、本書を読んでいただいて理解していただけたことと思う。
とにもかくにも、これほど長い歴史を持つ皇室が、現在もしっかりと存在していることは、私は日本人として大変誇りにしており、途中で廃絶させることなく大切に継承させてきた先人たちに、最大の敬意を表わさずにはいられない。
そして 天皇とは男系によって継承されるものであり、男系によって継承されてきた 天皇こそが「万世一系の天皇」である。なぜ先人たちが男系継承にこだわってきたかについては既に述べたのでここでは繰り返さない。
しかし、もし男系でない天皇が誕生したとしたら、それは「万世一系の天皇」とは似て非なるものであり、その時点で「万世一系の天皇家」は断絶したことになる。したがって、皇統は絶対に男系によって継承されなくてはならないと断言して結語としたい。
※「皇族たちの真実」はここで終わらせて頂ます。最後までおつきあい頂きありがとうございました。今日感じましたのは、私20何年前に奈良にある歴代の 天皇御陵を御参り(みささぎ巡拝)させて頂いた事がありました。 それは、天皇陛下、御皇室の大切さを、有難さを知りたくて御参りさせて頂きました。(本を読んでも解らなかったからです。)あれから、皇居の奉仕活動に偶々何回か参加させて頂き間近に 今上陛下」、美智子妃殿下を拝見させて頂き感動した事を覚えています。 マッカーサーが 昭和天皇にあって私は紳士を見たと感動して玄関まで送ったと言われていますが、やはり普通の方ではないのではと思います。 また 、皇族の子孫竹田の宮様の講演も偶々聞かせて頂きこれも奈良の 天皇御陵を御参りさせた縁ではないだろうかとこの頃感じている次第です。
時間が取れたらもう一度すべての天皇御陵(みささぎ巡拝)を御参りさせて頂こうと思っています。よろしかったら皆様方も行かれませんか。
素晴らしいですよ。(御陵に御朱印?がありまして、全ての御陵を廻られて御朱印を掛け軸にされておられる方もいます。(サイタニ)
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転載ありがとうございます。一段と良くなっています。私は記事
掲載に専念して皆様に拡散お願いしたいと思っています。
2012/2/22(水) 午後 8:26 [ サイタニ ]
サイタニ様
いつも素晴らしい記事を有難うございます。
2012/2/23(木) 午前 1:06 [ kakinoki ]
京都御所は何度も何度も訪れた場所です。
「低い塀で大丈夫なのかな・・」といつも思っていました。
傑作
2012/2/23(木) 午後 11:32
カッコいい!興味をそそりますね(^m^)
2013/6/28(金) 午後 6:00 [ プラダ 店舗 ]