|
ココログの「かつて日本は美しかった」からの転載です。これは私も同じく信じこまされていました。アメリカはプロパガンダをかなり重要視する国ですから、自国の正義を強調するために、敵国を貶める宣伝工作を捏造してでもやるところがありますね。
湾岸戦争の時もイラクが、重油を海に流したために海鳥が重油まみれで苦しんでいる映像が出て、世界中が非難しましたが、あとで捏造だったということがバレたことがありましたよね。 さらにクェートからの難民で、イラク兵が病院などに侵入してきて、赤ちゃんを殺したなどと訴えていた少女が、本当は難民ではなくクェートの王族で、訴えていたのも嘘だったとか。 CMの誇大広告と同じで、宣伝専門の企業に委託してプロパガンダを行うのだから、信じすぎると、あとで詐欺師に騙されたような思いをします。 バターン死の行進というウソプロパガンダを信じ込まされていました。
私は子供の頃、とにかく大東亜戦争中、日本は「悪」として教え込まれました。その中でフィリピンでバターン死の行進という日本軍がアメリカ軍に対して残虐行為をしたと教えられました。実はこれはデタラメでアメリカのプロパガンダでした。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年02月13日
全1ページ
[1]
|
御来訪感謝申し上げます。 外相会談のためモスクワを訪問中の前原外相の会談内容と会見についての記事が、今日の朝刊に載っていました。 下記は読売新聞報道の転載ですが、日本外交の情けなさとマスコミの民主党びいきを象徴しているかのような記事です。 ----------------------------------------------------- 「北方領」で日露譲らず、経済協力では一致 【モスクワ=穴井雄治】前原外相は11日、ロシアのラブロフ外相とモスクワの外務省別館で約1時間50分、会談した。 焦点の北方領土問題については日露双方が主張を譲らず、前原外相は会談後の共同記者会見で、「両国の基本的考え方は平行線だった」と述べた。 会談で、前原外相は北方領土について、「法的、歴史的にも日本固有の領土だ」と改めて強調。そのうえで、昨年11月のメドベージェフ大統領の訪問以降、ロシア政府要人の北方領土訪問が相次いでいることに遺憾の意を表明した。 ただ、前原外相は会見で、「双方の立場の違いはあるが、これまで合意された諸文書と法と正義に基づき、協議の継続で合意した」と述べた。 これに対し、ラブロフ外相は北方領土を「南クリル諸島」と呼び、ロシア側の領有権を重ねて主張。「日本政府が過激なアプローチを取るなら、平和条約交渉は展望のないものになる」と述べた。 一方、日露の経済協力については、官民挙げて協力を推進する新たな「円卓会議」の設置で合意した。また、前原外相は日露原子力協定について、日本側がまもなく批准すると伝えた。 (2011年2月11日22時49分 読売新聞) ----------------------------------------------------- 不肖敬天愛人はまず、記事の標題を見た瞬間笑ってしまいました。「北方領土では譲らず、経済協力では一致」という標題に読売新聞の報道の印象操作が手に取るように感じ取れるからです。 この標題からすると、前原外相はロシア外相と北方領土では一歩も譲らず、丁々発止とやりあいましたよ、を特に強調したいのです。 この標題を順番を逆にして書き方を変えると、「日露外相経済協力で一致、ただし北方領土では互いに譲らず」となります。 記事本文でも、北方領土問題の部分に多くを割いています。 これを敬天の穿った見方で見ると、この報道記事を読んだ読者が「ナニッ、またもや北方領土は棚上げにして、経済協力を優先したのか!」と反発するのを少しでも和らげようとする狙いがあったと感じるのです。 つまり、民主政権は北方領土問題でも毅然とした態度で交渉していますよ、と読売は伝えたいのでしょう。 前原さんがロシアに出発する直前に菅首相が、昨年9月1日にメドベージェフ大統領が北方領土を訪問した事に対し、「許し難い暴挙だ!」と発言したと報じられました。 賢明なる皆様もお気づきのように、「なぜ今頃、この時期に・・・」と非常に不自然な印象を受けたと思います。 敬天も不可思議な思いで報道を受け止めました。昨年の11月12日には横浜でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)が開催され、かのメドベージェフも出席しました。 なぜ、この時に面と向かって言わなかったのか、「許し難い暴挙」と激しく怒りを感じているのならば、当然、怒りをぶつけるまたとないチャンスです。 しかし、その時はホスト国のトップとして、和気藹々(わきあいあい)と外交辞令的にもてなしただけで終わりました。 ロシア側は、2ヵ月後に日本を訪れることを承知の上で、大統領が北方領土を訪問したのですから、このことだけでもロシアが日本を見くびっているのは極めて明らかです。 「どうせ、日本の政権は我々には面と向かって何もいえまい。何せ『柳腰内閣』だから・・・」と見下していたとしか思えません。 そんな限りなく情けない菅政権ですが、ロシアを訪問する前原外相に、菅首相は「許し難い暴挙」という激しい抗議の言葉をはなむけの言葉としました。 そして、前原外相も日露外相会談では「北方領土問題では譲らず」となったわけです。 しかし、北方領土を実効支配しているロシア側にしてみれば、「日本側の官民挙げての経済協力」で一致したのですから、これほどの外交成果はありません。 菅首相や前原外相が表向きは何と言おうと、それこそ「阿吽の呼吸」で屁とも思っていません。ただ、ロシア側の意向通りにふるまってくれた菅首相の面子を重んじて、「まったく配慮に欠ける表現だ」と反応しましたが、さらに、ラブロフ外相は、「前年秋に横浜で行われた菅直人首相とドミトリー・メドベージェフ露大統領との会談での敬意のある前向きな調子とはまったく対照的な発言だ」と釘を刺される始末です。 ロシア側にしてみれば、「ツッコミどころ」満載の日本側の対応なのです。 では、なぜこのような(今頃に日本政府が強気に出る印象を与えるような)姿勢を示したのか?。 何事にも必ずその理由なり背景があるわけですから、その観点で見ていけば、売国政権面目約如の姿勢が明瞭に垣間見ることができるのです。 マスコミ同様、領土問題など「屁」とも思っていない政権ですから、とにかく経済協力(シベリア開発への日本の資金と技術の垂れ流し)の推進を双方確認できれば「御の字」というのが、今回のモスクワで開かれた日露外相会談の主目的だったわけです。 要するに、菅政権の国民(有権者)の眼を意識したパフォーマンスに過ぎなかったわけです。そして、菅政権の目的は十二分に達成したわけです。 元々マスコミも民主政権と共犯者ですので、当然この事実を分かった上で、そのうしろめたさを誤魔化そうと、このような報道になるのだと、敬天は確信しています。 外交カードというのは、基本的に「経済力と軍事力」です。日本は「経済力」しかありません。 経済力と軍事力があれば、経済カードで負けても軍事カードで取り戻すことが出来ます。「逆もまた真なり」で、軍事カードで負けても経済カードで取り戻すこができます。 日本は「経済」カードしかありません。経済カードで負ければ、外交上の敗北であります。 「軍事力」というカードを持たない日本が、領土問題を抱えながら対応しなければならない相手国との外交交渉において、「経済協力で一致」は実質的な外交敗北なのです。 こんな情けない外交(外交というより恐喝に屈して来た)を展開して来たのが戦後の日本なのです。 今回の日露外相会談でも、ロシア側は大いに成果を挙げましたが、日本は肝心の問題をただ先送りして何一つ解決できず、ロシアの言われるままに屈してしまった「敗北の外交だった」というのが紛れも無い事実です。 「経済」しか外交武器を持たない国が、その武器を簡単に売り渡してしまう外交しかできない政治に、国民は呆れると同時に致命的な失望感に苛まれるのです。 ※人気ブログランキング(政治部門)に参加しています。 下記クリックのご協力をお願い申し上げます。 https://blog.with2.net/in.php?687099
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
「一隅を照らす寺子屋」からの転載です。誠とは全身全霊を尽くすこと、まさにそのとおりですね。やるとなると大変そうに思えますが、やりおえたときの気持ちは、きっと清々しいものでしょう。だって、心残りがないということですから、これくらい気持ちのいい心境はないのではないでしょうか。日本人は「誠」という言葉がとても好きなように思います。 昔「愛と誠」なんて映画がありました。 新撰組も「誠」の旗を持ってました。 「至誠、天に通ず」(まごころをもって事に当たればいつかは認められる)ともよく言われます。 一般的には「誠=まごころ」というように思われています。 間違いではないと思いますが、もっと強く、積極的なイメージを持つべきだと思います。 本来の「誠」とは、「全身全霊で一つのことを行うこと」であり、「全身全霊」というところにポイントがあるように思います。 孟子は、「誠は天の道なり。誠を思うは人の道なり。至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり」と説かれました。 幕末の吉田松陰先生も、孟子の言葉を引用して、 「至誠にして動かざるものは、未だこれあらざるなり」 と、松下村塾の塾生達に教えられました。 あいさつをする、掃除をする、仕事で相手と交渉をする、日常のどんなことにでも、「至誠」はあてはまると思います。 あいさつ一つを取っても、相手の顔もみずに「おはよう」と言葉だけのあいさつと、にっこり笑顔で「おはよー」では、まったく違う印象になると思います。 ましてや、ビジネスの交渉事となると、交渉相手と利害が対立したら、すぐにあきらめてしまう人と、相手の事情まで十分考慮して、相手にとっても納得できそうな案を、何度何度も考えてくるような人では、当然印象がまったく違うと思います。 「誠がない」ということは、その人が全力を尽くさないということです。その場しのぎ、言い訳の多い人は「誠がない」人ということです。 そういう人は、どうしても人の信頼を得ることができません。 「誠がある人」は何事にも全身全霊で取り組むので、心が天に通じます。誠なきものには、神は感応しません。 だからこそ、 「心だに誠の道にかなうなら、祈らずとても神や護らん」 (菅原道真)と、言われるのだと思います。 菅原道真
心を誠にする、すなわち、目標に向かって全身全霊で取り組む人には、神社などでお祈りをしていなくても、神様は応援してくれる、と言うことです。北野天満宮や太宰府天満宮などで祭られている学問の神様(菅原道真)ご自身が、このように言われているのですから、間違いないと思います。 もちろん、できるならば、お祈りにも行った方がよいでしょう。 このように「誠」とは、積極的で、とても強い言葉なのです。 「誠のある人」を目指したいですね。 |
全1ページ
[1]






