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中国初の航空母艦が登場

尖閣・沖縄を守れ!
 
「備えとは艦と砲との謂(いい)ならずわが敷島の大和魂」(吉田松陰)

幕末・明治以降、曲がりなりにもわが国が、アジア諸国にあって今日まで
「自主独立」を堅持(けんじ)しえてきたのは他でもない、吉田松陰の言うところの
「大和魂」がわが国土に横溢(おういつ) していたからである。
それが今やどうか、誠に寒心(かんしん)に堪(た)えない 。

谷口雅春先生は「愛国心」について、次の六つの観点からその具体的な意味を
褸述(るじゅつ)せられている。

一、民族に対する誇り
 
二、完全な同胞愛

三、由緒(ゆいしょ)正しい歴史への愛着

四、国土に対する愛情
 
五、祖国の文化に対する誇り

六、以上のうちの一つすら護るためには喜んで死ねる深い愛着
 
で、その第四項について、谷口雅春先生はこのように記されている。
 
「国土に対する愛情は、農民においては日本の現状においてさえもなお
熾烈なものがあります。否、農民の方が熾烈なのであって、都会人や
文化人は寧ろコスモポリタン的民族となりつつあるのであり、更にアメリカ
との安全保障条約によって基地や演習地が提供せられているために、
国土に対する愛情は著しく阻害せられつつあるのであるから、これは
なお一層自衛力の増強によって、アメリカ軍隊の常駐としない程度に
防衛力を強固からしめなければならないのであります」


しかし現実は谷口雅春先生の願いとは裏腹に、日本国家の安全保障はざっくり
言って、アメリカにおんぶにだっこのようなままうち捨てられてきた。
 
しかし、その甘えももはや許されはしないアメリカの経済的凋落が日に日に
明らかになり、もはや「世界の警察官」たる昔日の面影はどこにもないからである
。アメリカの軍事予算は大幅に削減される公算が大である。それは即ち、
アメリカのアジアからの撤退を意味する。
 
「自然は真空を嫌う」が如く、世界もまた真空地帯を許しはしない。アメリカの
軍事的プレゼンスが後退すれば、当然、そこをどこかの国が埋めようとする。
その一番手は、言うまでもなく中国である。
 
それが証拠に、中国初の航空母艦がいよいよ登場することとなった。問題は
その名だ。「施琅(せろう)」が有力な候補というのだ。清朝時代に台湾を制圧した
伝説的な「英雄」である。この一事からしても、中国が何を企図しているか、思い
半ばに過ぎよう。ことは、台湾のみに留まらない。
 
 
その先に、当然、沖縄があることを吾々は覚悟せねばなるまい。
先の尖閣諸島の問題はいわばそのための前哨戦と捉えるべきなのだ。ここで、
これまでの中国侵略の常套手段を整理しておこう。
 
1、まず侵略する国、地域(尖閣・沖縄)を「中国の領土」と主張する。

2、調査船で周辺を調べ、漁船などを使って、既成事実化、を図る

3、軍事演習などで中国軍の国力を誇示する。
 
4、米軍基地が「撤去(てっきょ)」されれば、その間隙(かんげき)を縫って上陸し
  領有を、既成事実化、する。
5、「抗議」しても「話し合いで解決」 、そのまま中国の実効支配へと移行する。


谷口雅春先生の言われる「国土に対する愛情」が蘇らないことには、中国に
よってわが国は意のままに操られてしまう危険性のあることを声を大にして
喚起したい。

転載元転載元: サイタニのブログ

中国初の航空母艦が登場

尖閣・沖縄を守れ!
 
「備えとは艦と砲との謂(いい)ならずわが敷島の大和魂」(吉田松陰)

幕末・明治以降、曲がりなりにもわが国が、アジア諸国にあって今日まで
「自主独立」を堅持(けんじ)しえてきたのは他でもない、吉田松陰の言うところの
「大和魂」がわが国土に横溢(おういつ) していたからである。
それが今やどうか、誠に寒心(かんしん)に堪(た)えない 。

谷口雅春先生は「愛国心」について、次の六つの観点からその具体的な意味を
褸述(るじゅつ)せられている。

一、民族に対する誇り
 
二、完全な同胞愛

三、由緒(ゆいしょ)正しい歴史への愛着

四、国土に対する愛情
 
五、祖国の文化に対する誇り

六、以上のうちの一つすら護るためには喜んで死ねる深い愛着
 
で、その第四項について、谷口雅春先生はこのように記されている。
 
「国土に対する愛情は、農民においては日本の現状においてさえもなお
熾烈なものがあります。否、農民の方が熾烈なのであって、都会人や
文化人は寧ろコスモポリタン的民族となりつつあるのであり、更にアメリカ
との安全保障条約によって基地や演習地が提供せられているために、
国土に対する愛情は著しく阻害せられつつあるのであるから、これは
なお一層自衛力の増強によって、アメリカ軍隊の常駐としない程度に
防衛力を強固からしめなければならないのであります」


しかし現実は谷口雅春先生の願いとは裏腹に、日本国家の安全保障はざっくり
言って、アメリカにおんぶにだっこのようなままうち捨てられてきた。
 
しかし、その甘えももはや許されはしないアメリカの経済的凋落が日に日に
明らかになり、もはや「世界の警察官」たる昔日の面影はどこにもないからである
。アメリカの軍事予算は大幅に削減される公算が大である。それは即ち、
アメリカのアジアからの撤退を意味する。
 
「自然は真空を嫌う」が如く、世界もまた真空地帯を許しはしない。アメリカの
軍事的プレゼンスが後退すれば、当然、そこをどこかの国が埋めようとする。
その一番手は、言うまでもなく中国である。
 
それが証拠に、中国初の航空母艦がいよいよ登場することとなった。問題は
その名だ。「施琅(せろう)」が有力な候補というのだ。清朝時代に台湾を制圧した
伝説的な「英雄」である。この一事からしても、中国が何を企図しているか、思い
半ばに過ぎよう。ことは、台湾のみに留まらない。
 
 
その先に、当然、沖縄があることを吾々は覚悟せねばなるまい。
先の尖閣諸島の問題はいわばそのための前哨戦と捉えるべきなのだ。ここで、
これまでの中国侵略の常套手段を整理しておこう。
 
1、まず侵略する国、地域(尖閣・沖縄)を「中国の領土」と主張する。

2、調査船で周辺を調べ、漁船などを使って、既成事実化、を図る

3、軍事演習などで中国軍の国力を誇示する。
 
4、米軍基地が「撤去(てっきょ)」されれば、その間隙(かんげき)を縫って上陸し
  領有を、既成事実化、する。
5、「抗議」しても「話し合いで解決」 、そのまま中国の実効支配へと移行する。


谷口雅春先生の言われる「国土に対する愛情」が蘇らないことには、中国に
よってわが国は意のままに操られてしまう危険性のあることを声を大にして
喚起したい。

転載元転載元: サイタニのブログ

明治の偉人・副島種臣

イメージ 1
副島種臣翁
 
 
9月17日の産経新聞・消えた偉人物語に、副島種臣翁が紹介されていました。
近年の我国の外交は、昨年の尖閣諸島問題に見られる摩擦を怖れ、事なかれ主義の一国の外交と呼ぶには程遠い惨状にあり、民主党政権の「弱腰」を見透かしたように、隣国ロシア、中国、韓国などが、我国の主権を脅かしています。
明治日本には、日本人としての誇りと気概の外交を展開した官僚、政治家が存在しました。
副島種臣翁は、文政11年9月9日(1828年10月17日)佐賀藩に生まれました。
幕末・明治維新において佐賀が生んだ七賢人の一人に列せられています。
 
 
イメージ 2
最上部、鍋島直正公、中段右より、大隈重信、江藤新平、副島種臣、下段左より、佐野常民、島 義勇、大木喬任(敬称略)
 
慶応3年(1867)、大隈重信と脱藩し勤王の志士として活動するが捕らえられて佐賀に送還され謹慎処分を受ける。
明治維新後は慶応4年(1868)、新政府の参与・制度取調局判事となり福岡孝悌と『政体書』起草に携わる。のち外務卿になり、マリア・ルス号事件で活躍します。
 
マリア・ルス号事件とは、明治5年(1872)6月、ペルー国の汽船マリア・ルス号が横浜に入港した際、マカオから奴隷として売られて行く清国人231名が船客名義で載せられていましたが、苦力(クーリー)二人が海に投じて逃亡を企て、イギリス軍艦に身を投じたことにより、日本官憲の探知する処となったのでした。
当時の我国とペルーは条約未締結国であり、障らぬ神に祟りなしで知らぬ顔をしていれば済んだのですが、外務卿だった副島種臣翁は直ちに神奈川県令大江卓に調査を命じます。調査の結果、逃亡者の虐待のことなども判明しまし、奴隷売買の不当と人権蹂躙の立場から、一般支那居留民同様に奴隷を取扱い、ペルー船の出帆を押えて、表向きに取調べを始めます。
船長の罪は杖百にあたるが情状酌量で無罪と判決。苦力229人を清国側に引渡します。
そこで国際的に問題が紛糾し、ペルー公使は日本に謝罪と賠償を求めますが、イギリスは日本の主張に声援します。問題はいよいよ大きくなり、その談判や判決に満3年間を要する程の大きな事件となってしまいました。
副島種臣翁は、帝国の正義と国権を以て一歩も譲らず、人道上決して黙許すべきでないと主張します。明治8年(1875)ロシア皇帝の仲裁裁判判決により日本の主張を認められ、アメリカ人顧問の援助も得て、初の国際裁判に勝利したのでした。
この事件は我国の陰の部分の問題も解決しました。
裁判の審議で船長側弁護人が「日本が奴隷契約が無効であるというなら、日本においてもっとも酷い奴隷契約が有効に認められて、悲惨な生活をなしつつあるではないか。それは遊女の約定である」として遊女の年季証文の写しと横浜病院医治報告書を提出してきたのです。
日本国内でも娼妓という「人身売買」が公然と行われており、奴隷売買を非難する資格がないとのこの批判により我国は公娼制度を廃止せざるを得なくなり、同年10月に芸娼妓解放令が出されたのです。
明治4年(1871)に宮古島島民遭難事件が起きました。
宮古島島民遭難事件とは、当時、日本と清国双方に属し、二重体制にあった琉球王国の首里王府に年貢を納めて帰途についた宮古、八重山の船4隻のうち、宮古船の1隻が台湾近海で遭難し、漂着した69人のうち3人が溺死、台湾山中をさまよった生存者のうち54名が台湾原住民によって殺害された事件です。
副島種臣翁はこの事件の、特命全権公使兼外務大臣として清の首都北京へ派遣されました。産経新聞の消えた偉人物語・副島種臣はこの時の副島種臣翁の堂々たる外交を紹介しています。
 
明治初期、外国との交渉に位負けしなかった傑物の横顔を紹介しよう。
 その人の名は副島種臣(そえじまたねおみ)、彼の卓越した外交手腕はマリア・ルース号事件の解決で知られるが、なかでもタフネゴシエーターぶりを遺憾なく発揮したのが対清外交である。
 時は明治6(1873)年、台湾出兵の処理や日清修好条規の批准書交換などのため清国に赴いた特命全権大使の副島は、旧習を墨守する清国の傲岸不遜な応対を目の当たりにする。
 清国では諸外国に対していまだ皇帝への土下座のごとき三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼を強要。さらには大使・公使・代理公使の順位をまったく考慮せず、着任順で席次を決めるという、国際儀礼無視も甚だしい慣行が続いていたのである。
 当然、副島も屈辱的な跪拝を要求され、大使の立場にもかかわらず、先着の外国公使の下に席を置かれた。副島はこうした無礼な扱いに毅然(きぜん)たる態度で是正を求めた。
 まず聖徳太子の国書をめぐる故事を引きつつ、冊封関係を意味する跪拝の礼をとらせることがいかに国際間の礼儀と信義に反するか、舌鋒(ぜっぽう)するどく指摘。談判は1カ月余に及んだが、副島は一歩も引かなかった。ついには謁見を拒否して帰国する決意まで示す。これには清国側も狼狽(ろうばい)し、「謁見の事はすべて日本大使意見の如くすべし」と返答。しかも謁見はまず大使である副島が立礼で行い、次いでロシア、アメリカ、イギリス、オランダ、フランスという順序が決定を見る。
 各国公使らは安堵(あんど)の胸をなで下ろしたことだろう。例えば、米国公使ローはフィッシュ国務長官宛ての報告書に事の顛末(てんまつ)を記し、副島の気概を絶賛してやまなかった。
 かくて、副島がいよいよ帰国に向けて出航するとき、清国側は150本もの錦の旗を立て、21発の祝砲で見送ったという。ライバルながら天晴(あっぱ)れと評価したからである。
 独立国家としての誇りもなく、脇の甘い外交に終始する当節、第二の副島の出現が俟(ま)たれる。(中村学園大学教授 占部賢志)
 
 
 
副島種臣翁の堂々たる外交は、当時大国だった清国高官より、「台湾には生蕃と熟蕃があり、王化に服するのを熟蕃といい、服従しない生蕃は化外に置く」との言質をとり、我国の台湾出兵の根拠となった。
 
明治6年10月(1873)の征韓論争に敗れたためいったん下野しましたが、明治12年、宮内省に出仕して宮内卿と同格の一等待講。明治17年、伯爵。明治20年に宮中顧問官、明治21年に枢密顧問官、明治24年に枢密院副議長になり、明治25年には第1次松方内閣において3ヶ月間内務大臣を務めた。
 
西郷南洲翁とは、互いに尊敬していた友人であり、大橋昭夫『副島種臣』によると、西郷南洲翁は辞世の時、「副島に期待する」と語ったそうです。
 
記事冒頭でものべましたが、近代日本の夜明けに、日本人としての誇りと気概の外交を展開した副島種臣翁は、昨今の外交を何と思われるでしょうか?
 
我国は人道を重んじた道義国家であり、後年、世界で最初に「 人種的差別撤廃」を国際連盟に提議した国であることも、忘れてはならないでしょう。
 

転載元転載元: 美しい国

しみじみと味わうこと

 私のうちの庭は、草がぼうぼうに生えています。時々はこの草を鎌で刈ってすっきりさせるのですが、私はこの草茫茫の庭がけっこう気に入っているのです。

私の子供の頃は、もっと今よりも自然が多かったので、故郷の子供時代には、神社のある山をかなり深く分け入って遊んでいたり、川で泳いだり、草の茂った舗装していない道を歩くことも多くて、その頃の懐かしい思い出がかなり郷愁として心に残っているせいか、草が自然に生えているさまが何とも言えず、気持ちが安らぐ気がします。

きっと他人から見ればむさくるしい庭であろうと思うのですが、網戸の窓から、平行脈の葉の尖った先端がいくつも上を向いて、あるいは弧を描いて茂っていて、その間から草の穂がのぞいていたり、窓の端の方からヌスビトハギのピンクの花が咲いているのが見えると、まるで野にいるような気分になって、実に趣きのある庭だと一人で悦に入っていることがあります。

そしてまた、庭には、トカゲやカエル、更に蝶やミツバチ、時にはちょっと怖いアシナガバチもよく来ます。それらもなかなか観察すると面白いものです。他愛もない風景と思えばそうですし、これらに何の関心もない人も多いことでしょうが、一寸心のゆとりをもって、これらの些細な自然をしみじみと味わってみるのもいいものです。

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小さなかわいいトカゲの子どもです

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シジミチョウ

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ベニシジミ

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イチモンジチョウ 羽を閉じると茶色の模様ですが開いた羽は黒と白の模様なので、飛んでいる時のコントラストの美しさは絶妙です。

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ヤブカラシの花に群がるアゲハチョウ
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梅の木に止まるアゲハチョウ
イメージ 1



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ツユクサ

イメージ 2
マメアサガオ(ヒメアサガオ) 帰化植物らしい


昆虫たちのその繊細な造形美には、時々非常な感動を覚えるような美しさがあります。雑草の花の美しさもそうです。普段は気づかない小さな世界ですが、この小さな世界の何と細やかな知恵が満ち溢れて出来上がっていることかと、驚かされます。

いにしえの日本人は、このような身近な自然を実に深く味わっていたのではないかと思います。古代から、日本人は庶民に至るまで和歌を作っています。そこには、些細な自然から、人生の出来事に至るまで、様々なことが歌われています。

和歌にするには、必ずいろんなものをしみじみとまず味わってみなくてはなりません。人々は多くのものをほんの些細なことでさえ、しみじみと味わってきたのでしょう。しみじみと味わったから和歌にせずにはいられなかったのか、和歌にするためにしみじみと味わったのか、どちらが先かはわかりませんが、日本人がこのようにいろいろなものを味わう民族であったことは確かです。

江戸時代には、朝早くから近所中で連れ立って、蓮池に蓮の花が早朝に開くのを見に行くのが流行ったという話です。桜の季節のお花見もそうですが、こうした季節ごとの自然に関係した娯楽は、いかにも日本人らしいと思います。また風鈴で涼をとったり、朝顔を植えて楽しむ夏の涼しげな過ごし方、この気持の上で涼を感じる季節の味わい方、これらは、日本人がしみじみと物事を味わうという個性をあらわしています。

ラフカディオ・ハーンだったか、日本人はみなが詩人であると言っています。西洋ではひとにぎりの人々が詩人であるにすぎないが、日本ではほとんど皆が、詩人の感性を持っていると驚いているのです。

この世に生まれて、幸せとは何かと考えれば、このしみじみと味わうということは、一つの大きな幸せの要素ではないでしょうか。感動とは何も人生の大きな出来事の中にだけあるわけではありません。日常の中の小さな一つ一つの物事の中に、それらを見つけることが出来れば、その人の人生は、それを見つけなかった人よりも充実していると言えるのではないでしょうか。


http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/db/6d8883f1fc219223ad433e936eb8f92d.jpg
シラサギ うちの北側の窓から見える田んぼの風景

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アオサギ

白河以北一山百文


         

 御来訪感謝申し上げます。

 福島県に住む者として、もうこれ以上はこういうニュース記事は勘弁してもらいたいという気持ちでいっぱいであり、あえて取り上げるのも馬鹿馬鹿しい限りなのですが、かといってスルーすると抗議や主催者である日進市の対応を認めたことになるので、ブログ記事として上梓させていただきます。


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 放射能心配…市民の抗議で福島産花火の使用自粛
読売新聞 9月19日(月)13時30分配信
 東日本大震災の被災地の復興を応援しようと、愛知県日進市で18日夜に行われた「にっしん夢まつり・夢花火」大会で、市などでつくる大会の実行委員会が、福島県川俣町の業者が生産した花火の使用を市民からの抗議で急きょ取りやめていたことがわかった。

 実行委員会によると、震災復興をテーマに岩手、宮城、福島各県産のスターマインを打ち上げる予定だったが、16日から17日にかけ、「放射能汚染の心配はないのか」「安全性を示すデータはあるのか」などと、電話やメールで抗議が20件ほど寄せられたため、対応を協議。打ち上げを委託した愛知県内の業者からも放射能検査機器がなく、放射線量の確認が間に合わないと連絡があり、17日、福島県産スターマイン1セット(80発)だけ、愛知県内の業者の花火に代えることを決めた。

 日進市の萩野幸三(こうぞう)市長は記者団に対し、「結果的に福島県の方々に大きな迷惑をかけて申し訳ない。被災地にエールを送るつもりで、福島の花火業者を指定して企画したが、市民の不安にも答える必要があり、実行委も打ち上げを判断仕切れなかった」と話した。

最終更新:9月19日(月)13時30分
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 京都の五山送り火での岩手の薪木の件、福岡のショッピング広場での福島県産品フェア中止の件、と全く同じような性質の出来事であります。
 全て、始まりは「震災復興をテーマにした被災地へエール」という主催者の「善かれと思って」の「善」の動機でした。これがそのまま何事もなく遂行されていれば、動機の通り「善の行い」として賞賛はされても批判を受けることはなかったはずです。

 過去に京セラの創業者稲盛和夫の著書を読んだ時、その中で稲盛は企業を経営していく中で新しい事業を始めたり、事業を拡大する時など、必ず自分自身に「動機は善なりや?利にないか?」と深く問うて「動機は善なり」と100%確信した時だけ、GOの決断を出したそうです。つまり、稲盛の説く事業家としての哲学「利他の心」の核心となっている部分ですが、ここでいう「動機は善」とはあくまでも「自己の利」ではなく「他者の利」でなければならない。「自己の利」を先に考えて「他者の利」を後回しにすれば、その事業は必ず失敗する。なぜなら、事業とは「他者の利」になって初めて「自己の利」に結びつくものだからである。したがって、事業案件を精査する時あらゆる角度から見て確実に他者へ利をもたらすものか、そこに自己の欲(=利)が寸分でも入っていないかを検証する。 もし、寸分でも自己の欲があれば事業を進めて行く間に必ず壁にぶつかり、自己の欲が邪魔をしてその壁を乗り越えることはできず失敗するというのが「利他の心」の本旨です。

 いつもようにかなり話が脱線してしまいました。ここで経営哲学を語るつもりで稲盛の話を引き合いに出したのではありません。
 京都の五山送り火、福岡のショッピング広場での福島産品フェア、今回の花火大会、すべて「動機は善」だったと、不肖敬天愛人は申し上げました。
 しかし、この表現は正確ではありません。(少なくとも主催者にとっては)「動機は善のはずだった」と申し上げるべきだったのかもしれません。
 ご本人たちは(被災地のために)「善かれ」と思って始めようとしたのは間違いないのですが、そこには本当の意味で「被災地のために」という確固とした信念があったのか。
 残念ながらこの3件の一連の経過を伝える報道を見る限り、確固とした信念らしいものは全く見当たりません。
 福島の人間である敬天からすれば、イベントを盛り上げるためのPR効果を狙った単なる口実、話題づくりが先に「動機」としてあったのではないかとしか思えません。
 「否、そうではない、我々は純粋な気持ちで行おうとしたんだ」と主催者及び関係者は反論されるかもしれません。
 それならば、何故一部から抗議を受けただけであっさり引き下がるのか、何の反論もできないのかと逆に問いたいのです。
 これら3件は皆立派な事業であります。事業を行うということは必ず成功させなければなりません。プラン起案、計画の策定、事業実施までの工程表の作成、と準備段階でも入念な準備が求められます。
 その中で、もし福島の品を使うことで風評被害による心無い抗議や反対意見が来るという想定は全くしなかったのか、また、その場合どのように対処するのかもシミュレーションをしなかったのか、と疑問に思うのです。
 もし、抗議や反対を想定していなかったというのなら、それこそノー天気であり、危機管理意識、事業への責任意識のなさに呆れるばかりです。
 そこには「被災地ために」という動機に対する確固とした信念がないからです。
 おそらく、抗議や反対に対する何の事前準備もしなかったのでしょう。
 日進市にしても典型的なお役所仕事で委託先業者への丸投げ、自ら責任意識があるならば、福島県川俣町の状況、川俣町の花火業者にデータを出させるなどはもとより、市でも安全であることを自身で確認作業を行うなどして、抗議や反対に対して(説明責任を果たすための)理論武装をして対応するはずです。ちなみに福島県川俣町の花火業者は使用する花火は業者の作業場内で製作し、放射性物質からの汚染を避けるためにそのまま厳重に倉庫に保管していたものであり、管理は充分だったと福島の地元メディアは伝えています。

 確かに、こういうイベントなどで福島だけでなく東北の物を使用すると言っただけで抗議や反対を言ってくる人間が居ますし、彼らはイデオロギー的反原発派もいるかもしれないが、むしろ無知を棚に上げて風評被害そのものを面白がっている一種の『愉快犯』も多く、こんな連中には何を言っても無駄だという意見もあります。
 
 しかし、だからこそ毅然とした対応をとってもらいたいのですが、如何せん、責任意識がなく、責任をとることを極端に恐れる人たちには「馬の耳に念仏」なのでしょう。
 思いつきの「善かれ」を動機として始めても、それは「動機は善」にならないのです。
 そんなのはただのダシに過ぎません。誰だってダシにされたら怒りたくなります。それだけ深く傷つくのです。「結果的に福島県の方々に大きな迷惑をかけて申し訳ない」で済む話ではないのです。
 
 白河以北一山百文とは、戊辰戦争時に薩長土肥からなる新政府軍が白河以北つまり東北は荒地ばかりであり、一つの山でも百文の価値しかないと差別的に言い放ったことによります。
 でも、東北は豊穣の地であり、江戸時代、東北から産出される米が主流を占めており、東北の米の出来高が江戸と大阪の米相場を左右していたのです。また、東北沿岸部で採れる豊かな水産資源も江戸と大阪の市場を賑わせていました。
 西日本では味わえない蕎麦の美味しさも、寒暖の差が激しい気候風土のおかげで信州同様、東北の自然の恵みとも言えます。
 勿論、天候不順で凶作の年には東北の農村部の被害も甚大で、娘や子供を身売りするなどの悲劇も昭和の初めの頃までありました。
 それでも、東北の人たちは黙々と東北の自然が培った農水産物で関東以西の日本を支えてきたのです。首都圏の電力需要も福島が支えてきました。

 ところが、西日本の各地で起きる心無い仕打ちで、このまま行けば東北は復興どころか、それこそ「一山百文」と化しつつあります。しかし、そうはさせじと東北の人間は必死に歯を食いしばって頑張っているのです。
 自己満足のパフォーマンス的安易な「被災地へのエール」など、東北の人間は誰も望んでしませんし、足を引っ張るだけなら、そっとしておいて欲しいのです。

 それでも「被災地のため」に何かしたいと言うのなら「動機は善なりや」を噛み締めて、「本当に東北のためなのか?」と自己問答をして確固とした「善」を貫いていただきたいのです。
 無責任且つ安易な善は偽善でしかないのです。偽善は悪なのです。


 本当に東北の痛みを分かっているなら簡単には引き下がれないはずだぞ!!

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