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KOKKAI PRESS宇田川的ニュースのC級解説から転載です前原外務大臣の辞任(1)菅政権の政権担当能力の欠如前原外務大臣の辞任(1)菅政権の政権担当能力の欠如
3月6日前原外務大臣が辞任した。 さて、今日は、この前原大臣の辞職と政局といことで少し考えてみたい(今回で終わるかどうかは不明)。 毎日新聞が非常に長文の記事を出しており、様々な観点から検討をしている。実際のところ、前原議員に関して言えば、対外国への発言などが強固であることから、保守系の有権者からも人気がある政治家である。平沼赳夫立ち上がれ日本代表の掲げた「救国内閣」の中にも、その名前が見られる政治家だ。しかし、逆に在日外国人参政権の賛成をはじめとして、民主党の掲げる俗にいう「亡国三法案」の推進を目指し、また、元全共闘で左翼政権の中心と目される仙谷由人民主党代表代行と同じ政策グループや勉強会にあり、菅・仙谷ラインの政治にすっかりなじんでいた状況から、本当に保守系が推して良い政治家なのか疑問に思うことも少なくない状況であった。 さて、逆にいえば菅政権が「左翼政権」といわれる中で、数少ない「保守から人気のある政治家」であった前原大臣の辞任、政権離脱は当然に、民主党支持層の保守からの求心力を大きく失うところとなり、菅政権の求心力の減少は避けがたい。そのうえ、今回の件で、岡田幹事長は「辞任の必要なし」ということで考えてみあり、あるいは菅首相は慰留をしたにもかかわらず、前原前外務大臣の辞任を止められなかったということでは、菅直人の党内での求心力も完全に失われたといってよいのではないか。小沢一郎元代表を含む民主党保守派といわれている(私自身はあまり保守派とは思っていないが)支持層からの追及や菅降ろしの内容が強くなることは明らかである。 国会運営でも、予算関連法案の審議が衆議院でも終わっていない状況であり、今のままでは来年度になっても予算の執行はできない状況になる。架空の予算を計上していたとしても、何の意味もないので、政治における政権担当能力の欠如は明らかである。それだけではなく、菅政権においては柳田法務大臣(改造前)に続き辞任した閣僚となり、その影響力は大きい、問責を受けた馬渕国土交通大臣や仙谷官房長官(改造前)を含め、菅直人首相の任命責任に言及することも間違いがない。 そのうえで、前原議員本人における議員としての責任も問題になる。民主党は政治資金規正法で小沢一郎元代表に対しては政治倫理審査会の出席を求めたのに対して、前原議員に関しては、そのような動きはない。もちろん、すでに予算委員会で釈明しているし、閣僚としての辞任をしたということもあるが、逆に政治資金規正法違反がほぼ明らかであり、告発されれば公民権停止になる(参議院予算委員会の西田議員からの発言より)可能性が高いにもかかわらず、そのまま自浄作用を発揮しないのは、まさに「民主党としてご都合主義の法律解釈、(小沢と前原の違い)と、自浄作用の完全な欠如」を意味し、また、菅直人首相の年頭所感「政治とカネの問題からの決別」を完全に民主党自身が反故にした形だ。そのような発言を行った岡田幹事長に対する処分も検討されなければならないのにかかわらず、それを放置し、一部下馬評では前原大臣の後任に推されているというのだから呆れるばかりだ。 このように、任命責任だけでなく、国会の運営も含め、私が想像した以上の「三月危機」が菅政権に降りかかっている。もちろん、菅直人首相には持ち前の権力欲と鈍感力で何も感じないし、国民が迷惑であっても自分さえよければよいということになるのであろうが、それでは国民が不幸になる。民主党とはそういう政党であると、「民主党の闇」の中で書いているが、実際、このような事件になり、国家の危機に何の指導力も能力も存在しないということになるのである。 転載終わり |
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FC2ブログの「日本の底力」で前原さんの記事がありました。これによると、前原さんは、うまく泥船から逃げたということのようです。辞任の決断早かったですね。でもそれは、今回の献金事件よりもっと大きいスキャンダルを抱えているということの証ですね。
ここから転載 前原、朝鮮総連ネタ/暴力団ネタを恐れ 迅速に辞任の道へ 民潭で「外国人賛成権」を約束していたこと発覚 総連とのコネクション、似非鷹派前原の正体 http://ecx.images-amazon.com/images/I/419Im4Sx6KL.jpg 日本人の本質 前原が辞任しやがった。 http://blog-imgs-29.fc2.com/d/e/f/defferentiatejapan/463a4bec-s.jpg 今回も 30年前から朝鮮人だと知ってる奴から、政治資金もらってた らしいじゃないか。w by.nikaido.com まあ政治資金規正法に明確に違反してるから、 首切らなきゃ大問題だが。w ここで手を緩めちゃダメだな。 アメリカも勘違いしちゃだめですよね。 日本で朝鮮人から金を貰うってことの 本質を理解してねえな。 最後の最後で裏切られるぞ。 この糞野郎は徹底的に潰せよ。 ホジクッったら一杯ボロガ出てくるらしいから。w 二階堂が言ってた 前原元w外相と、総連・暴力団情報ですね。 ▼前原辞任、実は「泥舟から逃げた!」暴力団 絡みの疑惑も浮上(zakzak) 「ポスト菅」の筆頭格だった前原誠司外相(48)が、政治資金規正法が禁止している外国人からの献金を受けていた問題の責任を取り、辞任を表明した。菅直人首相(64)による2時間近くの慰留も固辞した。「国会情勢を踏まえ、外交の空白をつくらないことも考慮した」などと語っているが、実は、自民党などの野党やマスコミが、新たな疑惑・問題を追及する直前の辞表提出だった。⇒【「前原氏外相辞任」特集】 西田議員がつぎのタマを出す前に前原から自爆。 西田サンマジで凄すぎだろ。ww ■民潭で外国人賛成権の実現を約束(写真有) こいつは前スムニダですね。w ▼前なんとか△ 「外国人参政権を成立させ る」と民潭で約束していたことが発覚 【写真 あり】(ニュー速クオリティ) ◎前原大臣が外国人参政権に熱心な理由 日本で在日とか韓国に接近してる奴は 気づいたら国益や主権を金で売ってる「売国奴」だから。 政経塾とか関係ねえよ。w 転載終わり |
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きままじんさんのブログ「一隅を照らす寺子屋」では報徳思想を再興すべしとして、二宮金次郎の銅像と記事を掲げておられます。現在の小学校で、この二宮金次郎の銅像はほとんどなくなってしまっているのではないでしょうか。こうした日本人の生き方の見本のような銅像が無くなって、日本人は変わっていきました。
ここから転載、 http://mozugoe.img.jugem.jp/20110307_2015827.jpg 昔は、たいていの小学校の玄関前や校庭には薪を背負って本を読んでいる二宮金次郎の銅像があったそうです。 私の小学校には残念ながらありませんでしたが、それは戦後ほとんどの小学校で金次郎の銅像は撤去されてしまったからだそうです。 二宮金次郎はそのような危険人物だったのでしょうか? 二宮金次郎(のちの二宮尊徳)は貧しい農村に生まれ、子供のときからさまざまな困難に出会います。 しかし、明るく前を向き、知恵を働かせ、工夫を重ねて家を立て直します。 その才能を認められて武士に取り立てられ、荒れた農村の再興にあたります。 農民出身であるために武士階級から様々な抵抗にあいながらも、それに屈せず、その後600もの貧しい農村を建て直して救っていきました。 現代で言えば、地域おこしのカリスマ・リーダーといった感じでしょう。 当然のことながら、多くの人から尊敬を集めました。 自動織機を発明し、今日のトヨタ自動車の礎を築いた豊田佐吉は、金次郎の生き方に感動し、感化され、「自分もこのような生き方をしたい」と、志を立てました。松下幸之助も生涯金次郎を敬愛していたそうです。イギリスを立て直したサッチャー元首相も、金次郎の考えに共鳴した一人だったそうです。 そのような尊敬すべき金次郎ですが、戦前は、忠君愛国思想のシンボルとしてまつりあげられてしまいました。 本人にしてみれば、確かに、自分を理解し取り立ててくれたお殿様に対しては心底忠義をつくしていたと思いますが、農民の苦しみを知る金次郎としては、 荒れ果てた農村をなんとか再興したいという思いで懸命にがんばってきたわけで、軍国主義のシンボルだとは、本当に迷惑だったのではないでしょうか? 戦前言われた「滅私奉公」というよりは、まさに「滅私奉民」をして農民のために尽くした偉大な人物なのです。 にもかかわらず、日本人は、金次郎を教育現場から葬り去ってしまいました。 もし、これから、金次郎の像の再興運動をはじめたら、日教組の方々は大反対をされることでしょう。 ことなかれ主義の教育委員会も、「できればさわりたくない」という感じなのでしょう。 しかし、真の金次郎を理解しようともせずに、教育現場から葬り去ってしまったことが、現在の教育の荒廃を招いていると思います。 金次郎(尊徳)の思想の中心は「報徳思想(仕法)」と呼ばれています。 金次郎(尊徳)は、物や人に備わっている、良いところ、取り柄、持ち味のことを「徳」と名づけ、それを活かして社会に役立てていくことを「報徳」と呼んだそうです。 農作物ができにくい荒地にも、荒地なりの徳(良さ、取り柄)がないか考えます。 荒地の徳を人間の徳が活かすことによって、実り豊かな田畑に変えていくのです。 人間だって同じで、算数ができなくても、何かその子なりの徳があるはずです。それを見つけて伸ばしてやって、社会のために活かせる人間に育てていく、それこそが「報徳思想」なのです。 偏差値主義の真逆の考え方です。 どうして、この思想が戦争に結びつくのでしょうか? 日教組や教育委員会の先生方は本当に勉強しているのでしょうか? これからの日本を再興するためには、教育現場に報徳思想を再興するしかないと思います。 (写真は真岡市立長沼北小学校の二宮金次郎像) 転載終わり、 国際派日本人養成講座よりの転載 報徳と積小為大 〜 金次郎の原体験 金次郎の教えの三大徳目は、 勤労(よく働く) 分度(身分相応に暮らす) 推譲(世の中のために尽くす) であると言われている。 これだけ聞くと、抽象的なお説教だが、その根底にある金次 郎の原体験まで掘り下げると、これらの徳目が実感を持って伝 わってくる。 金次郎の思想の原点は、17歳の時の次のような体験にある。 17歳の時田植えが終わった頃、村のあちこちに捨苗が ころがっていた。田植えの後は余った苗が出る。捨てられ た苗はもう誰の所有でもない。金次郎は捨て苗を拾い集め、 かつて用水堀として使われていた不用の古堀のあとを開墾 して水田を作り、捨苗を植え、除草をし、たんねんに育て 上げた。その結果、一俵(4斗1升、約60キロ)の米を 収穫できた。 わずかだがはじめて自分の努力で一俵の米を得たことに、 金次郎は深い喜びとともに大きな悟りに似たものを感得し たのである。年少にして両親と田畑財産を失い一家離散の 憂き目を見た自分、世間的には最も不幸な境遇にあると思 われるわが身にも、こうして天と地と人の恩恵がある。村 人が捨てた苗があり、太陽を始め天の恵みと空地や水とい う地の恵みにより一俵の米が得られてのであった。金次郎 はこの天と地と人の恵みを天と地と人の徳とよんでいる。 すべて人間は天と地と人の徳によって生かされているとい う深い感動を伴った得難い体験であった。 「徳」とは、受け手から見れば「恵み」であり、与える側から 見れば「他者のための働き」というように解釈してよいだろう。 「報徳」とは金次郎の最大の理解者であった小田原藩主・大久 保忠真の「なんじの道は以徳報徳(徳を以て徳に報いる)に近 し」という言葉から来ている。 天・地・人・の徳(恵み)によって自分が生かされている事 に感謝し、それに報いるために徳をもってする、すなわち自分 の働きで世のため人のために尽くす、これが報徳の考え方であ る。「推譲」とはまさに自らの働き(徳)をもって、天地人の 恵みに報いることである。 また消費は自分の稼ぎ(すなわち世の中への貢献)の範囲内 にする。消費よりも貢献が大きくてこそ、世の中のためになっ ている。これが「分度」である。 また、上述の捨苗から一俵もの米がとれたことは、金次郎に 自然の道は「積小為大」であることを教えた。わずかな土地を 耕し、わずかな苗を植えることで、わずかな米がとれる。10 万石といえども、このささやかな農作業の積み重ねがなければ、 成り立たないのである。 小さな努力の積み重ねが大いなる結果を為す、この積小為大 の考え方が「勤労」の根底にある。それは「大を為す」ための 道である。 日本企業が人作りを重要視するのは、一人ひとりの働き(す なわち「徳」)を引き出すためであるし、また細かな改善や現 場の創意工夫を重んじるのも「積小為大」の考え方からである。 我が国が世界有数の豊かな経済力を持つに至ったのも、金次 郎の示した「報徳」と「積小為大」の道が今も脈々と受け継が れているからであろう。その先人の「徳」に、子孫たる我々が どう報いるのか、が問われている。 私の通った小学校は当時は、二宮金次郎の像がありました。今はどうかわかりません。その像は銅像ではなく、石で出来ていた気がします。花崗石だったような気がしますがはっきりしません。6年生の時に担任の先生が、この像に昨日登っていた子供がいたと言う話をされて、怒っておられたことがあります。その子たちはどうやら就学前の子供だったようですが、像に登って金次郎さんの開いた本の上に足を乗せて立っていたというのです。それで先生は子供たちに降りるように言い、なんという無礼な、勿体無いことをするのかときつく叱りつけたとおっしゃっていました。そうして私たちにも、偉大な二宮金次郎さんのことを話された気がしますが、もうよくは覚えていません。ただその時の先生が腹立てながら、皆に説教された記憶がとても印象深く残っています。 |
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去年買い物帰りに見ていた田んぼのヌートリアを、最近は見なくなりました。稲刈り後の田んぼにいて、稲の切り株や雑草などを食べていたのを、ほとんど毎日見ていたのですが、ある時、その田んぼの稲わらの束を、田んぼの周りの道路の縁の壁にたてかけて干すように置き換えてあった日から、その田んぼで見なくなりました。やはり人が田んぼに入って作業をすると、すぐに移動してしまったようでした。それでどこに行ったんだろうと、ちょっと心配していたら、数週間後に、20メートルぐらい離れたとなりの田んぼにいるのを見つけました。その時には2匹しかいませんでした。前の田んぼでは、少し色の黒い小さめなのがいたのですが、それがいなくなっていました。
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/21/94826d151f1c028cf154e37fb05f3696.jpg http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/83/b3837aacb0b2d6d34b630d538dc357ef.jpg いつも帰りがけの薄暗い時に撮影すると、時にはフラッシュが反応して、ヌートリアの眼も光って見えます。 たまに朝買い物に行ったときは、明るい日中からうろついています。前は夕方しか見なかったので、夜行性だと思っていたのですが、けっこう昼間でもいます。 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/7c/81b876c781eaa6df8b1dc2d7639e7d0b.jpg http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/49/2e9c4c036d80158aa2e422ab3ea6926e.jpg ところが今年になって、田んぼが耕されはじめ、ヌートリアがいた田んぼも、耕されました。と思ったら、ぱったりと見なくなりました。 田んぼの持ち主もヌートリアがいることを知っていたのか、いつもヌートリアがいた区域だけ、耕さずにそのままになっているのです。そこは未だに稲の切り株がそのままになっていて、通るたびにヌートリアの姿を探してみるのですが、いません。 なぜ耕されてないのかは、よくわかりません。ヌートリアのために残してあるわけではないのかも知れません。 それでも、私はなんとなく持ち主はヌートリアのために残してくれたような気がして、 未だに耕されてない田んぼを見るたびに、もう帰ってきそうもないから耕せばいいのにと、思ってしまいます。 ヌートリアは暗渠など、いろんな水路を利用して行動しているという話なので、水路を通って結構遠くに行ってしまったのかもと思っています。 そうして、このヌートリアとはまったく別の個体だとは思うのですが、私の家の近くで、最近ヌートリアを見ました。数年前に用水路の近くの田圃の脇にいるのを見たことがあるのですが、それ一回だけで、近所では見たことがありません。 それがある朝、野鳥でも見に行こうかと小川の方へ歩いて行き、その小川の橋に立って、南側を覗いてみると、遠くで何かが水面に浮かんでいて、こちらに近づいてくるのが見えました。カルガモでも泳いでいるのかなと思いましたが、何となく違うようです。 それで、じっと近づいてくるのを待っていたら、なんとヌートリアが泳いでいるのでした。その日はものすごく寒くて、2月の中旬くらいだった気がしますが、午後からは、少し雪も降ったと思います。そんな冷たい水の中をスイスイと平気な顔で泳いでいるのを見て、ものすごくびっくりしてしまいました。 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/5d/5beb24f3fa12c745972731ece04099a3.jpg http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/f1/5f4d5b3789e0d66dffe1aa908bd61104.jpg 田んぼのヌートリアが、移動するときにほんとに水路から移動したのか、実のところかなり疑問に思っていたからです。夏ならともかくこう寒い時にいくら水が好きな動物でも、冷たい水に入りたくはないだろうとか思って、地上を走って移動したのかもと考えたりしたのです。 ところが、そういう考えは、まったく人間の考えで、野生動物というのは、実にたくましいものだとつくづく感心してしまいました。こういう所が、人間の浅知恵というんだなと、自分ながら、人間の持つ偏見というか、人間基準の思い込みというものを思い知った気がします。 http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/01/c541bea3c0c0c5fa41a20ad9fa0b76c4.jpg http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/4b/f9d0c0424aabee0d18ba929f13f2ddbf.jpg その後かなり近くから、ヌートリアを見ていたら、ヌートリアは水の中で、水面に伸びた枯れ草を少しかじりかけましたが、私に見られていることに気づくと、身を潜めるようにじっと動かなくなりました。そのまま動かずにいるので、帰ることにしました。 しかし、この様子だと、至る所にヌートリアはいるのではと思います。草食らしいので、それほど害はないようですが、畑の作物をかじるようになっては困るなとは思いますが、そんな話も聞かないので、大丈夫なのでしょう。 |
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