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またしても・・・です。
怒り心頭です。
13日のニュースですが、皆さんはご存知ですか。

JAXA:職員のパソコン感染、無人補給機情報など流出か

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は13日、職員の業務用パソコン1台がウイルスに感染し、内部の情報が流出したと発表した。国際宇宙ステーション(ISS)に物資を輸送する無人補給機HTV(愛称こうのとり)の情報などが漏れた可能性があるという。
 JAXAによると昨年7月6日、筑波宇宙センターでHTVの運用に従事する30代男性職員が「忘年会」と題されたメールの添付ファイルを開いたところ感染。同様のメールは数人に送られ、送信者が職員の知人の名前と同じだったため勘違いして開封してしまったという。
 8月11日、パソコンに異常が検出されたため調べた結果、感染が判明。駆除したが解消されず、今年1月6日になって、別の新種ウイルスへの感染と、昨年7月6日〜8月11日に情報が流出したことが新たに分かった。
 流出した可能性があるのは、HTVの組み立てや物資搭載に関する手順書▽取引先を含む1000人分のメールアドレス▽JAXAの業務内システムや米航空宇宙局(NASA)のISS運用計画書などにアクセスできるIDとパスワード−−など。今後、流出情報の特定を急ぐ。【岡田英】(毎日新聞)
 
 
国策の研究所は何をやっているのでしょう。
セキュリティ管理、危機管理ができていません。
危機意識も希薄です。
無人補給機HTV(愛称こうのとり)の技術盗み出しは中国の担当者にとっては大手柄のはずです。
 
何故か?
それは、国際宇宙ステーションに参加せずに、独自のシステムを構築中だから。
何故独自の宇宙ステーションなどのシステムを構築するのか?
それは創設中の自国の宇宙軍にとって、国際協調体制では具合が悪いからです。
コツコツと研究せずに盗み出して、簡単に宇宙軍のシステムを組みたいのです。
 
どこの研究機関、研究所もご注意ください。
「ウチのような研究所は関係ないよ」と思っていても、踏み台にされて、目標の研究機関に侵入されます。
研究所同士何らかのつながり(研究者のうちの一人であろうとも)があれば、立派に踏み台の資格があります。
 
サーバーのセキュリティーを高めること!
自分の研究であっても、家に持ち帰って私物のPCに入れないこと!
始業時と中間(休みなど)にウイルスチェックをすること!
 
研究者の方は研究で成果を出すだけでなく、成果の保護も万全にお願いします。
成果も日本の、国民の財産です。

転載元転載元: くにしおもほゆ


ある時、朝日新聞が、文部省の検定で侵略を進出と書き換えさせたという誤報を掲載し、それが中国の批判を招き、韓国も同調して、大問題になったことがあります。全くの誤報であるにもかかわらず、総理大臣は中国韓国に謝罪し、たぶん経済援助も増やしたりしたことでしょう。

しかも、今後教科書検定には、中国韓国などの近隣諸国の感情への配慮を基準に加えるという「近隣諸国条項」を制定しました。

自分の国の教科書を書くのに、外国の意見を入れて書くなど、どこにそんなことをする国があるでしょう。それぞれの国がそれぞれの視点で歴史を書いているのです。例えばフランスではナポレオンは英雄として教科書に載ります。しかしイギリスではナポレオンは侵略者として悪者として載ります。だからといってお互いの国が抗議することはありません。これは自国の主権に基づいた内政の問題であり、外国が干渉すべきことではないからです。

今の日本は、この自国の内政に、どれだけ中国韓国から干渉があるか。そしてその度に政府は謝罪し、マスコミや知識人達は中国韓国の味方をして、文部省を非難し、けしからんと騒ぎたてます。この内政干渉が異常なことであることさえ問題とはならずに、日本を少しでも良く言ったらだめだというのです。

この内政干渉は、靖国参拝問題でも同様です。そこには常に、日本の朝日新聞などのマスコミが、政府を非難し、中国韓国の非難を誘導し、大問題となるように騒ぎ立てるのです。

従軍慰安婦問題も同様です。常に火をつけるのは日本のマスコミであり、それによって韓国中国が騒ぎ立て、日本が謝罪します。

こうして、日本は永久に近隣諸国の下位に位置づけられるのです。誰かがシナリオを書いているのです。

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歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。 
まずは福地先生の小論文を読んで頂いた後に、今回は福地先生に関わる重大なある事実をお話ししなければなりません。・・・
 
 
教科書誤報事件は偶発事件だったのか 
  
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高知大学名誉教授 福地惇 
 
日本を永久に抑え込みたい旧敵国は、日本の近隣諸国をも巧みに利用する策略をしてきた可能性が高いと私は見ている。一種の「以夷制夷」戦略の実行である。それと思しき事例は多数に上るが、紙幅の関係で、日支関係における歴史認識問題を取り上げよう。

1982(昭和57)年6月下旬に突発した教科書誤報事件は、今では多くの人々の記憶からは薄らいでいるのだが、実に怪しく重大な事件であった。

時あたかも、高度経済成長で経済力を付け、エズラ・F・ボーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979=昭和54年)で持ち上げられ、強国に復興できたと国民の多くが自信を回復していた時期である。この事件は、歴史教科書問題で一見大した問題とは思えなかったが、事態はこうだった。 
この年、教科書出版各社が文部省の検定審査に提出した高騰歴史教科書はいずれもあの戦争を「日本軍が華北に侵略」と記述したが、それを検定調査段階で文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせた、と有力新聞各社が大々的に報道した事件であった。

新 聞報道直後の文部省の調査で、その事実はなく、「誤報」であったと直ちに判明したが、シナ共産党、韓国政府の異常で猛烈な日本政府非難が沸騰してしまっ た。北京政府は、書き換えは日中共同声明の精神に違反すると厳重抗議してきた。韓国政府もこれに倣った。日本の左翼はもちろん大いに同調した。
狼狽した鈴 木善幸内閣はシナ共、韓国と左翼の攻勢に屈した。「侵略戦争で多大なご迷惑をおかけしました、教科書の内容を歴史の事実に遭うように直させますのでお許し ください」と降参したのだった。謝罪証文として教科書検定基準に「近隣のアジア諸国と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」との文言が追加され た。所謂『近隣諸国条項』である。時の内閣官房長官は、後の首相宮沢喜一である。近隣諸国の威圧に屈して「降参」すれば、その後はかなりの確率で立身出世 できるのである。その事例は多数に上る。

実は、前年(昭和56年) の衆参同日選挙で自民党は圧勝して、経済成長で国民の自信も大いに回復してきたところで、同党は長らく問題にされていた左翼偏向歴史教科書の改善対策に前 向きで取り組むことを決定していた。大いに注目すべき事実である。しかし、この騒動で自民党の歴史教科書改善政策は棚上げを余儀なくされただけではなく、 謝罪の政府見解と『近隣諸国条項』、で再び取り上げるのは困難な事案に化してしまったのだ。

歴史教科書問題が異常なのは、「家永三郎教科書裁判」が象徴していた。戦前を悪しざまに叙述し過ぎると文部省検定は家永本を不合格とした。これをネタに家永と左翼反日運動団体や運動家が教科書検定は憲法違反だと訴訟を起こし、何と32年間(昭和40年〜平成9年)も係争が続いた異常さだった。日本の左翼がその主導者だが、一連の事態の背後に北京共産党政府や韓国政府の対日かく乱工作がなかったと言い切れるだろうか。

1982年 の教科書誤報事件も、日本の左翼マスコミと北京やソウルの対日工作機関との連携による謀略の臭いがするのだが、当時の政権や国会、そして関係当局は真剣に この問題の背景に探りを入れたのだろうか。かくして、今では政界も言論界も学会もこんな問題は大したことではなかったかのように、忘れたようなふりをして いる。シナ共産党や韓国政府が「歴史カード」を縦横に活用して、教育問題への内政干渉や対日威圧外交を堂々と展開し始めたのは、この事件が大きな契機だっ たのである。
(日本戦略研究フォーラム季報掲載より 画像は福地先生から頂きました) 
・・・・・・
 
 
福地先生は高知大学教授を経てから文部省の歴史教科書の検定にあたる主任教科書調査官(日本史担当)に就任なされました。

そして問題の平成109月、福地先生は会員制月刊誌「MOKU」(黙出版)の平成108910月号の「西郷隆盛と勝海舟」をテーマにした座談会を行い、その座談会で教科書検定基準の「近隣諸国条項」を批判したとして、福地先生は主任教科書調査官の更迭処分を受けました。

しかし、その内容が処分を受けるべき内容であるのか皆さんにも読んで頂きたく以下に掲載いたします。この時の出席者は福地先生と外交評論家で元駐タイ大使の岡崎久彦氏、お茶の水女子大名誉教授の勝部真長氏の三氏です。(以下敬称略) 
 

 岡崎 「…戦後は平和主義だからよくて、戦前は帝国主義だからけしからんというわけですね。ああいう歴史観というのは直らないですかね」

福地 「ちょっと無理ですね。私は今年の四月から文部省の教科書調査官になったんですが、平成十年度は小学校の社会科で六年生から日本史が入っていまして、それを読むと、近代史が幕末から現代までの半分ぐらいあって、ほとんど戦争に対する贖罪(しょくざい)のパンフレットなんです。

…僕はちょっと気が滅入りました。あの戦争はよかったとはいえませんが、わけありでああいうことになったわけで、日本だけが悪いという感じで書かれると、子供たちが本当にどういう気持ちがするだろうかと思いますね」

岡崎 「現代のモラルを過去の歴史にあてはめて考えるということをやめるということにならないのかな。文部省の中でそれを正面から取り上げてもだめですか」

福地 「難しいですね。というのは、政府がそういう方針で、鈴木内閣の宮沢官房長官の教科書問題のとき以来、歴代首相がずっと謝っていますからね。しかも、教科書検定のときに、近隣諸国条項というのがあって、日本は侵略戦争をして悪かったと書いていないとまずいんです。そういうがんじがらめの体制になっていますから。教科書を書く人が、戦前から戦後の日本というものをあまり貶(おとし)めて書きたくないと思っても、それができないわけです…」

岡崎 「日本がいなかったら、おそらく清国とイギリスの同盟でしょうね」

福地 「同盟にいけるまで中国が立ち上がったかどうか。あそこは蒋介石、毛沢東が出てくるまでは四分五裂ですからね。ロシアとイギリスに上手に分割されたんじゃないですか」

岡崎 「そうですね。黄河流域と揚子江流域の間あたりで分割された可能性がありますね」


福地 「日本の中国進出には、そういうことを阻止した面もあったわけです。ところが、小学校六年生の社会科の教科書には、南京大虐殺を匂わせる記述が必ず入らないといけない状態になっています。上海事変から南京攻略まで、写真入りでかなり詳しく書いてあって、非戦闘員である中国の婦女子、あるいは無辜(むこ)の民を凌辱したと書いてあるわけです。戦争ですから、そういうこともあったでしょうが、そういうことばかりを教科書で子供たちに教えている国というのはないと思いますね」

「世界大戦の悲劇が強烈だっただけに、日本は戦争というものに対してアレルギーになり過ぎたんですね。すべて戦争は悪ということになってしまった。…戦争というのはいいものじゃないですが、やむにやまれぬ状況での戦争なんです。自分たちの母国を守りたいというのは人類の本能で、それは二十一世紀になっても変わらないと思うんですね。ところが、日本の戦後教育は、その本能が間違いだとずっといってきている。それで日本は生き残っていけるんでしょうか」

「戦後の歴史学というのは、現代のフィルターをかけて、そこに合わせ過ぎちゃっているんですね。当時の人はなにを思って、なにをやっていたのか。似たような言葉でいっているんだけれども、その言葉そのものの概念がかなり違うわけです」・・・・・

 
この福地先生のご発言は全くその通りであり、何も問題などありません。
近隣国から付け入られる近隣諸国条項こそ問題なのであります。

この月刊誌が出た時は何も騒がれずにいました。しかしその6ヵ月後、江沢民が来日するに当たり共同通信がこの座談会を配信し、朝日新聞を筆頭にマスコミが騒ぎ出したのです。

すると元東大教授である有馬文部大臣は「実にけしからん発言だ」と言って福地先生を更迭しました。文部省は福地先生を文書による厳重注意処分にした上で教科書調査官を解任し初等中等教育局付にしたのです。

 
これに対し反日左翼団体はこのような声明を出しました。 
 
昨 年11月に一連の不穏当な言動によって教科書調査官を解任された福地惇氏が、今年4月1日付をもって初等中等教育局視学官に任命された。私たちは、検定中 の申請本の内容を一方的に公表して守秘義務に違反した福地氏を、文部省が視学官という重要な職に任命したことに抗議する。 
私 たちは、福地氏がすでに表明しているような、政府の公式見解とも矛盾し、国際的にも通用しない特異な歴史観にもとづいて、視学官としての立場から地方教育 行政や教育実践研究などを指導したり、学習指導要領の伝達講習にあたったりするのであれば、その弊害はきわめて大きいものとなることを危惧するものであ る。 
私 たちは、福地氏が視学官としての業務を行うにあたって、公務員として当然守るべき日本国憲法の平和・民主主義の原則とその原点である侵略戦争の反省の立場 を堅持することを求めるものである。また文部省は、すべての文部省職員が、日本国憲法・教育基本法の原則に立ってその業務を行うよう、指導を徹底すべきで ある。 私たちは、上記の当然のことが実行されるよう、ひきつづき監視を強めることをここに表明する。 
  1999年4月23日  
 「教科書に真実と自由を」連絡会  
 子どもと教科書全国ネット21    
日本出版労働組合連合会     
  歴史教育者協議会          
 
 
以上の経緯、皆さんはどのように思われたでしょうか。 

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国際派日本人養成講座からの記事です。

日本国憲法がわずかに日本の国柄をあらわしている部分があるとすれば、第一条の天皇は日本国民統合の象徴という部分でしょう。この記事にもある通り、これはアメリカ製の憲法の中で唯一的を突いた言葉ではあります。しかし、だからといって、象徴という地位に押し込める必要はありません。歴史上常に天皇は国民統合の象徴であられましたが、現在の憲法下よりも、明治憲法下における方が一層、象徴であられる度合いは強かったと言えます。


今の憲法は、天皇を象徴という地位に押し込めたことで、むしろ象徴としての働きを封じたとさえ言えるかも知れません。

それでも、天皇陛下は、常に誠を尽くされ、精一杯の仁慈を国民に、世界に及ぼされました。
 
 現代の日本人で国際社会から最も尊敬を受けているのは今上陛下であろう。陛下は国際派日本人の最高のモデルである。

    ■1.スペイン駐日大使より:パイプオルガンの修復■


平成二年、今上陛下の御即位に際して、世界各国の駐日大使が祝辞を寄せたが、その中で、スペインのアントニオ・オヤサバル大使のメッセージは、儀礼的な挨拶もなく、いきなり次のようなエピソードで始まっている。いかにもこれだけは言っておきたいという感じだ。以下はその全文である。[1,p45]

1985年、さる高名な伝統的パイプオルガンの製作・修復技術者の妻である白川町(註・岐阜県加茂郡)の辻紀子さんが、現在の天皇・皇后両陛下、当時は皇太子殿下ご夫妻に、スぺインのサラマンカの大聖堂のメインオルガンの修復をお願い申し上げました。そのオルガンはこれ以上放置すればもはや修理不可能なほど老朽化していました。両陛下は即座にこれに応えられて、前スペイン大使林屋氏に在スぺイン日系企業の間で基金を募り、また修復作業の許可をスぺインの当局から得るように依頼されました。

辻夫妻の二年にわたる懸命な修復作業の結果、パイプオルガンは全盛期の姿に復元され、それを記念して、去る3月25日、岐阜県知事梶原拓氏やサラマンカのすべての地域や教会の著名人列席のもと、林佑子氏とモンストスクラット・トレンジさんらによる荘重なコンサートが開かれました。それはこのスペインの美しい中世風の街を背景として、スぺイン―日本間の友好を象徴する荘厳な行事でした。

人も国家も自分の身のまわりのことにしか関心を持たない昨今の風潮のなかで、両陛下が遥か異国の芸術作品の救済に乗り出されたことは、まことに稀有な行ないであると思われます。両陛下はこうした文化財を、国境を超えた人類共通の遺産であると考えられていらっしゃるのでしょう。


    ■2.インド駐日大使より:インド人の福祉事業家■

また、インドのA.G.アスラニ駐日大使は祝辞の中で、次のようなエピソードを紹介されている。

昨年、78歳になる引退したインド人の魚類学者が私の所に手紙を寄こしました。私にはまったく面識がありませんでしたが、彼はアメリカから帰国する途中、東京で数日を過ごす予定だが、その際に天皇陛下に拝謁を賜るだろうとのことでした。彼は小児マヒのために車椅子や松葉杖を手離せない生活をしていました。この比較的無名の老人が果たして本当に拝謁を賜ることができるのかどうか私には確信が持てませんでした。

彼が拝謁を終えて私の所に来た時は、まさにうれしい驚きでした。彼の学問的業績と福祉事業に陛下は興味を示されたというのです。 この老人は現在インドで小児マヒの人々のための養護院を経営していますが、この時に陛下の特別のおはからいで、何人かの日本の身体障害者の訓練をする機会を得られたそうです。



    ■3.善意のうずを生み出す仁慈■

読者諸兄は、この二つのエピソードが共通した構造を持っていることに気がつかれたであろうか。

      1)オルガン修復や、福祉事業を志す人々を見つけられる。
      2)その善意に力添えするよう関係者に依頼される。
      3)依頼された側は、善意で協力をする。

こうして一つの善意が、陛下のご助力で、他の人の善意を引き起こす。まさに善意の「うずまき」が生じているのである。

善意を発揮して、世のため人の為になるするのが、人間の最高の自己実現であるとすれば、その善意を引き出す陛下の行いは、最高の仁慈であると言える。

    ■4.日本のチャオ・ファー・チャイ(皇太子)が持ってきてくれた「仁魚」■

今上陛下は皇太子時代、昭和39年に訪問されたタイで、山奥の苗(ビョウ)族のタンパク質不足の問題をタイ国王からお聞きになり、魚類学者としてのご研究から、飼育の容易なティラピアという魚50尾を国王に贈られた。

この魚はタイ国内でさかんに養殖され、国民の栄養状態改善に貢献するばかりでなく、1973年にはバングラデシュへの食料支援として50万尾も贈られたという。

陛下の仁慈は、タイの人々を助けたばかりでなく、さらにタイ国民がバングラデシュ国民を助けるという善意を生み出したと言える。

ある日本人は、魚市場でタイ人から、「この魚は、日本のチャオ・ファー・チャイ(皇太子)が持ってきてくれたんだ」と聞かされたそうである。

この魚の漢字名は「仁魚」という。華僑系市民がこの話に感動して、陛下のお名前(明仁)をとって命名した由である。[2]


    ■5.皇室の伝統的精神■

「仁」は、今上陛下だけではない。昭和天皇(裕仁)、大正天皇嘉仁)、明治天皇(睦仁)と続く。仁慈の御心(これを古くは「大御心」と呼んだ)で国民の安寧を祈られるのは、皇室の伝統的な精神であった。

だからこそ、中世以降、権力も武力も持たない皇室が、多くの国民の努力によって支えられてきたのである。(この点については、本誌でおいおい紹介していこう)

冒頭のスペインとインドのエピソードを見ると、グローバル化の時代にふさわしく、皇室の仁慈は今や国境を越えて、世界の人々にも及んでいる。

このような皇室を現行憲法は、その第一条に「国民統合の象徴」として掲げている。憲法の原文を書いた米国占領軍スタッフは気がつかなかったであろうが、そこには我が国の歴史伝統が生み出した気高い理想が潜んでいるのではないか。それを明らかにするのは、これからの国際派日本人の課題である。


    [参考]
    1. 「『平成の』の理想を世界に HEISE, or Peace and Accord,
         for the World、 駐日各国大使のメッセージ」、
      天皇陛下御即位奉祝委員会編、平成2年
    2. 「皇太子殿下の仁魚」、祖国と青年、平成4年1月号

欺瞞の日本

さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」からの転載です。福地惇先生の論文の続きです。

戦後の占領政策の日本弱体化政策は、ほんとに過酷なものでした。東京裁判ではほとんど無実といっていいような人が、いい加減な証言などで、処刑されています。中には立派な人もいて、ほんとに惜しい人も無くなったといいます。外地での死刑も、聞いた話では、中国人はあったこともないのに、適当に日本人を指さして証言して罪人に仕立てて処刑したとか、ほとんど裁判といえるものではないような状態で、多くの無実の人が処刑されました。


日本復興を支えるべき人が、このようにして殺され、更に、残った人も占領軍によって、公職追放され、多くの国を支えていた人々が職を失いました。これは公務員だけでなく、民間の会社や団体でも、公に関する業務をやっているところは全て行われたそうです。これは多くの優秀な人々から職を取り上げて、生活にも困窮する人も出る程でした。


この公職追放は、日本の国力を削ぎ、さらに、その空いた席に、反日的思想を持つ共産主義者や、占領軍に媚びて売国的に日本を貶めるようになった人々が埋めて行くというとんでもない政策でした。

これにより、教育界、出版会、マスコミ、公務員、国の重要な機関がほとんど、左翼勢力に牛耳られることになり、その支配が更に戦後教育で育った後輩の左翼にと受け継がれ、今に至っており、公職追放が解かれた後もなかなか、取り返せずにいます。



 
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                          ( 守るべきは憲法9条ではなく我が祖国日本です)
 
 
歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
・・・・
 
欺瞞の美辞麗句「平和と民主主義」と欺瞞の貶め言葉「邪悪な侵略戦争」
 
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                                                                               高知大学名誉教授 福地惇
 
 
あの戦争の大敗北で我が国は亡国の淵に立たされたのである。ところが、巧妙な敵国の占領支配は、狂暴な大陸侵略戦争をした日本軍国主義者が悪であり、軍国主義者を育てた日本の古い歴史が悪である。
日本国民は権力者らに騙されて無謀な戦争に駆り出された犠牲者である。それゆえに、新日本国民は「恒久の平和を念願し、・・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し、われわれの安全と生存を保持しよう」(占領憲法前文)と旧敵国に誓わされた。
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」とは、欺瞞的で壮大な虚構のお笑い草だが、そう信じなければ国際社会に復帰できないかのように脅されたのである。つまり、占領憲法(軍事占領下に憲法制定はできない)によって、我が国は「亡国の淵」に立たされたまま、平和と民主主義にすがることで「新日本」として再生させて戴くが如き欺瞞的幻想に晦まされた形となった。
 
だが、「平和と民主主義」なる言葉は、連合国(戦勝国)が敗戦国日本を永久に下位国家に位置付ける手段としての「美辞麗句」の類なのだ。民族やその歴史と国民国家を軽視するこの「美辞麗句」を法源とした「占領憲法」を押し戴かされることで、真の独立回復への可能性は厳しく閉ざされたわけである。
欺瞞の上に成り立つ「憲法」を肯定するには、戦前の祖国の歴史を自己卑下し、軍国主義者が邪悪な戦争を推進したからこうなったのだと自虐する以外にない。
日本の歴史は古く長く、そして誇るべき美点も多く、あの戦争も敵国が言うような邪悪な侵略戦争ではなく、むしろ根っこから邪悪なのは敵国側だと信じ続けなければ話は別になるはずだった。しかし、占領時代は固より、所謂「独立回復」以後の長い期間、そのような主張をしようものなら、軍国主義者だとか戦争を美化する愚か者、「平和と民主主義」の新日本への道を妨害する者と非難され、異端者のレッテルを貼られ、社会の枢要な位置から排除されたのである。占領支配者は、そのような仕掛けを構築し、彼らに媚びへつらった日本人に事後を託したのだ。
 
ところで、英米の対日戦争の目的は、東アジアの勇者日本、古い歴史とまとまりある民族文化を保持する独立主権国家を壊滅し策略に嵌(は)めて戦争を誘発して、大打撃を与えた。而して、二度と再び彼らの「脅威」にならぬように巧妙な保護監察の条約で縛り、つまりは永久に彼らの支配の下に置く策略を展開した。それが占領支配で推進されたことであった。戦時国際法を完全に無視してまでも、徹底的に過酷・悪逆な軍事攻撃で日本に大打撃を与えたのは、恐怖で敵を畏怖させる、正にその為であったのであって、世界征服の野望を秘めた大陸侵略の軍国主義者を懲罰するというのは、表向きの事実を曲解した屁理屈に過ぎなかったことを我々の先達たちは悟るべきであった。
 
何時も綺麗事で自らの正体を幻惑する名人が米英連合国だったのである。本当は極度に邪悪な敵の正体を知る者はパージの運命に晒(さら)された。だから逆に敵を畏怖し本心で利敵行為をする日本人は、新しい平和と民主主義の時代を知る者として優遇された。つまり、占領権力が厳命した思想を肯定し、平和条約以降もその姿勢を取り続けた者たちが社会の枢要な位置を占拠し、そのような敵国に媚びへつらった戦後指導者に教育されて疑念を持たずに育った世代がそれに続いたのである。だから、対米英蘭支ソ戦争の大敗北から早くも60有余年が経過しても、社会的権力配置関係は基本的には米国に占領されていた時代の延長線上で、今日只今の平成時代の不本意な政治・外交・軍事・経済の状況へと立ち至っているのである。
敵の正体を知らず、己自身をも知らない戦後日本人、「戦う毎に必ず危うし」と、正に孫子の兵法に言うとおりである。(日本戦略研究フォーラム季報掲載より)
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正しい歴史を知る福地先生は、東大卒業にあたり、名門大学は紹介して頂けなかったと言います。なぜなら、当時は安保闘争真っ盛りで、左翼が幅を利かせて、“左翼でなければ人にあらず”の如く、左翼的自虐史観しか名門大学への紹介はされなかったと言います。そのため、福地先生は「お前のような右翼は島流しだ」と言われながら高知大学に送られたそうです。
 
「平和と民主主義」という欺瞞。
日本は戦後、戦争もなく平和に過ごし、経済発展も、豊かさも経験してきました。それは日本人がまじめで勤勉ということもありましょうが、やはり奇跡に近い状況であったと思います。
それが出来たのは決して「平和憲法」のお陰ではなく、日米同盟の役割があったことはあったでしょうが、この状況が今後も続くという保証もなければ、その可能性もないのです。
であるのに、日本は米国の防衛を頼りにしながら、チャイナには経済や製造の役割を依存し、日本国内は近隣国の工作員やスパイを抱え込み、肝心の日本人はお国のことも領土のことも憲法も関心が薄く、今がよければ、自分さえ楽しければと、目先の安楽に身を置き、自分勝手で自己中心的な振る舞いが様々なトラブルや殺人をも招き、この国は一体この先どうなっていくのか、政治家すらその将来像を描くことが出来ずに、劣化日本に歯止めがかからないのであります。
 
日本の近隣国には人間の命を何とも思わない国があり、そういう国というのは年々軍事力を増強し、その力を背景に自分に都合のよい主張を他国に押し付けているのです。これらの国と日本はいつかは衝突することは無きにしも非ずで、ある可能性は年々高まりつつあるのは気のせいでありましょうや。
その万一のための態勢は全くの想定外で、「平和と民主主義」でスパイだらけの劣化した日本では、戦う前に勝負がついているのではないか、と危惧しております。
日本の周辺は敵だらけ、日本国内も敵だらけである、と気づくこともできない欺瞞の平和に、いつ日本人は気付くのか。世界の中で日本だけ例外はあり得ないのです。
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žºܸµ 転載元: さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」



日露戦争から学ぶもの


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歴 史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を、福地先生から送付して頂き読ませて頂きまし た。これはぜひ多くの日本人の方に読んで頂きたいと思い、福地惇先生にブログ掲載許可のご確認をさせて頂きましたら快諾して頂きましたので、数回に分けて ご紹介したいと思います。 
今回は「日露戦争から学ぶもの」です。 明 治の先達が明治天皇のもとで、国運をかけて戦い抜いた日露戦争。しかし、その舞台裏にあることはあまり知られておりません。特にこのことはマスコミが一切 避けており、その部分に触れるとボツにされてしまうと言います。近代の戦争というものは目に見えない“モノ”で動かされていることを多くの日本人も知るべ きです。・・・・・・・ 
  
日露戦争から学ぶもの 
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                                      高知大学名誉教授 福地惇
 
 1.  帝国主義の時代における我が国の位置
 
世界史の中で「近代」と呼ばれる時代は、欧米白人キリスト教の諸強国(列強)が圧倒的な軍事的・政治的・経済的な力量と活動力を以て、有色人種世界の征服を目指した時代である。
列 強による無慈悲で思い上った覇権の下に非欧米世界のほとんどが置かれていた時代だった。「文明世界」と言えば白人キリスト教諸国のことであって、他のあら ゆる有色人種の宗教や文化や社会は「半文明」とか「未開・野蛮」と見下げられた。この異様な時代を「帝国主義時代」と言うが、現代も明らかにその延長線上 にある。この帝国主義の時代に我が日本は如何なる国際的位置にあったか。
明 治維新以降の国家・社会の体制大変革は、侵略意欲猛烈な白人帝国主義列強の脅威への対応策であった。先達は、白人列強の植民地支配の餌食にならずに独立主 権国家としての名誉ある地位を占めるためには如何したら良いか、それを重大課題とした。国策としての国家・社会・宗教・思潮の改造が、所謂「近代化=欧米 化」だが、長く一貫した歴史を持つ我が国なるが故に、それを「復古と維新」と言って、必死に推進したのである。
 
2.   開国から5大強国
 
開国から日清・日露両戦争の勝利を経て欧州大戦までの凡そ有余年で欧米列強と対等の位置(所謂5大強国の一員)に立つまで成長した。それは有色人種の国家としては初めての偉業であり日本民族の栄光であったが、後で思えば手放しで喜べる話ではなかった。
強国建設の努力と急速な成長を白人キリスト教列国側は大きな脅威と受け取った。日本が「文明化」したと喜んだのではなく、脅威と嫌悪を覚えたのである。その指導者層に「黄禍論(イエロー・ペリル)」が台頭したのは、正にその証左であった。
逆 の事態も現れた。白人列強の属国や植民地に貶められて呻吟(しんぎん)を余儀なくされていた多くの有色人種に深い感銘と大きな勇気を与えたという現象であ る。つまり、それなるが故に、白人列強は日本帝国が更に国力・国威を増進して、有色人種「解放」の指導者に成長する可能性を問題視した。そこで、独善性と 利己心に満ちた白人列強の指導部は日本帝国を自家薬籠中の弱小国家に引き戻そうとの大戦略を立てたのだ。国際連盟や国際会議を以て「国際化」や「軍縮」と いう形で、謂わば「日本封じ込め戦略」を推進した。貪欲で狡猾な彼らは、東アジアを「分割して統治」する戦術で、共産ロシアや混乱続きのシナの有力軍閥に 対して、「天皇制解体」や「反日・侮日・抗日」の日本攻撃作戦を展開させ、黒船の来襲時代に劣らぬ重大な脅威・外圧が我が国を襲ったのである。
 
3.   日露戦争とは
 
日露戦争とは、20世紀の初頭に満州方面を全面占領していたロシア軍を北満州まで押し戻して、日本と朝鮮半島との安全を確保した戦争であると(左翼以外の)一般には理解されている。だが、これでは表層的な理解の域を超えない。実は、日露戦争は日本とロシアの戦争という2国間の利害・対立問題を遥かに超えた、巨大にして不気味な背景があったのである。
米国大統領セオドア・ルーズベルトが日露講和を斡旋した動機には、満州・シナ大陸への利権拡大の思惑があった。これは、目につく一例で、今の日本の歴史常識は欧米勢力の日露戦争への関与という重大な背景を見落としているのだ。
20世 紀に突入した時点で列強を巧みに金融で操る「国際金融財閥」は、愈々(いよいよ)彼ら年来の目標である世界支配運動を本格化した。先ず、せん滅の対象とし て狙った餌食は安定した「王制国家」、帝政ロシア、帝政ドイツ、帝政オーストリアそして皇室制度の下で急速に国威を増進する日本帝国だった。この、謂わば 「闇の世界権力」は、ロシア帝国に対しては満州・朝鮮半島方面へ積極的進攻を誘導しながらも、他方ではロシア帝国解体への国内撹乱工作を展開した。つま り、共産革命勢力=帝政打倒勢力には膨大な運動資金を竊(ひそか)に提供してロシア帝国の破壊工作を進めさせた。一方で、ロシア帝国の南下に脅える小国日 本に対しては、日英同盟を成立させ、戦費を融資して、ロシアとの大戦争を誘ったのである。
当 時の日本政府は戦争資金の欠乏から財政家高橋是清(当時日銀副総裁、後の蔵相、首相)を欧米主要国に派遣して外債募集の任務に当たらせた。だが、巨大な陸 軍帝国ロシアに対して東洋の小新興国家が勝利できようと予想する欧米の軍事専門家は皆無だった。従って、高橋の外債募集は困難を極めたが、そこに偶然を 装って戦費融資の話に乗ってきたのが、クーン・レーブ商会のヤコブ・ヘンリー・シフなる国際金融財閥の有力者だった。シフの巨額な対日融資が誘い水にな り、外債募集は満額を超えたのである。ロシア帝国のユダヤ人虐待を見かねて対露戦争に立ち上がる日本を支援したと、シフは語ったと、高橋は自伝でシフの民 族愛と義侠心を称賛している(『高橋是清自伝』)。だが、国際金融財閥の思惑は、そんな情緒的問題を超えて遥かに壮大だった。クーン・レーブ商会は、欧州 の金融大財閥ロスチャイルド家の米国における代理人の位置にいた者で、当時、ドイツやロシア方面の共産過激革命勢力に密かに資金を提供して革命運動を支援 していた。帝政ロシア解体大作戦に東洋の新興国日本を一枚噛ませて、金融面で日本をより一層自在に操縦しようとの思惑である。つまり、世界支配を目指す、 彼らの一石二鳥を狙った戦略だったということだ。戦後、律儀な日本は融資者に巨額の元本と利息を支払い続けたのだ。要するに、我が国にとっての日露戦争は 独立と安全のための必死の自衛戦争だった訳だが、世界史大に視野を広げてみると、世界単一政府を目指す「国際金融財閥」による有力民族国家の操縦と支配、 そして最終的には民族国家の解体という壮大な謀略の一環に組み込まれていた戦争だったと言うべきだと、筆者は見ているのである。
 
4.   日露戦争勝利後の日本の苦難の予兆
 
ところで、対露戦争の勝利は日本が急速かつ確実に立派な国家建設を進めていることを実証したわけだ。そこで、日本を利用して支配しようとする勢力は、改めて新興国日本帝国の前進に危惧を抱き、本格的に日本国家の成長と自律的活動を抑圧する方向に舵を取り始めたのである。
金 融コントロールを筆頭に、米国政府による対日強硬政策の展開は、満州利権への介入、オレンジ計画の策定開始、ホワイト・フリートの日本寄港、そして太平洋 艦隊の編成として早速に実行に移された。他方、ロシア帝国は、敗戦の打撃で政治と社会は混乱し、共産革命への趨勢が増大して、敗戦から12年後のロシア・ボルシェビキ革命へと経過していく。また、シナ大陸では大清帝国が敢え無く解体して共和制国家を目指す民族革命が追求されるが、これが東アジア世界の複雑さと不安定さを増大するのである。
従っ て、この「戦争と革命」の時代に本質に着目せずして、現代日本史を云々することはできない。国際政治・軍事・経済・社会全体の構造変動の一環に東アジアが あり、日本があるのだから、「国際金融財閥」や米英列強の諸動向を注視しながら、祖国の歴史を考察せずしては、「近代日本の栄光と苦難」の真実は把握でき ないのである。(日本戦略研究フォーラム季報掲載より)
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歴史を語る上で避けることが出来ないものを福地先生が触れられております。多くの出版社が拒否するために歴史の深層が知られにくいわけです。
さ て、小論文にあるヤコブ・ヘンリー・シフ。シフの個人代理人のジョージ・ケナンは日露戦争の陰の主役であったと私は見ています。ジョージ・ケナンは日本へ の融資の功労者として日本政府から従軍記章、そして皇室から瑞宝章を授与されました。ジョージ・ケナンは日本だけではなくシフの代理人としてロシアの共産 主義革命にも資金と武器を持ち込みました。
こうしてみると日露戦争とはロスチャイルドがロシアを経済支配下に置くために日本を誘導して起こしたのだと言えます。その日本は戦争に勝ちましたがロシアから賠償金を獲得できず、シフに金利を払い続けました。このため、「日露戦争で最も利益を得たのはシフ」と言われたのです。
  
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日露戦争から、ずっと世界の帝国を滅ぼし、世界を支配する「闇の世界金融財閥」について、その陰謀を語る人はけっこういて、私も何度か聞いたことがあります。けっこう説得力はあるのですが、決して表の歴史講義で話されることはないので、今ひとつ本当かどうか図りかねる、と言うよりも、誰かに話そうにも話しにくいところでした。この福地先生の論文は、一つ一つ具体的な事象を指摘しつつ話されているので、非常に理解しやすく、今まで聞いたものの中で一番説得力があります。


そして現在において、日本のメディア、政治家など、日本解体勢力を操り、裏でそれを知っているかどうかに関係なく支配し動かしているのは、この勢力なのではという気がします。多くの国の内部に入り込み、ネットワークを作り、国々を対立させ、或いは手を握らせ、目的に向かって陰謀をめぐらせている存在、これに近い存在はなんとなくある気もしていましたが、ここまで大きな力を持っているのだろうかと思っていましたが、この記事を読むと、確かに、可能性は否定できない気がします。


もしかしたら、そういう闇の勢力と、それに意識的無意識的にせよ対抗している人々のいよいよ最終戦のようなものが、現代の状況なのかも知れません。2012年という年が、そうしたものを暴露していく年、思わぬ逆転が起こる年、いろんなモノの正体が見えてくる年、本当の善悪が正しく判断される年となるような気もしてきます。壬辰と言うのはそういう年であるらしいですから。

 
 

 

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